なんにもなかったところから、
舞台とは、物語とは、
どんなふうに立ち上がっていくのか。
そのプロセスに立ち会うことを、
おゆるしいただきました。
舞台『てにあまる』の企画立案から
制作現場や稽古場のレポート、
さらにはスタッフのみなさん、
キャストの方々への取材を通じて、
そのようすを、お伝えしていきます。
主演、藤原竜也さん。
演出&出演、柄本明さん。
脚本、松井周さん。
幕開きは、2020年12月19日。
担当は「ほぼ日」奥野です。

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第3回 稽古初日

稽古場という空間に、はじめて入る。新型コロナウィルスの感染防止のため「検温・手の消毒・マスクの交換・着替え・内履きへの履き替え」をしないと中へ入れてもらえない。もちろん飲食は禁止、差し入れもご遠慮とのこと。徹底している。13時すこし前に到着したときには、俳優さんはじめ全員がそろっていた。誰なのかわからなかったはずだが、高杉真宙さんが、とてもていねいに挨拶してくださった(この時点ではきちんと自己紹介できておらず、あの人たまにいるけど誰なんだろうという状態)。見ると、セットがふたつ組まれている。かたや万年床が敷かれたボロアパートの北向きの六畳一間(風)。かたや、ミース・ファン・デル・ローエの革張りソファが鎮座する、タワーマンションの見晴らし最高のリビング(的空間)。今日は、このセットを使って稽古するのかと思いきや、使わない。俳優たちは、一週間前の「本読み」と同じくテーブルへ座り、台本に目を落とす。「まァ、やってみましょう」と、柄本さん。稽古場での初日も「本読み」ではじまった。
台本が、少し変わっているようだ。前回を受けて、脚本家の松井周さんが細かな修正を加えたらしい。今日は、前回よりも柄本さんの「止める」頻度が高い。少しでも疑問に思う箇所は「ごめん」と言って話を中断する。「お金が好きなのかねえ、この人は?」「勇気さんって人の仕事、どういうこと?」「どいつもこいつも‥‥って、これは誰? お客? 相手先?」‥‥などなど。引っかかった部分を、ひとつひとつ松井さんや俳優たちに確認している。ひとりひとりの間にあるイメージのヒビ割れを、共通理解のパテで埋めていくような? 「アプリアプリって言うけど、アプリってよく知らないんだけど」という質問に対しては、藤原竜也さんが、いろんな例を出して説明していた。「たとえば明日の天気を教えてくれたりとか」「はぁーーーー‥‥」「舞台のチケットも買えますし」「ヘェ」「今日のランチをどうするか、おすすめを教えてくれたりもしますよ」「すごいもんだねえ」柄本さん、たまに、止めないけど、「笑う」。「エッヘッへ」と、笑う。大きな声で、頭をかきながら、笑う。どういう意味なのか‥‥。そういえば柄本さん演出で、柄本佑さん&柄本時生さんによる不条理劇『ゴドーを待ちながら』の密着ドキュメンタリーにも、稽古場で、柄本さんが「笑っている」場面が出てきた。佑さん&時生さんの演技を見ながら、柄本さんが、ひとりで笑っている‥‥。これ、俳優さんはどう感じるのだろう。ちょっと怖かったりするんじゃないだろうか。
ときおり、何度もやり直す部分がある。同じところへ戻り、同じ台詞を何度も繰り返し言わせている‥‥ご自身も言う。「そこ、もう一回」「怒りながら、やってみてくれる?」「そういうことをする奴‥‥をさ、いまは探してきましょう、なんだけど」「あのーーーーーーーーーーーーーー‥‥、とにかく『説明』はしないほうがいい」などと言いながら。いちど、佐久間由衣さんの台詞に対して「ごめん、もう一回‥‥芝居が完成している気がするんだ」と。完成していたらダメなのだろうか? 「それより、そこに書いてある言葉を『言って』くれればいい。うん、うん。言う。うん」
そういえば以前「俳優って、どんなお仕事ですか?」と質問したとき、柄本さんは「人の書いた台詞を、言う。それだけの仕事ですよ」と言っていた。その言葉を、思い出した。ただ、そのとき同時に「でもさ、言ってみてごらんなさいよ、台詞。言えないから」とも。ああ、あのときの話だ、本当にそうやっているんだ。
稽古終盤。出演者のひとりが暴れ出す場面があるようで、柄本さんが、ゆっくり立ち上がった。実演するのかなと見ていたら、突然とんでもない大声で叫びながら、そこいらじゅうを転げ回った。急なことで、ぎょっとした。ゼロから100万くらいまで、一瞬にして目盛りを振り切るような。俳優の中のゴジラみたいな何かが、ギャギャギャギュズゴゴゴー‥‥と火を吐いたような。それまでの、どこか整った場の空気がぐっちゃぐちゃに乱された、ような。以降、俳優のみなさんの台詞も少し変わったように思えた。
この日の柄本さんは、最後まで「答えなんか何にもない。言おう。とにかく、台詞を言ってみよう」と繰り返していた。稽古初日は、ただひたすらに「台詞を言う日」だった。

(続きます。12月19日まで不定期で更新します)

2020-12-03-THU

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