2024年11月13日、
93歳の誕生日を前にして詩人は空に旅立ちました。
私たちは谷川俊太郎さんの詩に、
本で、教科書で、歌で、アニメで、
これからもずっと会うことができます。
しかし、家の中にいる「谷川俊太郎」本人は、
いったいどんな人だったのでしょうか。
長男で音楽家の谷川賢作さん、
事務所でともに働いた編集者の川口恵子さんが、
屋根の下にいる詩人について、
糸井重里に話してくれました。
谷川 賢作（たにかわ けんさく）
音楽家、ピアニスト。
現代詩をうたうバンド「DiVa」、
ハーモニカ奏者続木力とのユニット
「パリャーソ」で活動中。
父であり詩人の谷川俊太郎との共作歌曲は、
「よしなしうた」をはじめとするソロ歌曲集、
合唱曲、校歌等など多数。
作曲、編曲家としては、映画「四十七人の刺客」、
NHK「その時歴史が動いた」のテーマ曲などを制作。
2025年６月に、谷川俊太郎さんの朗読と共演した
コンサートライブCD「聴くと聞こえる」が発売。
川口 恵子（かわぐち けいこ）
編集者。
美術館、出版社勤務を経て、
現在はフリーランスの編集者として活躍。
谷川俊太郎さんの『バウムクーヘン』をはじめ、
さまざまな書籍の編集を担当する。
谷川俊太郎事務所のスタッフとしても活動。
- 糸井
- 具合が悪くなったお正月からの約１年間は、
谷川さんは、外からは
「ときどき仕事をする人」として見えていました。
- 川口
- はい、さっきも言いましたが、
じつはすごくたくさん、詩をストックしてたんです。
- 糸井
- そうなんですね、前もって。
- 川口
- 2023年の秋ぐらいからだったと思いますが、
「これ、朝日新聞の詩」といって、
詩をドサッともらいました。
「順番はあなたが決めて」とおっしゃって。 - 私は手にしたその詩を、まず、
既出のものがないかどうかチェックしました。
そして、言われたとおり順番を考えて、
朝日新聞に詩を入稿していきました。
新聞だから、たとえば春には春の詩を出したいので、
「この月はこれでいくのはどうですか」
「うん、うん」みたいな感じで
俊太郎さんと相談して決めていきました。 - ですので、朝日新聞に掲載していた詩に関しては、
用意したストックがあったんです。
そのほかの単発のインタビューや詩や帯については、
お断りしたり、ちょっと引き受けてみたり、
体調によって判断していました。
- 糸井
- ちょっと引き受けてみたり（笑）。
- 川口
- そうなんです、
すぐに「断って」とおっしゃることもあれば、
「うん、考えてみる」とか、
「わかった。締切いつか訊いといて」
と言われるときもあって。
その差がなんなのかはちょっと、
私にはわかりにくかったんですけど。
- 糸井
- ご自身なりの、
「ちょっとやってみよう」が
あったんじゃないですかねぇ。
でも、そうして
「あんがい体調が悪いぞ」ということになってからも、
けっこうな分量の仕事をなさってましたよね。
- 川口
- いやぁ、そうなんですよ。
口述筆記も、ちょっとだけ試したりしたんです。
でも、詩はできなかったです。
- 糸井
- ああ、ぼくはそれは無理だと思う。
- 川口
- 短文や、あとがき的な文章は
できました。
- 賢作
- そうだったね、あとがきはできた、うん。
- 糸井
- それにはきっと、もとから
口述筆記のような文章を書く人でないと
できないんだと思います。
俊太郎さんはやっぱり、
言葉にアイロンをかけてるから、
「シーツがパリンとしてるよ」という
仕上げをしてる言葉です。
しゃべったのを起こしたら、それはちがうだろうなぁ。
- 川口
- まさにそうだったんです。
でも、俊太郎さんの書いた詩を、
私が推敲のために読み上げることは、
何度かやりました。
読み上げて、俊太郎さんは耳で聞きながら
「そこ、こう直して」とおっしゃる。
そのとおりに直してまた読むと、
やっぱり、ちょっとよくなってるんです。
- 糸井
- ほぉ、ほぉ、そうなんだ。
- 川口
- おもしろいなって思いました。
何回かそういうことはやりました。
- 賢作
- そんなやりとりをそばで見るのは好きでした。
そういうときは
「まだまだいけるんだこの人は」と思って
驚いていました。
- 糸井
- 具合が悪くなってもある、魂がやる日々の動き、
谷川さん、やっぱりさすがだなぁと思う。
「ほぼ日」で言うと、（渡辺）真理ちゃんが
行ったのが最後だった。
あれは谷川さんが倒れたあとのことですか？
- 賢作
- これは2024年なんだな。
もう車椅子だったよね。
- 川口
- 具合が悪くなって、
ちょっと復活した頃だと思います。
- 賢作
- １月のダウンから復活した頃か。
- 糸井
- 真理ちゃんが行ったし、
「俺も行くよ」と思ってたんだけどなぁ。
- 賢作
- まあ、しょうがないです、それは。
- 糸井
- 真理ちゃんが行ったあたりの頃には、
川口さんとそうして詩を直す時間があったり、
ごはん食べたり、規則正しく寝たりしてたんですね。
- 賢作
- クロックワークに日々をおくるのが好きでした。
- 川口
- そう。決まったことをちゃんとするのがお好きで。
- 賢作
- 朝はまず、コーヒーを飲めるかどうかも
バロメーターになってました。
ちょっと胃がもたれてる朝とかは
「今日はやめとく」と。
たまにガラガラと豆ひいても、
「インスタントコーヒーの方がいい」
といって、
砂糖も牛乳もたっぷりのぬるめなミルクコーヒー。
甘いものがあるといいなっていうので、
クッキーとかかりんとうなんかをつけてね。
それで「今日いちにち、スタートしたな」
という安心感がありました。
儀式のように血圧も測って。
- 糸井
- それ、記録もしてたんですか？
- 賢作
- 血圧の記録は取っていました。
ヘルパーさんもやってくれてて、
「ご家族はさぼっていいですよ、
ヘルパーは書きますけど」と
言ってもらってましたけど、つけてました。
- 糸井
- 「ヘルパーさん」の役割って、
うかがっていると見事ですね。
- 賢作
- 見事というか、頼りきっていました。
ヘルパーさんのチーフの方には、
ほんとうに頭が上がりません。
- 川口
- ヘルパーさん、みなさん名札とか、
つけてくださってて。
- 賢作
- 名札つけてた方もいました。
- それで、いちばんお世話になってるチーフの方の
お名前だけは覚えてよって、父に何度も言ったんです。
でも最後まで、その方の名前を言わなかった。
そのことは不思議でしょうがない。
「あのさ、朝来てくれる人、明日も来てくれる？」
という感じで言うんです。
気が合わないわけでもなく、なぜなのか？？
- 糸井
- なんでしょうかね。
- 川口
- 一緒にいるときは、ふたりで、
すごくほがらかにお話しなさってました。
- 賢作
- そうなんです。
父と気が合う人だったし、
生活が少しでも便利になるように、
いろいろと細かい提案もしてくださいました。
- 川口
- 私、はっきり覚えてることがあって‥‥、
最初、その方が来てくれることになったときに
「あの人がどうして来るのかわからない」
と俊太郎さんはおっしゃってました。
「もう来なくていいと思う」
とも言ってましたけど、そこから半月して、
「あの人が来る意味がわかった」
と、きっぱりおっしゃったんです。
「やっぱり来てもらったほうがいい」
- 賢作
- 父の最後を見ていると、
緩やかに飛行機が着陸していくようでした。
不調時は「乱気流」だった？
自分の身体が思うようにならないことに
八つ当たりなんか決してしない人だったけど、
着陸態勢へ気持ちは
徐々にシフトしていったのかなぁ。
（明日につづきます）
2025-08-18-MON
