松任谷由実さん、斉藤由貴さん、
吉田拓郎さん、松田聖子さん‥‥
数々の名だたる歌手と
お仕事をご一緒されている武部聡志さん。
音楽家、作編曲家、プロデューサーなど
関わる立場はさまざまです。
著書『ユーミンの歌声はなぜ心を揺さぶるのか』
の取材・構成に関わられた門間雄介さんにも
聞き手として加わっていただき、
第一線で活躍する歌い手の姿から得た学びを、
たっぷり話していただきました。
「ボーカルを支えることに全力を尽くす」
武部さんの思いから見えてきたのは、
支えたり調整したりする仕事の尊さと
信頼され続ける理由です。
武部聡志（たけべ・さとし）
1957年生まれ。作・編曲家、音楽プロデューサー。
1983年より松任谷由実コンサートツアーの音楽監督の他、一青窈、今井美樹、平井堅、JUJU 等のプロデュース、音楽番組『FNS歌謡祭』や『MUSIC FAIR』の音楽監督などを歴任。著作に『ユーミンの歌声はなぜ心を揺さぶるのか 語り継ぎたい最高の歌い手たち』（集英社新書）。
門間雄介（もんま・ゆうすけ）
1974年生まれ。ぴあ、ロッキング・オンで雑誌編集などを手がけ、『CUT』副編集長を経て独立。カルチャー全般の取材、執筆、編集等をおこなう。著書に『細野晴臣と彼らの時代』（文藝春秋）『ピアノストーリーズ』（ぴあ）がある。
- 武部
- その人なりの表現がマッチするかどうかっていうのは、
理屈や音楽的知識に基づいたものじゃなくて、
直感的なものでいいと思います。
ただ、自分の声がどうやったら魅力的に響くか
っていうことを、
優れたボーカリストはみんな考えていますね。
- ─
- 僕も伝説のようにしか知らなかったのですが、
吉田拓郎さんがあえてお酒を飲んで、
のどを潰して魅力的な声を作っていらしたという
エピソードが本に書かれていて驚きました。
- 武部
- レコーディングの前日にあえてのどを潰して、
シャウトされてたんですよね。
それが吉田拓郎が描く吉田拓郎らしさですよね。
求めている人がいるっていうことまで、
理解してのどを潰していたと思います。
- ─
- 若い頃のエピソードだと書かれてましたが、
もうそれこそ音楽の理屈とは違いますよね。
- 武部
- 自己プロデュース能力、みたいな話にもなりますよね。
それに長けている人は
やっぱりすばらしいボーカリストになりますし、
自分でできない場合は優れたプロデューサーが
そばにいてうまくカバーしてくれる場合もありますね。
- ─
- その人の根っこにあるものを
大事にしたいというお話がありましたが、
個性をヒットソングにするというのは、
相反することのようにも思います。
歌において個性を磨くというのは、
どういう作業をされているんでしょうか？
- 武部
- 磨くっていうのはほんとに難しいですよね‥‥
歌い手の方と長くお仕事をさせていただくと、
いろんな変化があるじゃないですか。
精神的な変化、肉体的な変化、
それを理解したうえで
そのときにふさわしい打ち出し方を探る。
そこを一緒に探っていくのが楽しいですよね。
- ─
- 周りが一方的に決めつけるのではなくて、
歌い手の方と一緒に探っていく。
- 武部
- ただ、観客って残酷な部分もあるから、
自分がイメージしているものを
求める場合もあるじゃないですか。
- ─
- はい。
- 武部
- あるときに、歌い手がそのイメージを
裏切る瞬間もあるわけですよね。
だけど、僕がよく言うのは、
その人の根っこにある音楽性や志、
メッセージや生き方みたいなもの、
大きく言えば「人となり」が変わらなければ、
声やサウンドが変わっても受け入れられる
っていう風に思っているんです。
その時代や本人に合わせて、
包む“包装紙”を変えていけばいい。
- ─
- 素敵にラッピングするけれど、
変えちゃいけないところも守るんですね。
- 武部
- 根っこがぶれるのが、一番怖いですよね。
流行りに感化されて「やってみたい」と思うのは当然で、
貪欲に取り入れるのもいいと思うんです。
でも、感化されても絶対ブレない何かを持っていないと。
それは、生きてきた何十年で蓄積されたもので、
そこだけは見失わないようにしてほしいです。
- ─
- はたから見たときに、根幹がブレていると感じて
すこし言うこともあるんですか？
- 武部
- 長い付き合いをしていたら、言いますね。
「こういうことをやってみたい」と言われたときに、
思ったことは素直に言うようにしています。
それでもやってみたいと言われたら
「やってみなよ」と伝えますね。
思うのは、デビューしたタイミングはよくても、
10年経ってからがつらいんですよ。
- ─
- デビューから10年後ですか。
- 武部
- デビューのタイミングで注目を浴びて、
いろいろ出しちゃうから、
インプットとアウトプットのバランスが
悪くなっていきますよね。
みんな、忙しくなってくると
アウトプットばっかりでインプットする時間が
取れなくなってくるじゃないですか。
- ─
- それは、自分にも言えますね‥‥。
- 武部
- だから、積極的にインプットするように心がけている人は
次のチャンスをものにできているなと思います。
セカンドブレイクできるかどうかって、
アーティストにとってすごく大事なことなんです。
それは、ユーミンも言っていました（笑）。
- ─
- ユーミンさんは、
何度もブレイクを迎えていらっしゃいますもんね。
- 武部
- ユーミンは作家性も高くて、曲も多作ですから、
名曲も数々ありますけれど、
1994年にリリースされた「春よ、来い」は
デビューして22年後に生まれた曲ですからね。
- ─
- よく考えたら、そうですね！
- 武部
- 25年もアーティスト活動を
続けられない人もいるなかで、
代表曲が20年後に生まれることだって
あるんだよというのは励みにしてほしいです。
- ─
- そして、そこから30年以上活躍しているという。
- 武部
- 音楽をはじめたら、
やり続けなきゃしょうがないと思うんです。
なので、やり続けるためにはと考えたら、
なにかが見えてくると思います。 - トレーニングなのか、インプットなのか、
続けるために必要なことは
人それぞれ違いますよね。
そこを考えてもらえたら、
そのサポートを僕たちができればいいなと思います。
- ─
- 音楽をはじめたら続けるんだという感覚は、
あたり前に身についていらっしゃることですか？
- 武部
- 続けられなかった人たちを
たくさん見てきていますから。
音楽が大好きで続けたいんだけれど、
悲しいかな続けられない人はたくさんいます。
そういう人たちが
なぜ続けられなかったのかと思うと、
やっぱり努力が足りなかったんだと思うんです。
これは志村けんさんも言ってたんですけど、
「ずっとやっている人に共通して言えることは、
絶対に努力してる」って。
- ─
- コメディアンの世界でも。
- 武部
- はい。コメディアンでも音楽業界でも、
それは共通することだと思います。
- ─
- 第一線で活躍される方は
ストイックなイメージがあります。
- 武部
- 続けている人は努力の塊だと思いますね。
ユーミンもすごいストイックですよ。 - 最上のステージを観てもらうために
誰よりも次の日のことを考えて、
ステージに立つときのコンディションを整えて、
先に会場に入ってウォーミングアップをしています。
多少、足が痛くても踊りますし、
足をくじいたときでもアンコールをやってました。
- ─
- ええ！
- 武部
- 本人が「やる！」って言ったらもう、
鬼気迫るものがありますから
なにもいわず僕たちはついていくのみで。
ステージにかける情熱は並大抵ではないです。
- ─
- ユーミさんをお近くで見ていて、
根っこは変わっていないと感じますか？
- 武部
- 変わってないですね。
チャーミングなんだと思います。
それがずっと失われないというのは、
根幹になにかがあるんでしょうね。
（つづきます）
2025-03-04-TUE
-
武部聡志さんが
これまで共演してきた優れた歌い手たちの
魅力の本質を語った著作、
『ユーミンの歌声はなぜ心を揺さぶるのか
語り継ぎたい最高の歌い手たち』が発売中です。
帯にも引用されている文章、
「どれだけ高い技術を持っていても、
メッセージを伝えることができなければ、
その歌には魅力を感じられないはずです」
という言葉にハッとさせられます。武部さんが本書で語るのは、
松任谷由実さんや吉田拓郎さんといった
時代を超えて愛される歌い手から、
Mrs.GREEN APPLEやあいみょんさんなど
近年のアーティストまで多様ですが、
一貫して語られるのは個性と魅力。
まさに心が揺さぶられる理由を、
同じステージに立つ者として感じた感覚を、
取材構成の門間雄介さんがかたちにしながら
丁寧に紐解かれています。
思わず、本を読みながら、
セットリストをつくってしまいました。