愛らしいハンドメイドアイテムの数々を販売する、
スコットランドのお店『トレジャートローブ』。
その名前のとおり、
宝物がぎっしりつまった秘密の洞窟のようなお店です。
そこにあるのは、すべて血のかよった生身のひとの手が
つくりだしたものだけ。
なので、棚にならんだあみぐるみのひとつひとつも、
いまにも動き出しそうな、いきいきとした顔つきです。
おうち時間を一緒に楽しめる、そんなあみぐるみたちを、
スコットランドから直輸入し、販売することにしました。

せっかくならば、素敵なお店のことをたっぷり紹介したい!
三國さんの英国取材と買いつけ旅行の
コーディネートを担当してくださった
ライター・編集者の安田和代さんにお願いし、
日々、このお店を支えるひとびとと
つくり手さんにお話を聞いてもらいました。

文・写真/安田和代

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第1回 宝物がいっぱい。

まずは、これを書いている、
わたし自身について、少しだけ……。
ふだんは、ロンドンを拠点に、
ライター・編集者の仕事をしています。
英国に住み始めたのは、
はやくも四半世紀以上前の1995年のことです。
縁あって、2014年に『編みもの修学旅行』の
コーディネートを担当したのをきっかけに、
その後につづく、三國さんの英国買いつけ旅行の際に
お店とのやりとりをしたり、
Jamieson’sとの連絡役を務めたり、
三國さんの英国関連のお手伝いをしています。

わたし自身も編みものをはじめ、
美しい手しごとには、なみなみならぬ興味があるので、
今回の、トレジャートローブ取材旅行にも、
よろこびいさんで出発しました。

時は10月、スコットランド行きの電車に乗るなり、
「とってもすてきなカーディガンですね」と
見知らぬ人に声をかけられたのは、
三國さんの本を見て自分で編んだ
アラン模様のカーディガン。
この上なく幸先のよい旅のスタートです。

シリーズ初回となる今回はまず、
あみぐるみを扱うお店「トレジャートローブ」に
携わるみなさんのインタビューに先駆けて、
お店のこと、そしてお店のあるエディンバラや、
スコットランドのクラフト文化について
ご紹介します。


スコットランドの首都エディンバラは、
ロンドンとスコットランドをつなぐ
「キングズクロス駅」から、
鉄道で北にむかって4時間半。
キングズクロス駅といえば、
ハリー・ポッターがホグワーツ特急に乗り込んだ、
あの駅です。
作者のJ・K・ローリングが
物語の最初の2作品を執筆したのも、
このエディンバラだったことを考えると、
キングズクロス駅が採用されたのも納得です。

スコットランドの歴史は実に複雑。
古代からこの地に住み着いたケルト人、
ヨーロッパ大陸からやってきたローマ人、
その後にイングランドから流れてきたアングロサクソン人、
さらには北欧からのバイキングが到来するなど、
多数の民族が、その支配権を争ってきました。
特に中世から近世にいたるまで、
隣国イングランドとの長きにわたる覇権争いは有名です。

そんなスコットランドの首都に、
エディンバラが制定されたのは15世紀のことですが、
さかのぼること7世紀ごろにはすでに、
都市としての発展もめざましいものがあったようです。

王室とのつながりも深く、
街の東側にあるホリールード宮殿は、
古くはスコットランド国王の居城として、
現在はエリザベス女王の夏の滞在先として使われています。

このホリールード宮殿からエディンバラ城にかけての地域が
中世の雰囲気を現代に伝える石造りの旧市街地、
そしてその北側には、対称的に18世紀以降の
新古典主義様式の新市街地が広がっています。

新旧ふたつの市街地の対比が美しいエディンバラは、
ユネスコの世界遺産に登録されており、
どこを切り取っても景観の美しい、人気のエリアです。
丘がいくつかあることで、坂道も多く、
ドラマチックな起伏にとんだ町並みが印象的です。

「トレジャートローブ」があるのは、
そんなエディンバラの新市街地の中心、
キャッスル・ストリートです。
その道の名前のとおり、まっすぐ道の向こう側に、
エディンバラ城がのぞめます。

お店のウィンドウをのぞき込むと、
ちいさな木の箱にいっぱいのあみぐるみに
子ども用のセーターやカーディガン。
なんど訪れても、
ほっこりわくわくなショップフロントです。

三國万里子さんがトレジャートローブに出合ったのは、
2014年のことです。
『編みもの修学旅行』(文化出版局)で対談した、
スコットランド在住のニットデザイナー、
ケイト・デイヴィースさんが、
「エディンバラの隠れた宝石」として
紹介してくれたのがきっかけでした。
三國さんはその時に、ほぼ日にもたびたび登場している、
「ハリネズミ夫人」を持ち帰りました。

▲三國さんが持ち帰った「ハリネズミ夫人」。 ▲三國さんが持ち帰った「ハリネズミ夫人」

トレジャートローブの名で親しまれているこのお店ですが、
実は長い長い「本名」があります。
「ロイヤル・エディンバラ・レポジットリー
&セルフ・エイド・ソサエティ」というのが、
お店を運営しているチャリティ団体の正式名称。

年齢や健康上の理由、また障害や経済的な理由など、
なんらかの困難を抱える人々、
かつ販売に値する品物を制作できる
技術をもった人々がメンバーとして登録し、
このお店に作品を出品している、というわけなのです。
メンバーは、自分で値段を決めて、
その売り上げのほとんどを手にすることができるシステム。
こうした形態のもとで運営されているのは、
トレジャートローブが英国で唯一の存在です。

団体の歴史は、1882年にまでさかのぼります。
もともとは、クリミア戦争とボーア戦争で夫を亡くし、
さらに年齢や健康上の理由から、
生活に困窮したり、外出できなくなったりした
未亡人たちの手しごとを販売する目的で設立されたのが、
そのはじまりだったそうです。

スコットランドといえば、ウールはもちろん、
ツイードやカシミアなど、素材の豊かさもさることながら、
多色使いの編み込み模様が美しいフェアアイルニットや、
蜘蛛の糸のような細い細い毛糸を
棒針で編んだ繊細なシェットランドレース、
モノクロのブロック模様がユニークで
なおかつとてもクレバーなデザインのサンカ地方の手袋など、
編みものだけに特化しても、
各地に根づいた独自の文化がいくつもあります。

それだけに、ほかではなかなかお目にかかれない、
こうした工芸作品ともいえる手しごとの数々が、
仰々しくなく、ごくふつうにそこに置かれているのです。

なにより、ケイトさんと三國さんがそろって賞賛するのは、
ニットアイテムのクオリティの高さ。
熟練の手しごとを手の届く価格で購入できる
非常に珍しい、とても貴重な存在です。

置かれているのは、ニットウェアだけではありません。
シャーリングの前身頃が愛らしい子ども用の洋服や、
エンボスや型抜き、ファブリックなど、
さまざまな手法を凝らしたカード類、
洗礼式のプレゼントに最適そうな、
オーダーメイドの木製の名前入り子ども用スツール、
イヤリングやネックレスなどのアクセサリー類、
ジャムやチャツネ、スイーツといった食品などなど。
どこを見渡しても、つくり手の姿を感じさせる
そんな品物でみちみちています。
まさにそこは「トレジャー・トローブ」。
宝物は尽きることがないのです。

今回ほぼ日で販売する、素朴で愛嬌たっぷりの
表情豊かなあみぐるみたちは、
そんな故郷から「来日」してきたみなさんたち。

この魅力的な唯一無二のお店は、
人と人とのつながりによって運営されています。
そこで、スタッフやつくり手の方々にお会いし、
ものづくりと日々のおしごとについて、
お話をうかがってきました。

(つづきます。)

2021-11-25-THU

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  • 12月2日(木)午前11:00 販売スタート!

    「トレジャートローブ」から、
    4種類のあみぐるみが“来日”します。
    表情がひとつひとつ異なる、
    愛嬌たっぷりのあみぐるみたちです。