日々のできごとを記してみたり、
これからのことに思いをめぐらせてみたり。
手帳をひらくだけで、
じぶんとじっくり向き合う時間がうまれます。
そこに、おいしいお菓子と心地いい空間があれば、
さらに「いうことなし」だと思いませんか?
気まぐれに更新する「東京甘味手帳」は、
手帳タイムを過ごすのにぴったりな
東京のおいしいもの&お店案内です。

写真:川原崎 宣喜

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page_13 年始めのたい焼き 浪花家総本店

 
1月の冷たい風にのって
ふんわりと漂ってくる。

 
薄い皮にいい焦げがついた、
香ばしい匂い。

 
アツアツに熱されたあんこの、
甘くてやさしい香り。

 
今日のお目当ては、この子たち。
湯気と熱気を湛えて、
しずかに出番を待ってる。

 
あたらしい年、
あたらしい手帳に、
ことしの抱負を書きにきた。
幸福な空気に包まれながら、
店の2階に上がろう。

 
「ことし一年が、
 いい年になりますように」
そう願いを込めながら、
ぴかぴかの手帳を広げる。

 
「ことし一年、
 いい年になりますよ」
ほかほかのたい焼きが、
返事をくれたような気がする。

 
薄めの皮に、しっぽの先まで
ずっしり、ぎっしりと詰まったあんこ。

 
ああ〜、もう。

 
もう、いい年がはじまってる。

 
抱負も書き終えたし、
お土産を買って帰ろうっと。
1階に降りて、
職人さんたちの手さばきを
じっくり見たい。

 
型のひとつひとつに
生地とあんこを流し込んでいく
昔ながらの「一丁焼き」のスタイル。
ものすごい速さで、
香ばしく焼き上がった
たい焼きたちが並んでいく。

 
この幸せを
持ち帰れるなんて、最高だ。

 
外に出たら、冷たい風が
びゅーんと吹いてきた。
心の中でもう一度つぶやく。
「ことし一年が、
 いい年になりますように」

浪花家総本店

明治42年(1909年)に日本橋と九段下で創業。
その後本店が麻布十番へ移り、
時代は大正、昭和、平成、令和へと変わりながらも、
あんこの作り方からたい焼きの焼き方まで、
昔ながらの技と味が引き継がれています。

浪花家のたい焼きは、生地とあんこを
型のひとつひとつに流し込んでいく
「一丁焼き」のスタイル。
「いわば地引網じゃなくて、一本釣りなんです。
地引網で捕れる魚は傷がついていたりするけど、
一本釣りの魚はきれいでしょう。
たい焼きも、一個一個焼いたほうが、
きれいに火が入るんですよ」
そう話してくれたのは、4代目店主の神戸将守さん。

この「一丁焼き」は、左手で重い鋳型を持ち、
右手のみで作業をするというむずかしい職人技。
将守さんは、先代の守一さんから手取り足取り
教えてもらうことはなく、背中を見て覚えたといいます。

「最初は焼いても焼いても
親父と同じ味が作れなくて苦労しました。
どんなに丁寧に、見た目がきれいに仕上がっても
おいしくならなくて‥‥悔しかったですよ。
毎日毎日焼いて、3年目ぐらいでやっと、
これだと思うものが作れました」

一時期は都内に150軒ほどあったたい焼き専門店も、
時代の移り変わりとともに少なくなってきているそう。
そんな今だからこそ、このお店は
100年以上愛されてきた日本が誇る甘味を
思わず見惚れるほどの職人技と、
180円という良心的な価格で
たのしませてくれる貴重な場所となっています。

「たい焼きは、高級じゃいけないと思っています。
昔は安い小豆と粉しかなかったですから。
いちばん安い材料を使って
どうしたらおいしいものが作れるか、
初代は一生懸命工夫したんだと思うんですよね。
お金があってもなくても、子どもでもおとなでも、
誰もが手軽に食べられるおやつじゃないと。
これからも、安くておいしいたい焼きを、
そしておいしいあんこの味を、届けていきたいです」

◎たい焼き  180円

パリッとした薄めの皮と、
ほのかに塩味を感じる
優しく味わい深いあんこが特徴。
あんこは、創業当初から変わらない製法で、
小豆と砂糖を弱火で長時間煮込んでから、
甘さを最大限に引き立てるために
最適な量の塩を入れているそう。
イートインは二匹以上の注文から可能。
ほうじ茶、コーヒーなどと合わせてぜひ。

◎焼きそば  500円

たい焼きと並ぶ浪花家の名物、
ウスターソースでさらっと仕上げた焼きそば。
大きめに刻まれたキャベツの食感や
青のりの香り、紅生姜のアクセントなど、
そのバランスが整った上品な味わいに
ファンも多い一品です。
糸井重里もそのひとりで、
以前、雑誌の企画の「人生最後の一食」に
浪花家の焼きそばとたい焼きを挙げています。

浪花家総本店

東京都港区麻布十番1-8-14
営業:11:0019:00
休み:火曜(祝日の場合は翌日)、第3水曜
電話:03-3583-4975

 

いつもは「尻尾から食べる派」なのですが、今日は迷った末に「割ってお腹から」!年明けに、ちいさいけれど初めてのことをしてみたかったのです。

(次回は、真っ赤で蜜たっぷりなあの果物が主役の、おいしいもの。)

2021-01-23-SAT

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