2019年、世界の常識を変える
大きなできごとがありました。
モスクワのある研究者チームが、
世界ではじめて「時間の逆転現象」を
人工的につくり出すことに成功したのです。
時間が戻るってどういうこと‥‥?
そんな疑問に答えてくださったのは、
物理学者の高水裕一さん。
『時間は逆戻りするのか』という本の著者で、
あのスティーヴン・ホーキング博士の
最後の弟子とも呼ばれているすごい方です。
あまりに壮大で謎だらけの宇宙に、
取材中なんども背筋がぞわぞわっとしました。
想像力をフル回転させながらお付き合いください。
担当は「ほぼ日」の稲崎です。

>高水裕一さんについて

高水裕一(たかみず・ゆういち)

物理学者。

筑波大学計算科学研究センター研究員。1980年東京生まれ。2003年、早稲田大学理工学部物理学科卒業。2007年、早稲田大学大学院博士課程修了、理学博士。2009年、東京大学大学院理学系研究科ビッグバンセンター特任研究員。2012年、京都大学基礎物理学研究所PD学振特別研究員。2013年、英国ケンブリッジ大学応用数学・理論物理学科理論宇宙論センターに所属し、所長を務めるスティーヴン・ホーキング博士に師事。2016年より現職。専門は宇宙論。近年は機械学習を用いた医学物理学の研究にも取り組んでいる。著書に『時間は逆戻りするのか』(講談社ブルーバックス)、『宇宙の秘密を解き明かす24のスゴい数式』(幻冬舎新書)、『物理学者、SF映画にハマる』(光文社新書)など。

2023年2月に最新著書『宇宙最強物質決定戦』(ちくまプリマー新書)を刊行。Amazonでのご購入はコチラからどうぞ。

Twitter:@ytakamizu1

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第5回 若返りは止められない。

高水
この宇宙にいるかぎり、
あらゆるものは時間の流れとともに
エントロピーは増大します。
──
エントロピー増大の法則ですね。
高水
ただ、不思議なことに、
われわれ人間の生命活動というのは、
じつはエントロピーを
減少させるはたらきでもあるんです。
──
どういうことですか?
高水
「ホメオスタシス」といって、
人間はすこしずつ老いながら、
同時にからだが崩れないように、
いまの状態を維持しようとします。
つまり、生命活動というのは、
宇宙の時間の矢に逆らっているといえる。
──
生きること自体が、
宇宙の流れに抗っていると。
高水
考えようによっては、
生命のエントロピーが最大になったとき、
人は死に至るともいえます。
──
時間が逆戻りするなら、
そのうち「若返り」も実現したり(笑)。
高水
できるだろうね。
──
できるんですか!

高水
量子の世界で時間の正体がわかれば、
それをマクロに拡張すればいいだけなので、
若返りは理論的にはできると思う。
──
お顔のシワが消えたり?
高水
消えるだろうね。
──
消える!
高水
原理的にはできるでしょう。
だって量子の世界でできるんだったら、
みんなのからだも量子でできてるわけだし。
──
実現したらすごいですね‥‥。
高水
まあ、夢みたいな話だけど、
たとえばエントロピーが逆行するような
錠剤を開発したとして、
それを飲めば逆行するでしょうね。
ただし、止められないよ。
──
止められない?
高水
逆行を止める手段はない。
──
え?
高水
時間が止まる現象って、
物理現象にはほとんどない。
だから若返りが成功しても、
それを止めることはできない。
ストップさせるのは無理。
──
若返る一方ってことですか?
高水
だから「ベンジャミン・バトン」だね。
──
ブラピがどんどん若返っていくやつ(笑)。
歳をとればとるほど若返るという。
高水
あの映画と一緒で、
若返りを止めることはできない。
どんどん若返る一方。
だから若返る途中はいいけど、
そのうち幼児みたいになっちゃう。
──
からだも脳も、
ぜんぶ若返るってことですもんね。
高水
最終的にはミルクしか飲めない
からだになっていくっていうね。
だからもし若返りたいなら、
その薬を飲めばいいけど、止められない。
10年ぐらいはいいかもしれないけど、
そこから先のことは知りません。

──
究極の選択ですね。
高水
だから、そういう錠剤を飲むときは、
遺言を書くんじゃないかな。
「こうなったときはこうしてください」って。
──
実用化は難しそうですね‥‥。
高水
さっきもいいましたが、
物理で時間が止まる現象ってほとんどない。
唯一、ブラックホールの近くに行けば、
時間はほとんど止まるかもしれないけど。
──
強い重力のある場所は、
時間の進みが遅くなるんですよね。
高水
よく知ってますね。
──
SF映画を観て知りました(笑)。
高水
ブラックホールのまわりだけは
唯一、絶対に歳をとらない。
というか時間の流れが異様に遅くなる。
だから老いを止めたかったら、
ブラックホールのそばに行けばいい。
ただ、そばに行ったら、
まちがいなく吸い込まれるけどね(笑)。
──
笑えない‥‥。
高水
ま、どっちを選ぶかでしょうね。
地球でなにもせずに老いていくか。
リスクをかけて
ブラックホールのそばに行くか。
──
で、近づきすぎたら、
永遠にブラックホールの中‥‥。
高水
まあ、そうだね。
どれくらいの距離が安全かなんて、
たぶん誰にもわからないと思うけど。
──
ブラックホール案は却下ですね。
リスクしかないです。
高水
とすれば、やっぱり錠剤かな。
ストップできないのはしょうがない。
もし若返りたいんだったら、
それくらいのリスクは覚悟しないと。

(つづきます)

2023-03-21-TUE

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