「本当はちょっと、大学に行ってみたい」。
昨年2月、夜の図書室でぼくにそう
進学への思いを打ち明けた定時制高校の男の子は、
たくさんの大人たちに背中を押されながら、
その年の暮れ、「東京理科大学 理学部第二部」に合格します。
合格の報せをもらって、
ぼくはもう一度田北くんに会いにいきました。
これまでいくつかのことを諦めてきたじぶんには、
この18歳の男の子が描いてみせた小さな大事件が、
たしかにひとつの、「希望の物語」に思えたのです。
ほぼ日のサノが担当します。

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あとがき 「いつかの田北くんへ」。

このコンテンツが公開されている今日、
田北くんはすっかり、東京理科大学に通う大学生だ。

じつは先日、田北くんと久しぶりに電話をした。
「大学、どう?」とぼくが聞くと、

「いやあーー、たのしいっすねえーー!!
友達もできて、やりたい勉強もできて。
いまは、風邪さえ引いてなかったら完璧です。
行ってよかったっす、大学。
全部、全部、たのしいっす」

という声が、電話口から聞こえてきた。

「本当はちょっと、大学に行ってみたい」

あの日、自信なさげに、どこか自虐的に、
そう自分の気持ちを言葉にしたあの子がいま、
いったいどんなまなざしをしているのか
見に行きたくて、この企画ははじまった。

この定時制高校の男の子の小さな大事件を、
そこに至るまでの彼なりの山あり谷ありの人生を、
あの日の男の子がいまどんなふうに語るのか、
知りたかった。

彼がどんなまなざしをしていたのか。
彼がどんな表情で、じぶんの人生をことばにしていたか。
連載のなかで、ことばではないかたちで、
みなさんに届いていたらいいなと思う。

ぼくは最初、このコンテンツの企画書を書いたとき、
じぶんがなにをしたいのか、
ほんとうのほんとうには、あんまりよくわかっていなかった。

なにがそんなに自分の胸を高鳴らせているのか、
なににそんなに「希望」を感じていたのか、
よくわかっていなかった。

でも、田北くんと話をして、あの日のことをこうして、
こんなにたっぷり時間をかけて編集をして、
(取材日から数えて、実に半年以上だ!)
やっとわかった気がする。

ぼくはたぶん、ただ、
この「なんでもない男の子」の物語を残したかったのだ。

「希望の物語は、こんなにもすぐそばにある」
ということに、あの日ぼくは胸を打たれたのだ。

画面の向こうの有名人じゃなく、
ステージでスポットライトを浴びるアーティストじゃなく、
大きな会社を引っ張る誰かでも、
歴史的な記録を残したスポーツ選手でもなく、
ただの、ただの「田北くん」がこの物語を描いてみせたことに
ぼくは希望を感じたのだと思う。

田北くんは並外れた「数学の変態」だけど、
やっぱり普通の男の子だ。

東京理科大学に合格したストーリーはすさまじいし、
彼が経験してきた挫折や、
それを耐え忍び、その先でつかみとった未来は
心の底から尊いものだと思うけど、
それが「メディアに取り上げられるようなもの」かというと、
そうじゃない、ということも、客観的にはわかる。

それでも、人の胸に希望を灯すのは、
「まわりと比べたときに際立ったなにかや誰か」
だけじゃない。
一人ひとりの「なんでもないわたしたちの物語」の中にある
小さな一歩や、どうしようもなかった時間や、
誰かとのつながりは、ときに、たしかに、人の胸を打つ。
そのことを、ぼくは田北くんに教えてもらったのだと思う。

こんなふうな「ありふれた希望の物語」が、
じぶんのすぐ近くに、そこらじゅうにあるのかもしれない
と思えたことは、とても大袈裟だけど、ぼくにはちょっと、
「世界の見え方」を変えてくれるような出来事だったのだ。

立ち止まったとき、
胸に小さな希望を灯してくれるようなきっかけは、
画面の向こうや本の中だけじゃなくて、
目の前の誰かが、すぐ隣りのあの人が、
たった1日だけ会っただけの高校生が、
そして、もしかしたら、もしかしたら、
ほかでもないぼく自身が持っているかもしれない。

そんなことを考えていたら、
思えば、そもそも、「なんでもないぼく」に
講演を依頼してくれた浅見先生のアイディア自体、
ぼくの「ありふれた希望の物語」を信じてくれたところから
はじまっていたことに気がついて、なんだ、
最初から全部つながっていたんじゃないか、と思った。

最後に、この記事に登場した大人たちから、
「19歳の田北くん」に向けた短いメッセージを残して、
長い、長い、「なんでもない男の子」のお話を、
終わりにしたいと思います。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


サノより



浅見先生より



島田先生より


(連載はおわりです)

2026-01-03-SAT

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