「東大・京大で、いま一番読まれている本」
という帯が巻かれ、広く売れ続けている
千葉雅也さんの『センスの哲学』。
「センス」について、いい・悪いを超えた先まで
読む人を連れていってくれる、芸術論の本です。
千葉さんならではのやわらかい語りによって
視点が増えて、さまざまな芸術を
よりおもしろく見られるようになります。
この本をあいだに置いて、
千葉さんと糸井重里がおしゃべりをしました。
ふたりに共通するのは、
世の中一般での「これが価値である」から
ちょっと抜け出したところに、
おもしろさや魅力を感じているところ。
「センスがいい」について、ちょっとだけ、
見方が変わるかもしれない対談です。

＞千葉雅也さんプロフィール

千葉雅也（ちば・まさや）

哲学者、作家。
1978年栃木県生まれ。
東京大学教養学部卒業。
パリ第10大学および高等師範学校を経て、
東京大学大学院総合文化研究科
超域文化科学専攻表象文化論コース
博士課程修了。博士（学術）。
立命館大学大学院先端総合学術研究科教授。
『動きすぎてはいけない
──ジル・ドゥルーズと生成変化の哲学』
（第4回紀伊國屋じんぶん大賞、
第5回表象文化論学会賞）、
『勉強の哲学──来たるべきバカのために』、
『アメリカ紀行』、
『デッドライン』（第41回野間文芸新人賞）、
「マジックミラー」
（第45回川端康成文学賞、『オーバーヒート』所収）、
『現代思想入門』（新書大賞2023）など
著書多数。

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４. 「センス」の向こう側にあるもの。

糸井
千葉さんはいま、立場としては
フリーランスなんですか？
千葉
いえ、実はこれでも大学の教員なんです。
いちおう（笑）。
糸井
あ、フリーに見えるだけだった（笑）。
千葉
はい、しかもいま大学院の研究科長なんで、
それなりに職責は負ってるんです（笑）。
けどまあ、そこはダブルで。
糸井
ぼく自身は昔、フリーだったんですけど、
フリーの立場って、ことばとしては「自由」でも、
実際には不自由な面も多いんですね。
いろんな人や環境にずいぶん振り回されるから。
そういうときって、社会に認められた
自分ならではの価値を持ってないと、
居場所がないように感じるわけです。
最近、雑草生態学の本を読んでいるんですけど、
ガードレールの端の隙間の
ちいさな土の上に落ちた雑草でも、
やっぱりその環境で生き抜いていくには
強い何かが必要なんですね。
フリーの立場って、その雑草と同じように
生き抜かなければと思うから、
「自分は他の人から見て、価値があるだろうか？」
「キラキラしてるだろうか？」
といったことを、すごく真剣に考えるんです。
千葉
ああ、なるほど。
糸井
だけど、人も自分も認めるような
キラキラな価値って、けっこう一辺倒なんです。
だから、そこばかりをずっと追いかけていると、
つまらなくなったり、辛くなってきたりして。
反動のように、その真逆にあるような考え方が、
だんだん気になってくるわけです。
キラキラした価値の側から考えると、
たいした価値がないかのように思われてても、
実は人や植物というのは、
存在してるだけで貴重で、十分に価値がある。
そこにいることが尊ばれるべきものである。
そっちに目がいきはじめる。
千葉
そうですよね。
世の中って、そういう面があってはじめて
存在しているものですから。
糸井
だからいま、SNSなどで、
弱い立場の人たちの権利について、
みんなが注目して、盛んに語ったりしていることって
けっこうあると思うんですけど、
それもその反動のようなところがあるんじゃないか、
とか思うんです。
つまり、世の中でいま
「キラキラしたわかりやすい価値」ばかりを
語られることが多いから、逆に
「誰だって存在自体に価値がある」を、
あらためて思い出そうとする動きというか。
千葉
「価値がある」と思われていないところに
目を向けるような流れって、あるんですよね。
現代思想でも、「差異」や「脱構築」って、
人生において実は欠かせない、
日常性のニュアンスであるとか、
人間関係のあいだの
必ずしもハッピー１色ではない
微細な衝突も含めたおもしろさを、
どう肯定していくかを
論じていく感じになりましたし。
糸井
ああ、なるほど。
千葉
この『センスの哲学』でも、
さまざまな芸術を見ていくようなときに、
その意味を追いかけることから離れて、
「リズムとして理解してみよう」
という話が出てくるんですよ。
糸井
ありましたね。
千葉
いろんな芸術というのも、やっぱり、
「これはいい、これは悪い」
「強いものは弱いものより権力があるからダメ」
みたいな単純な話ではなく、
もっと複合的にミックスされたものであるわけです。
だから芸術を、その意味からではなく、
さまざまな強弱があって、いろんな音色の鳴る、
「複合的なリズム」として捉えてみる。
そうすると見えてくるものがある、という。
そして「芸術をリズムとして捉える」って、
この本の根幹にある部分の話なんですね。

糸井
千葉さんは今回、アートというところから、
そういう、いま一般的に思われている
価値から離れた見方への入口を
あらためて開けて見せたわけですけど、
そういうトンネルとして、
アートってすごく向いてると思うんです。
アートって、一方ではいま、
すべてが値段のつくものにどんどんなっていて。
不動産とかと同じように取引されて、
「アートはこんなに金を動かす」とか、
そっちの面を、ずいぶん強調して語られますけど。
千葉
そうなんですよね。
糸井
だけどアートの場合、
どれだけお金の部分が語られても、
やっぱりみんなどこかで、
その「お金で表現できない部分」について、
価値を感じられてる気がするんです。
そこで千葉さんが
「センス」という言葉を鍵に、
そっちの扉を開けようとしているのは、
ぼくはすごくいいなと思ったんです。
千葉
ありがとうございます。
糸井
‥‥と同時に、本を読みながら、
「これ、どんな人が読むんだろう？」
とも思ったんですけど（笑）。
千葉
はい（笑）。
糸井
つまり、昔の千葉さんみたいな人は
読むと思いますけど、その友達の
「おい、遊びに行こうぜ」と
言うようなやつと、どう手をつなぐか。
千葉
本自体はまずは昔の自分に宛てていて、
自分が昔知りたかったようなことを
書いてはいるんです。
ただ、タイトルや帯などで
「センスがよくなりたい人が
誤解して買ってくれるように」みたいな、
ちょっとした罠を仕掛けてはいて（笑）。
糸井
そういう罠（笑）。
千葉
「センス」という言葉が
ひとつのルアー（疑似餌）であり、
なにか引っかかってもらえたら、
そこから入っていける人もいるかなと。
糸井
「センスがよくなりたいな」と
思っている人はいますよね。
千葉
いますよね。
ただ、この本は
「こうやってセンスをよくしましょう」
みたいな本ではない。
糸井
違いますよね。
千葉
まぁ、全編通してセンスについて語っているし、
本を読むと、いろんな理解が深まって、
結果的にセンスがよくなるとは思うんですけど。
だけど結局、本のなかでも、
「センス」という言葉の位置を、
事実上、動かしちゃうわけです。
「センスって、あるとかないとか、
けっこう残酷な言葉としてありますね」
と最初に言った上で、
「でも結局、そのよさって、
ビッグデータの蓄積から出てくるでしょう」
とか、すごく即物的に説明しちゃうし。
「そこまでのデータを吸収しなくても、
ある種の強弱の問題だと捉えれば、
あるていどショートカットできますよね」
といったことも書いて。
そうやって「センス」という言葉を
どんどん骨抜きにしていくわけです。
そして最終的には「センスの良し悪し」どころか、
それぞれの人の「どうしようもなさ」というか、
ある種の身体的な癖みたいなものに向かっていく。
センスの話をしていたはずが、
「あれ？ これ結局、センスがいいも悪いも
なくなっていくな」って感じで、
くるっと回っていくわけです。

糸井
「センス」という言葉の向こうに、
人それぞれの身体性が、
拭えないものとしてあることが見えてきて。
千葉
そうなんです。
そこまで含めたおもしろさについて、
伝わる人がいたらいいなと思うんですけど。
糸井
そういう話で言うと、おとといぼくは
横尾忠則さんに会ったんですけど、
本当にいろいろおもしろくて。
たとえば、いまってみんながどこかで
「その線があると一気に話が前にすすむ」
みたいな、いい補助線の引き方を
探してることが多い気がするんです。
千葉
ああ、たしかに。
糸井
で、いまの大谷翔平の大活躍とかも、
もしかしたら、いろんな人にとって、
そういう補助線のひとつかもしれないんですけど、
横尾さんもちょっと、そういう補助線みたいに
大谷選手の話を見てもいて。
千葉
へぇー。
糸井
でもそれがもう、ものすごく自由なんですよ。
なにかというと
「藤井七冠と大谷翔平は、両方10時間寝てる。
ぼくもそこに行きたい」
って（笑）。
千葉
はぁー（笑）。
糸井
つまり、２人の天才が毎日10時間寝てるから
「まずは自分も10時間寝られないか」
みたいなことを考えてるという。
千葉
その「10時間」という具体性のなかに
何かあるんじゃないかと。
糸井
そうなんです。
千葉
寝れない人だと、なかなかそんなに
寝れないですけどね。
ぼく、10時間って無理ですから（笑）。
糸井
でも、横尾さんは「できるんじゃないか」と
思ってるんですよ。88歳で。
千葉
思ってるんですか。88歳で10時間。
糸井
今も８時間寝てるらしいです。
千葉
それはすごいですね。
糸井
すごいんですよ。
昔から病院も大好きだとずっと言ってて、
病気との関わり方とかにしても、
いつも見事なんですけど。
だから、そういう補助線にしたって、
ほんとはみんな引き方が違うんで。
「ドゥルーズが何を言ったか」が
生き方の補助線になる人もいるし、
横尾さんは「10時間」という数字かもしれない。
そこはぐしゃぐしゃなものだと思うんだけど。
千葉
その「10時間」がもう、
横尾忠則さんという人のありかたであり。
糸井
そう。「センス」みたいなものを超えて、
横尾さんのそういう自由なありかたに、
ぼくなんかは心を動かされるわけですね。

（つづきます）

2025-02-06-THU

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  • センスの哲学
    千葉雅也 著

    これは「センスが良くなる本」です。
    というのは、まあハッタリだとして、
    ものを見るときの「ある感覚」を
    説明したいと思います。

    哲学・思想と小説・美術の両輪で活躍する
    千葉雅也さんによる哲学三部作
    （『勉強の哲学』『現代思想入門』）の最終作。
    音楽、絵画、小説、映画……
    芸術的諸ジャンルを横断しながら考える
    「センスの哲学」にして、芸術入門の書。
    フォーマリスト的に形を捉え、
    そのリズムを楽しむために。
    万人に向けた、生活と芸術を
    つなぐ方法が語られます。
    （Amazon.co.jpの販売ページへ）