朝から晩まで食のことを考えているような
“食べること”に並々ならぬ情熱を
持っている人に魅力を感じます。
彼らが食への興味を持ったきっかけは？
日々どんなルールで生活しているのか。
食いしん坊の生き方を探究したい気持ちから
このインタビューが始まりました。
お話を聞きに行ったのは、
南インド料理ブームの火付け役であり、
食に関するエッセイをたくさん書いている
「エリックサウス」総料理長の稲田俊輔さん。
飲食チェーン店から人気のレストランまで
守備範囲が広い稲田さんが
食いしん坊になった理由を
じっくり聞きました。
見習い食いしん坊かごしまがお送りします。
稲田俊輔（いなだしゅんすけ）
料理人・飲食店プロデューサー。
南インド料理店「エリックサウス」総料理長。
鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、酒類メーカーを経て飲食業界へ。
南インド料理ブームの火付け役であり、
近年はレシピ本をはじめ、旺盛な執筆活動で知られている。
近著に『食いしん坊のお悩み相談』（リトルモア）
『ミニマル料理』『ミニマル料理「和」』（ともに柴田書店）などがある。
- ──
- 稲田俊輔さんは現代日本において
最高峰レベルの食いしん坊のお一人かと思っていまして、
今日は「食いしん坊はどこから来たのか、
どこへ行くのか」
というテーマでお話を伺いたいと思っています。
- 稲田
- はい。よろしくお願いします。
- ──
- つい先日も八重洲と高円寺のエリックサウスに
ビリヤニを食べに行ってきて、
今日のインタビューへの気持ちを高めてきました。
楽しみにしていたので、非常に緊張しています。
- 稲田
- どうぞリラックスしてください。
- ──
- はい（笑）、リラックスして話しますね。
では最初に、
「稲田さん自身の原点となった食べ物」について
伺います。
今日、原点の食べ物を持ってきていただいたんですよね。
- 稲田
- はい、今日持ってきたのは、
ご覧の通りカレーライスとコールスローです。
子どもの頃、何が好物だったかなって思い返したら、
この２つが浮かんだんですね。
- ──
- カレーとサラダ。
まさに今のお仕事に直結している２品ですね。
- 稲田
- そうなんです。
小学校に入学する少し前ぐらいに、
祖父か誰かに「大人になったら何になりたいの？」って
聞かれたときに、
「カレーとサラダの店をやる」って
はっきり答えたんですよ。
- ──
- はっきりと。
- 稲田
- このことは僕も覚えているし、
祖父や親戚たちも覚えているみたいです。
たぶん、このときが将来になりたいことを
初めて明言した瞬間だったはずです。 - そのあと、なりたいものはいろいろと変わっていって、
ロボット博士になりたいときもあったんですが、
なんせ最初に「カレーとサラダの店をやる」と言って、
何年も経って、気がついたら
カレーのお店をやっていることに驚きました。
- ──
- 本当にその通りになりましたね。
南インドのカレーはナンではなくて、
ライスで食べるカレーですしね。
- 稲田
- そうなんですよね。
- ──
- サラダは
コールスローサラダをイメージしていたんですか？
- 稲田
- そうです。
僕は子どもの頃、サラダが大好きだったんですけど、
生野菜のサラダは大嫌いだったんですね。
いわゆる昭和的なコールスローとか
ポテトサラダとかマカロニサラダとか、
マヨネーズであえてある
しっとりした甘酸っぱい系のサラダが好きだったんです。 - そして僕がたぶん生まれて初めて作った料理も
サラダなんですよ。
作ったと言っても
ほとんど手伝ってもらったんでしょうけど。
初めて料理したときのことも
僕は鮮明に覚えています。
- ──
- どんなサラダだったんでしょうか？
- 稲田
- ５歳か６歳くらいのとき
コールスローとポテサラとマカロニサラダが好きだったので
全部ミックスして、
キャベツもジャガイモもマカロニも入っている
スーパーデラックスな
“究極”のサラダを作ったんです。 - そしたら、それを食べた祖父が
「これは鳥の餌みたいだな 」って言ったんですよ。
- ──
- 鳥の餌！ それはショックですね。
- 稲田
- ひどいですよね。
子どもが初めて作ったものに
そんなこと言わないでしょ。
僕はちょっとイラッとして口を聞かなかったんですよ。 - けれど、食べてみると
確かに鳥の餌っぽいっていうか‥‥ 。
- ──
- 鳥の餌っぽかった‥‥（笑）。
- 稲田
- 僕の期待値も高かったんでしょうね 。
おいしいものを3つ合わせたら
超おいしくなるかと思いきや、そうではなかったんです。
- ──
- ３つも好きなものを合わせるとは、
稲田少年は大胆ですね。
- 稲田
- 新しいものを作ることが好きだったんですよ。
厚紙で工作したり、
粘土細工したりしていたので、
サラダ作りもたぶんその延長で。 - 厚紙を切って、
ロボットとか秘密基地とか作るのと同じ感覚で、
料理をしてみたい。
作るんだったら自分の好きなサラダにしようと。
それなら今まで見たこともない、
新しいスペシャルなものを作ろうみたいな。 - それがあんまり良い結果に至らなかったというのは
学びでしたね。
- ──
- 好きなものを３つ合わせたサラダは
発明ですもんね。
- 稲田
- そう、発明だったんですよ。
「美味しいもの×３で、３倍の美味しさだ！」という
単純計算をしていたから。
実際は、１＋１＋１が
１をちょっと下回るぐらいの感じだったので。
これは失敗だって思いましたね。 - 「これはどうも料理というのは奥が深いぞ」とか。
「美味しいものを混ぜたら、
美味しくなるってわけじゃないんだ」と思いました。
- ──
- 未来につながる経験でしたね。
- 当時、思い描いていたカレーは
いわゆる家庭のカレーのイメージだったんですか？
- 稲田
- 家庭のカレーも嫌いじゃなかったんですけど、
どっちかというといわゆる外食的なカレーです。
ジャガイモとかニンジンとかが
ゴロゴロ入っているのではなく、
いわゆるホテルで食べるようなカレーのイメージです。 - 当時はホテルのカレーの缶詰みたいなものが
お歳暮で送られてきたりして、
「缶に入ったなんとかホテルのカレーは
ちょっとレベルが違うぞ」と崇拝していました。
- ──
- では好きなカレーの像が
すでにあったんですか。
- 稲田
- 思えばありましたね。
- ──
- すでに５、６歳にして
食いしん坊に仕上がっていたんですね。
- 稲田
- それが本当にそうだったのかなと思うところもあって。
実は偏食もすごかったんですよ。
ものすごく好き嫌いが多かったから、
その中で好きって言えるものがすごく少なかった。
だから執着が強くなったような気もしています。 - ジャガイモが嫌いだったので、
家のカレーでジャガイモが入っていると、
親が見てない間にスプーンでジャガイモを全部潰して、
ペースト化して。
「これでちょっと缶詰のカレーに近づいたぞ」
みたいなことをやっていました。
だから、妙な執念はあったと思います。
- ──
- 嫌いなものも潰して、
食べる工夫をするのはエラいですね。
- 稲田
- 基本的に昭和の子どもは食べ物を残すことが
許されなかったでしょ。
出されたものは全部食べるのが当たり前だった。
だから苦手なものを食べないといけないときは
苦痛でした。
肉も魚も基本的に嫌いだったから。 - 魚は一部のお刺身はOKだけど、煮魚や焼き魚は苦手。
肉も、ひき肉だったらまあ食べるかという感じでした。
小学校入学までは好き嫌いが多い中で、
好きなものにだけに執着心を持っているような感じでした。
- ──
- 好きなものが少ないからこそ
食の探究がカレーやサラダに集中していたんですね。
- 稲田
- ただ別に僕が特殊な話でもなんでもなくて、
世の中の人に食の原点を聞くと、
その辺でランダムにピックアップしたら、
だいたいカレーって答えが返ってくる確率が高そうな
気がします。
- ──
- しますね。けれど、
ホテルのようなカレーライスに
コールスローがついているみたいな
明確なイメージがあるのは
珍しいかもしれませんね。
- 稲田
- ディテールにこだわるところは
昔も今も変わってないんでしょうね。
（つづきます）
2025-02-10-MON
-
稲田俊輔さんの最新刊
『ミニマル料理「和」』
（柴田書店、2024）「必要最小限の材料と手順を追求しつつ、
美味しさを実現するための必要な手間と時間は惜しまない」
という「ミニマル料理」シリーズの第2弾。
親子丼や牛丼、生姜焼きといった
身近な和食をテーマにしたレシピ本。
牛肉と大葉でつくる「しそバター牛肉」
豚しゃぶの茹で汁でつくる「概念豚汁」など、
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