朝から晩まで食のことを考えているような
“食べること”に並々ならぬ情熱を
持っている人に魅力を感じます。
彼らが食への興味を持ったきっかけは?
日々どんなルールで生活しているのか。
食いしん坊の生き方を探究したい気持ちから
このインタビューが始まりました。

お話を聞きに行ったのは、
南インド料理ブームの火付け役であり、
食に関するエッセイをたくさん書いている
「エリックサウス」総料理長の稲田俊輔さん。
飲食チェーン店から人気のレストランまで
守備範囲が広い稲田さんが
食いしん坊になった理由を
じっくり聞きました。

見習い食いしん坊かごしまがお送りします。

>稲田俊輔さんプロフィール

稲田俊輔(いなだしゅんすけ)

料理人・飲食店プロデューサー。
南インド料理店「エリックサウス」総料理長。
鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、酒類メーカーを経て飲食業界へ。
南インド料理ブームの火付け役であり、
近年はレシピ本をはじめ、旺盛な執筆活動で知られている。
近著に『食いしん坊のお悩み相談』(リトルモア)
『ミニマル料理』『ミニマル料理「和」』(ともに柴田書店)などがある。

X (旧Twitter)

この対談の動画は「ほぼ日の學校」でご覧いただけます。

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第8回 令和の池波正太郎になれたら‥‥

──
次世代に食に関する文化を
引き継いでいきたいという気持ちはあるのですか?
稲田
僕が総料理長をつとめるエリックサウスに関していうと、
この数年は、裏方に回っている段階で
もちろん自分が直接関わって作り出す部分もあるけど、
新しいレシピや業態を生み出してくれるスタッフが
確実に増えてきています。
自分はなるべく彼らに託して
何をやってくれるかが楽しみにしているという段階です。
次の世代へバトンタッチみたいなことでいうと
それがまあまあうまくでき始めているのかな。

──
周縁の民の文化も
残していきたいですか?
稲田
周縁の民という意味ではどうなんでしょうね‥‥。
ただ、文化は残したいと思います。
20年前、30年前に最適解のど真ん中にあったものは
時代とともに、
周縁に入ってきて最後ポトッと落ちて
滅びてしまう流れがあります。
周縁の民の役割は、
昔、最適解だったものが滑り落ちて滅びるのを
周縁の間際で止める役割があるのかなと思っています。
いわゆる老舗と言われるような店で出している料理は
基本的に最適解から外れていくんです。
外れたものがほとんどなわけで、
それをくい止める役割があるんです。
──
老舗の味を残していきたいと。
稲田
そうは言っても
世の中に全部残せるわけもないんだけど
残していこうみたいなことは意識してます。
そして周縁に滑り落ちてきた、
今はあんまり注目されていないものの良さを
発見する楽しさや
楽しみ方は伝えていきたいですよね。
──
周縁のイメージは、本場の外国の料理というイメージで、
老舗店の味が周縁になっていくイメージが
湧かないのですが、どんな例がありますか?
稲田
周縁は、少数派ということを
イメージしてもらえるといいでしょう。
例であげると、
東京の老舗のお蕎麦屋さんで出している
盛りそばのつゆは
めちゃめちゃしょっぱいんです。
それをそばにちょっとだけ付けて食べる。
それこそ落語のように、そばに半分だけつけてすする。
それでちょうどいいようにできてるんですよ。
ただ、現代の最適解のそばつゆは、
甘くてマイルドなんですよね。
僕は、江戸前の昔ながらのそばつゆと、
市販のそばつゆの
塩分濃度と甘さのマトリックスのグラフを
作ったことがあるですけど、
明らかに両者は違うんです。
昔ながらのそばつゆはしょっぱくて濃い。
そうやって老舗の味って、少なくなっていき、
やがて周縁からも滑り落ちていくんです。
あと滑り落ちていっているものといえば、
洋食屋さん。洋食屋さんの味も
現代の最適解から見るとパンチが弱い。
お店がだんだん少なくなっていっています。
町中華もそうです。
現代の中華料理の洗練された味付けとは違うから、
町中華もどんどん減っていった。
ただ町中華に関していえば、
その反動でブームみたいなものが起きて
周縁から滑り落ちそうになったときに
みんなでヨイショって戻したようなところはありますね。
──
稲田さんは老舗の味が好きなんですよね。
稲田
そうなんですよ。
僕は最適解を憎んでるわけでもなんでもないんですけど、
どうせ自分が食べるんだったら
やっぱり周縁のものを食べたい。
そうなると老舗の味って
自分にとっては大事な領域になるんですね。

──
長い間歴史を重ねて積み上げてきたものに対する
尊敬の念があるんでしょうか?
稲田
そのとおりです。歴史に対する信頼感みたいなものです。
文化というか文明というか、
言うなれば“集合知”なわけです。
集合知は
信頼が置けるし、大事にしたいと思います。
──
稲田さんは、将来こうなりたいという人や
お手本にしている人はいるんですか?
稲田
お手本っていうと違うかもしれないんだけど。
池波正太郎さんには
『昔の味』というタイトルの本があります。
あの方が書く食エッセイの
基本的な世界観というのは
「あらゆる食べ物は昔のほうが優れていた」
「あらゆる食べ物は今は堕落している」というもので、
あえてそれで通しているんですよ。
言うなれば憎まれ役を買って出ていたわけです。
頑迷な老人であり、
いわゆる最近の言葉でいうと老害的な言い方です。
そういうものだということを自覚した上で
その役割を負っていたと思いますが、
現代にもそういう人がいたほうが
いいんだろうなと思うこともあります。
──
池波正太郎さんのような存在ですか。
稲田
ただ池波正太郎さんがエッセイを出していた時代は
新しいものに勢いがあった。
日本がこれから元気になるぞと
勢いづいていた時代だったから、
池波正太郎さんは堂々と主張できたと思うんです。
今、社会自体が停滞というか、
下手したら後退しているわけで、
そこで池波正太郎さん的なアプローチはしにくい。
今の状況で、「昔の食べ物のほうが全部美味しかった」
と言ったら、袋叩きにあいそうです。
そしてそんなネガティブなことばかりを言ったら
頑張っている人たちに申し訳ないですから。
理想を言えば、
社会が上向きになる中で
池波正太郎みたいな頑固な人が出てくると
面白いと思います。
もしそんな世の中が来たときに自分が老人になっていたら、
じゃあちょっと池波正太郎さんのあのときの役を
やらせてよって思いますね。
──
令和の池波正太郎さんですね。
稲田
ああいうのもいいなぁと、
憧れたりしますけどね。
──
今日は、じっくりと
稲田さんの食に対する歴史や思いを聞かせていただき
ありがとうございました。
ほぼ日がある神田周辺は老舗のお店が多いので、
稲田さんのお話を聞いていたら行きたくなりました。
稲田
たくさんありますよね。
ぜひ集合知の味を楽しんでください。

(終わります。お読みいただきありがとうございました)

2025-02-17-MON

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