糸井重里が1975年からいまも所属している
コピーライターやCMプランナーの団体、
「東京コピーライターズクラブ(TCC)」。
その60周年を記念したトークイベントの
ゲストとして招待いただきました。
TCC会長の谷山雅計さんが進行役で、
2022年に新人賞を受賞した
若手コピーライターのみなさんから
糸井重里に聞いてみたいことをぶつけ、
なんでも答えるという90分間でした。
広告の世界からは離れている糸井ですが、
根本には、広告で培った考え方をもとに
アイデアを考え続けています。
若いつくり手のみなさんに届けたい、
エールのような読みものです。

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(1)この会場にいて、一番気になっていることは?

谷山
たくさんの方にお越しくださって、
本当にありがとうございます。
では東京コピーライターズクラブの60周年イベント
「糸井重里と60年目の新人たち」という
プログラムをはじめたいと思います。
進行はコピーライターの谷山雅計です。
イベントのタイトルにもなっていますし、
糸井さんに関しては「こういう人です」って
紹介をする必要もないと思うんですが、
ご自身から何かありますか。

糸井
いや、ないよ(笑)。
東京コピーライターズクラブに呼ばれる理由は、
おれがコピーライターだったから。
谷山
コピーライター「だった」からなのか、
「まだ」コピーライターだからなのかは、
どちらとも言えますよね。
糸井さんだってTCCの会員じゃないですか。
糸井
うん、まだ会員ではあるんだけど
ぼくはもうコピーは書いてないからさぁ。
でも、最近は群馬県だけの新聞に
コピーを書くこともあって、
考えるのはたのしいね、やっぱり。
谷山
という糸井さんでございます。
糸井
よろしくお願いします。
谷山
今年、東京コピーライターズクラブの
新入会員になった人たちが15人いるんです。
本来だったら、15人の新人が糸井さんと
話すようなプログラムをしたいんですけど、
さすがに15人がここに並ぶと、
なんにもしゃべれずに終わる人もいるので、
今日は選抜の4名が選ばれました。

TCC新人賞を受賞したみなさんのコピーをはじめ、
644点の広告が『TCC コピー年鑑2022』
ご覧いただけます(発売は2月21日)。

谷山
新人のみなさんだけじゃなく、
われわれがどういうコピーで
TCC新人賞を獲ったかというのも
ちょっと振り返ってみましょうか。
まずは糸井さんの新人賞ですね。

『コピー年鑑1975』誠文堂新光社より 『コピー年鑑1975』誠文堂新光社より

谷山
「親父が髪を切ってこいと言った。
OK! ぼくは親孝行だと思って返事してやった。
すると、その、ぼろ青ぞうきんも捨ててこい。
このジャンパーの良さがわからないなんて、
とうさん、あんたは不幸な人だ!」
WELDGINというジーンズの広告ですね。
糸井さん、なにか覚えていることがあれば。
糸井
新人賞を受賞したみなさん4人とも、
大手代理店に勤めている方ばっかりですよね。
ぼくはその当時からフリーで、
零細企業のジーンズの雑誌広告をやっていました。
のちにこの会社もつぶれちゃうんです。
そのくらいの低予算で作ったコピーで、
TCCに応募したのが1975年だったかな。
そういう状況でも広告賞に応募できる感じだったから、
自分としてはまだ余裕があったんでしょうね。
ぼくは最初に入った会社がつぶれちゃったから
フリーになったんですけど、前の会社の社長が、
「お前は地方競馬出身の馬だからな」って言ったの。
谷山
糸井さんが地方競馬?
糸井
そうそう、その通りだなと思ったの。
よく言えばハイセイコーだよね。
「なかなか中央競馬で走る機会がない中で
頑張るしかないんだよな」って言われました。
いまじゃTCCの新人賞を獲る方々も、
もうすでに大手代理店の方々ばっかりで、
広告を作るチャンスが
すごく減ってるんだなと改めて思いました。
それと同時に、ぼくが新人賞をもらったときみたいな、
言ってみれば「下から目線」のコピーが
出てくる機会が、もっとあってもいいのかもね。
谷山
ああ、いきなり核心をついたお話ですね。
さきほど控え室でおっしゃっていましたけど、
クライアントが糸井さんに借金を申し込んで、
糸井さんもお金を貸したそうで。
糸井
そう、ぼくもまだ27歳とかで
そんなにお金も持っていないんだけど、
どのくらい困ってたかがよくわかります。
つぶれちゃうっていうときに、
あちこちからお金をかき集めたんでしょうね。
ぼくとしては、頼める人だと思って
うちに来てくれたこと自体が嬉しかったんですよ。
「ある分だけ貸しますよ」と言ってお金を貸したら、
何年か後に、社長がブラックスーツを着て、
奥さんも正装してお金を返しに来てくれました。
そういう物語とともに、この広告があるんです。
谷山
WELDGINの広告はずっとシリーズで
雑誌に掲載されていましたよね。
糸井
『メンズクラブ』でね。
谷山
実は、ぼくの先輩で
アートディレクターの大貫卓也さんが、
高校生時代に『メンズクラブ』の
WELDGINのシリーズがカッコいいと思って
毎月雑誌を切り取ってスクラップしていたそうです。
その当時の大貫さんは、
この広告を作っているのがどういう人かも知らない
ラグビー部の高校生だったわけですけど、
ようやく自分たちと同じような目線で、
同じようなことばで話してくれる広告が
出てきたと思ったんだそうですよ。
明らかにこのときの新人賞として斬新だし、
ぼくも名コピーだと思いましたもん。
糸井
年下の谷山くんも?(笑)
谷山
ぼくも。
もう50年近く経っても全然古びてないって、
素晴らしいなと思うんですよ。
はい、そのあとで一応、
ぼくも逃げるわけにいかないから、
ぼくの新人賞もご覧いただくのですが‥‥。
糸井
おれ、それ覚えてるわ(笑)。
谷山
いやもう、ものすごい恥ずかしいんですよ。
ここにいるメンバーの中で、
新人賞は一番「ダメ~っ!」て感じなんですよ。

『コピー年鑑1987』誠文堂新光社より 『コピー年鑑1987』誠文堂新光社より

谷山
1987年に新人賞をいただいた広告です。
日本興業銀行という銀行で
「賞与、花よと、育てます」。
それから「複利笑い。」というね、
あんまりレベルの高くないダジャレですよねぇ。
「なんで、こんなんで新人賞が獲れたんだ?」って
みなさん、ちょっとポカーンとしちゃいますよね。
これはこれでね、この時代にはこの広告の
新しさがあるっていう説明が
できなくないわけでもないですけど、
今年の新人賞の中に交じったら絶対に落ちますし、
1次審査すら通らないかもしれません。
本当に私、新人賞に関してはごめんなさいっ!
このあとでぼくは努力して
いっぱしのコピーライターになったんで、
許してくださいという感じです。
糸井さんに何か言われる前にもう次へい‥‥。
糸井
これは眞木準くんの影響なんですかね。
谷山
ああっ。
眞木準さんというのは元博報堂で
ことば遊びがとても上手なコピーライターでした。
ぼくの先輩の岡田直也さんも
ことば遊び系のコピーライターだったから、
「眞木準、岡田直也、谷山、
博報堂に脈々と流れるダジャレの伝統」と
この新人賞を受賞したときに、
糸井さんから言われた記憶があります。
でも、ここにいるみなさんに言っておきますけどね、
眞木さんのシャレってね、
こんなレベルじゃあないですよ。
もっと素晴らしいレベル。
糸井
眞木くんのコピーはね、
「でっかいどお。北海道」とか、
「裸一貫、マックロネシア人。」とかだね。
そのダジャレを考えるのに、
3日ぐらいホテルに缶詰めになるんだよ。
谷山
はい、そういう伝説は聞いたことがあります。
あの、糸井さん、このままだと
新人との話にならないので本題に行きましょう。
事前に集めていた新人たちからの質問を、
これから糸井さんにどんどん聞きます。
この4人以外の新人からの問いもありますので、
順番に行ってみましょう、バンと1問目。
「今この会場にいて、
一番気になっていることは何ですか?」
中島優子さんからの質問ですね。
中島さんはいま、観客席にいるかたです。
糸井
すぐに思ったのは、
「なんでここに集まってるんだろう」ってこと。
「みんなは誰なんだろう」っていうことですね。
普通、お客さんって、
何か理由があってここに来るじゃないですか。
だけど、この渋谷区役所のエレベーターで
最上階まで上がってくることって、
相当な関門だったと思うんですよね。
こんなとこに誰が来るんだろうと思っていたら、
ちゃんと席が埋まっていました。
で、ちっとも老若男女じゃなくて
働き盛りじゃないですか、みんな。
ということは、この人たちは誰なんだろう。
谷山
意外に年齢層はバラバラで、
われわれに比べたら働き盛りですが(笑)。
糸井
それも、暇そうな人じゃなくて、
あえて言えばジャズバーの客みたいな感じで。
「この人たちは誰なんだろう」が気になってます。
こんなんでよろしいでしょうかね。
谷山
糸井さんは信じられないみたいですけど、
いまでもコピーライターになりたい人とか、
コピーライターになっているけど、
もっとレベルを上げたい人はいるんです。
糸井
まずは誰に向かって話すんだろう、
どうしてこの場に自分がいるんだろうって
ぼくとしては考えなきゃいけないわけです。
それを抜きに、変わった視点を出そうとして、
「区役所のエレベーターが遅いと思いました」
とか言ってもおもしろくはないですよね。
たぶん、ぼく以外の新人のみなさんも
お客さんたちが誰なんだろうって心配してますよね。
ぼくが考えなきゃいけないことは、
ここにいるみなさんに喜んで帰ってもらうことです。
だからさっきの質問に対しては、
ぼくとしては、あんな答えになります。

(つづきます)

2023-02-03-FRI

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