糸井

おぉ、エレキテルだ。

松嶋

私の年代はエレキテルに
ものすごく夢がある世代でして（笑）。

糸井

ぼくもすごく興味あります（笑）。

▲重要文化財 エレキテル（郵政博物館蔵）

松嶋

やっぱり50代以上の男性がこれを見ると‥‥。

糸井

「おおっ」ってなりますよね（笑）。

松嶋

平賀源内（以下、源内）という人は、
蔦重がはじめて出版物に名前が載った
『吉原細見』の序文を書いた人です。
それを蔦重が頼んだかどうかは、
実際にはわかっていません。
ただ、この頃は「源内の時代」だったということで、
なにはともあれエレキテルは欠かせないだろうと。

糸井

うん、うん。

松嶋

当時つくられた現存するエレキテルは、
２台あります。
源内はたくさんつくったのですけど、
現存するオリジナルは２台だけ。
目の前のものは「郵政博物館」からお借りしました。
もう１台は香川県にある
源内の記念館にあるのですが、
そちらには模様がありません。
つまり、模様があるオリジナルはこれだけ。

一同

おぉーーっ。

糸井

これ、オリジナルなんですか？

松嶋

オリジナルです。

糸井

そう思うとまた感動が（笑）。

松嶋

はははは。

糸井

マンガだとハンドルをまわしたりしますけど。

松嶋

横の穴にハンドルを差すことができます。
これは中身も入っているのですが、
残念ながら静電気は起きません。

糸井

そうか。

松嶋

これは重要文化財なので
展覧会の全期借用ができず、
後期はレプリカでの展示になります。

糸井

ぼくはレプリカでもかまわないくらいですけど、
でも、これは本物なんですね。
はぁぁ、江戸時代って近いんですね。

松嶋

そして、エレキテルのとなりには
『吉原細見』があります。
これに関しては撮影ができず、
写真でお見せできないのが残念なのですが。

乗組員Ａ

これが「べらぼう」にも出てきた『吉原細見』。

乗組員Ｂ

おぉ、これが本物‥‥。

松嶋

『吉原細見』を簡単に説明すると、
吉原に来たお客に対する
ガイドブックのようなものになります。
吉原のすべての女性が載っている本ですね。
蔦重が出版にかかわってからは、
版型を縦にしてそれまでより
大きく見やすいものになりました。
中には吉原の大門が描かれていて、
その前の五十間道、
最初に現れる茶屋の列なども載っています。

糸井

これが地図にもなっているんですね。

松嶋

そうなんです。
大門から歩いて入ると、
真ん中に道の両脇に店が並んでいて、
遊女たちの名前とランク、
遊び代などが記されています。
そういうシステムをちゃんと説明して、
ユーザーにとって使いやすい、
わかりやすい本にしたということですね。

糸井

吉原の「地球の歩き方」ですよね。

松嶋

そういう本ですね。
で、いま吉原の説明を淡々としましたが、
これをいまの価値観でとらえると‥‥。

糸井

あぁ、怒られますね。

松嶋

なんの説明もなしにお伝えすると、
不適切なものになると思います。
このあとに出てくる喜多川歌麿の
浮世絵のシリーズ名もですが、
英語でそのまま訳そうとすると、
すさまじく差別的になってしまいます。

糸井

そうか、そうか。

松嶋

ただ、江戸の価値観を伝えることもそうですが、
蔦重の出版物の最初はこういうかたちだったと。
まずはそういうことを知ってもらうためにも、
今回はここに展示されています。

糸井

なるほど。

松嶋

それまでの『吉原細見』というのは、
遊女の評判を聞いて出版物にするわけですが、
当時の出版社というのは、
神田や日本橋が中心なので、
吉原の外にいる人たちがつくっていました。

糸井

はい。

松嶋

ところが、蔦屋は吉原生まれ吉原育ち。
吉原の生の情報をいちばん持っている人だった。
つまり、吉原の遊女たちの動向に詳しい人物が
出版にかかわっちゃったわけです。
当時の吉原は斜陽だったので、
そこを盛り上げたいアイデアマン蔦重の登場は、
時代とうまく合致したともいえます。

糸井

なるほど。

松嶋

しかも『吉原細見』というのは、
吉原では必需品なのでまちがいなく売れる本です。
さらに墨の本は出版費用もすごく抑えられます。

糸井

つまり、安くつくれるんだ。

松嶋

ローコストで大量生産ができて、
まちがいなく売れる。
しかも『吉原細見』は年に２回、
正月と７月に新しいものが出ます。

糸井

情報が新しくなるんですか？

松嶋

どんどん新しくなります。
基本的に吉原には
おおよそ17歳から25歳までの遊女しかいません。
中には亡くなる方もいらっしゃると思いますが、
情報は毎年変わっていっちゃうんです。

糸井

となると、出るたびに買うしかないね。

松嶋

情報をどんどんあらため、新しいものをつくる。
そうすることで吉原に行く人は、
新しいものが出るたびにそれを買うことになります。

糸井

それはもう「ほぼ日手帳」だね（笑）。

乗組員Ａ

ほんとだ（笑）。

松嶋

蔦重は浮世絵とか絵本とか、
そういう華々しい仕事を紹介されることが多いのですが、
じつは『吉原細見』のようなローコストで
たくさん売れるものをつくり、
それを自分のビジネスの土台にしていたんです。

糸井

つまり、これはスター商品なんですね。

松嶋

はい。
情報が毎年新しくなるので、
常に安定的に売れる商品でした。
蔦重はそういう商売のしかたを、
ちゃんと把握している人だったんでしょうね。