俳優の言葉は編集しにくい。扱いづらい。
きれいに整えられてしまうのを、
拒むようなところがある。語尾でさえも。
こちらの思惑どおりにならないし、
力ずくで曲げれば、
顔が、たちどころに、消え失せる。
ごつごつしていて、赤く熱を帯びている。
それが矛盾をおそれず、誤解もおそれず、
失速もせずに、心にとどいてくる。
声や、目や、身振りや、沈黙を使って、
小説家とは違う方法で、
物語を紡いできたプロフェッショナル。
そんな俳優たちの「言葉」を、
少しずつ、お届けしていこうと思います。
不定期連載、担当は「ほぼ日」奥野です。
シム・ウンギョン
1994年生まれ。映画『サニー 永遠の仲間たち』（2011）で主人公の高校時代を演じて注目され、『怪しい彼女』（2014）では第50回百想芸術大賞最優秀主演女優賞をはじめ数々の賞を受
- ──
- つげ義春さんの漫画を原作とした、
三宅唱監督の『旅と日々』を拝見しました。
何ていったらいいのか、
時間をかけて、
あの映画が心に居場所を見つけた感じです。
- ウンギョン
- わあ、ありがとうございます。
- ──
- はやくも遠い記憶の中の、
懐かしい風景のようになっているというか。 - ただ、家に帰って
『ほんやら洞のべんさん』を読み返したら、
ウンギョンさん演ずる主人公が
「男の人」だったんです。
- ウンギョン
- あ、はい（笑）。原作では、ですね。
- ──
- あとからビックリ仰天したわけですけれど、
三宅監督は
「男の人じゃなくて、
主人公をウンギョンさんでいくのはどうか、
というアイデアが生まれた瞬間に、
エンジンがかかった」と言ってたそうです。
- ウンギョン
- あら、本当ですか。
- ──
- 今日のお話を通じて、
監督がそう思った理由を感じられたらいいな、
と思って来たんですが、
そもそも「つげ義春」は、ご存知でしたか。
- ウンギョン
- お名前はもちろん存じていました。
ただ、作品を読む機会はありませんでした。 - 今回、三宅監督作品に参加することになり、
映画の原作となっている
『海辺の叙景』と
『ほんやら洞のべんさん』を読んだら、
その物語、先生の作風に感銘を受けまして、
ハマりました。
- ──
- ハマりましたか。
- ウンギョン
- ハマりました。
- ──
- 「つげ義春」に。
- ウンギョン
- とても。
- 人間のありのままの素顔を描いているなと。
どちらの作品も、
人と人の間に存在する不思議な絆について、
描いていると感じました。
わたしは、
人生は出会いの連続だと思っているんです。
- ──
- もしそうだとしたら、
つまり出会いの連続が人生だとするなら、
今回の三宅監督の作品には、
まさに「人生」が映っていたと思います。
- ウンギョン
- はい。いろんな人と人が出会いますから。
- わたしが演じた「李さん」と
堤真一さんが演じた「べん造さん」をはじめ。
- ──
- ああ‥‥たしかに「出会いの映画」です。
「人と人の出会い」が主役といえるほど。 - べん造さんが娘さんと久々に会うシーンでは、
べん造さん、両手を大きく広げて
「抱っこするか？」と聞くじゃないですか。
- ウンギョン
- はい。でも、娘さんが「あ、大丈夫」って。
- ──
- いかにも切なくて、
まさしく「これが人生」という感じでした。 - ただ原作とは少し違いますよね、あの場面。
- ウンギョン
- 原作では「お母さん、元気？」と聞かれて、
娘さんは「ナンミョーホーレンゲキョ」って。
- ──
- つまり「南無妙法蓮華経」とだけ言った。
- ウンギョン
- それだけで、つまり「余白」の部分で、
べん造さんの人生を説明しているんですね。 - どんな家庭だったのか、
べん造さんがどういう苦しみを抱えていて、
なぜ別れて暮らさなければならず、
これまで、どんな人生を送ってきたのか。
つげ義春さんが、
「ナンミョーホーレンゲキョ」に凝縮した
複雑な意味や人間の感情を、
三宅監督は、
また別のかたちで描いていたと思います。
- ──
- ああ、そうか。
- つげさんの漫画って、「ねじ式」はじめ
どこか夢の中の話みたいですけど、
でも他方、緻密な構造をしているし‥‥。
- ウンギョン
- はい。
- ──
- さっき「余白」という言葉も出ましたが、
「余白だらけ」のように見えて、
その余白って
「何にもない、ホワイトキューブの白」
じゃないですもんね。
- ウンギョン
- わたしは子役からはじめていますが、
この年齢になってやっと、
「余白の大切さ」がわかってきました。 - 少し前までは、お芝居をするとき
「ちゃんとやらないと！」という考えが
とても強かったんです。
でも、この映画に参加してわかりました。
「余白」こそが、
観る側の「豊かな解釈」を生むんだと。
- ──
- もう少し詳しく聞いていいですか。
そのあたりのこと。
- ウンギョン
- あたまでは「余白は大切だ」と知っていました。
でも、腑に落ちていなかったんです。
これまでは
「しっかり役作りをして、しっかり演じること」
ばかりに気を取られていました。 - でも今回、李さんを演じてみて、
余白に託すということの意味がわかりました。
台本の中も余白だらけだし（笑）、
「この余白を、守らないと」と思ったんです。
- ──
- 余白に託す。余白を、守る。
- まず、
余白とは、守らないと失われてしまうもの。
- ウンギョン
- そう思います。
- ──
- 余白に託す、というのは‥‥。
- ウンギョン
- 最初に台本を読み終わった瞬間、
「これは、わたしの話だ」と思ったんです。
自分の自伝のように感じました。 - もし自分について何か書くとしたら、
『旅と日々』の台本みたいになるだろうと。
- ──
- 李さんが、ご自身に似ていた？
- ウンギョン
- 李さんは、自分に対して自信がないですよね。
わたしも、そんなふうに思う瞬間があるし、
そのことで苦しんでいるし、
「わたしには才能がない」と思っているから。
- ──
- そうなんですか。
- ウンギョン
- はい。だから、わたしにとっては、
李さんと一緒に旅に出るような作品になると、
そんなふうに思いました。 - 読み終わった瞬間に、そう思ったんです。
- ──
- なるほど。
- ウンギョン
- だから今回は、「どう演じるか」より
「カメラのアングルの中で、どう映るか」を
大切にしました。
がんばってお芝居することをやめよう、って。 - ただ、その場にいることを、大切にしました。
わたしのままで。
- ──
- それが「余白に託す」ということ。
- ウンギョン
- そこで、今回の作品では、
できるだけお芝居しないでみたいんですって
三宅監督にお話ししました。 - そしたら監督は、こうおっしゃったんです。
「楽しいね。映画の中で
何もしてないシム・ウンギョンを撮るなんて。
よし、やってみよう」って。
（続きます）
写真：伊藤大作
2025-11-07-FRI
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つげ義春原作、三宅唱監督作品
シム・ウンギョンさん主演
『旅と日々』公開中です。
© 2025『旅と日々』製作委員会 配給：ビターズ・エンド
つげ義春さんのふたつの漫画作品をもとに
三宅唱監督が映画をつくりました。
インタビューのなかでも語られていますが、
「そのままで、そこにいる」ような
シム・ウンギョンさんの存在がすばらしい。
劇中劇には河合優実さんが出演。
山奥の民宿（？）のご主人に、堤真一さん。
試写から帰って原作を読んだら、
もういちど、映画を見たくなりました。『旅と日々』
2025年11月7日（金）より
TOHOシネマズ シャンテ、
テアトル新宿ほか全国ロードショーチケットや劇場のことなど
くわしくは映画のサイトでご確認を。
＞https://www.bitters.co.jp/tabitohibi/ -
