阪本順治監督最新作『せかいのおきく』は、
「江戸時代の循環社会」がテーマ。
江戸の町中から「う○ち」を集めては
農家へ売り歩く、
汚穢屋（おわいや）の青年が出てきます。
もともとこのテーマは、
当時、大手食品会社で研究職に就いていた
藤島義之さんが、
映画の美術監督で企画・プロデュースの
原田満生さんと「パパ友」で、
ふたりの雑談から、うまれたそうなんです。
「そんなことって、あるんだー」という
素朴な驚きがあったので、当の藤島さんに
ことの経緯をインタビューしてきました。
担当は「ほぼ日」奥野です。
藤島義之（ふじしまよしゆき）
YOIHI PROJECT テクノロジー・イノベーション・ディレクター
英国オックスフォード大学 有機化学専攻 PhD
1995年から味の素株式会社にて健康、栄養、食品加工などの研究開発、事業育成、技術広報に従事。出向にて一般財団法人バイオインダストリー協会と国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)に勤務し、世界のバイオエコノミー政策、技術トレンドを研究。YOIHI PROJECTのテクノロジー・イノベーション・ディレクターに2022年3月から就任。2022年末に味の素株式会社を退職。
- ──
- そもそもなんですが、
藤島さんのもともとのご専門って
何だったんですか？ - それも「う○ち」‥‥なんですか。
- 藤島
- いえいえ、もともとは化学ですね。
- そこから人生いろいろあって、
生化学のほうへと近づいていって。
勤めていた食品会社を辞めたあと、
いまは、
食品と農業を繋ぐシンクタンクで
アナリスト、
という肩書で仕事をしております。
- ──
- 生化学というと、具体的には？
- 藤島
- 学部時代はプラスチックを人工心臓や
人工血管に応用する研究をやり、
大学院で
バイオテクノロジーの方へ進んで、
そのあと留学して、
ペニシリンの生合成のメカニズム解明、
なんて研究をしていたんです。 - はじめの食品の会社に入社してからは、
アミノ酸の発酵に関する調査や、
酵素の有効利用の研究、
うまみの有用性の研究、
機能性食品の臨床開発など‥‥ですね。
だから「専門性」は低いんですよ。
いろんなことを、幅広くやってたので。
- ──
- で、そうするなかで、
「循環社会」というテーマと出会った。
- 藤島
- ええ、そうなんです。
- 国の研究機関へ出向しているときに、
サステナビリティに関する議論が、
日本では
後手にまわっていることがわかり、
世界各国では
どんな取り組みをしてるんだろうと、
事例研究をしたりして。
- ──
- そこからいまでは映画にも関わって。
- 藤島
- 何なんでしょうね、わたしは（笑）。
- ──
- こういっちゃなんですが、
本来おカタいまじめな研究テーマが、
あんなふうに
エンタメの映画のベースになるって、
ちょっとおどろきますね。
- 藤島
- 原田さんの強い思いで、
本当に映画になっちゃったんですよ。 - 持続性やサステナビリティに関する
日本の歴史や文化、
具体的な事例を映像として残そうと、
「YOIHI PROJECT」がうまれ、
その活動の第１弾が、
今回の『せかいのおきく』なんです。
- ──
- プロジェクト自体一回だけじゃなく、
持続的なんですね、つまり。 - 第２弾、第３弾も、じゃあ‥‥。
- 藤島
- はい、準備しているところです。
- ──
- できあがった映画をごらんになって、
あらためて、
どう、お感じになられましたか。
- 藤島
- いやあ、アーティストがつくったら、
循環社会というテーマでも、
こんなストーリーが描けるんだって、
本当に感動でした。
- ──
- 監督が「う○こ」ならやる‥‥と言って
はじまった映画ですが、
黒木華さんが
空に手を合わせるシーンとか、
当然ですが、すごく美しいですし、
寛一郎さん演じる中次との
恋愛の行く末なんかも気になりますし。
- 藤島
- 科学者にはできないなと思いました。
- 資源の再利用、循環社会という話を、
こんなふうに見せてくれるのか、と。
- ──
- 映画を観てすごいなあと思ったのは
いわゆる‥‥「モノ」がですね、
すごくリアルだったことです（笑）。 - あれ、どうやってつくってるのかな。
本物じゃないのはわかるんですが、
美術さんの仕事、すごいなあ‥‥と。
- 藤島
- そうですよね（笑）。
- わたしは映画の専門家じゃないので
たしかなことは言えませんが、
うつくしい映画、きれいな映画って、
たぶんいままで、
たくさんつくられてきたと思うけど、
こっち方面にリアルな映画って、
あんまりないんじゃないでしょうか。
- ──
- たしかに。汁っ気があるというのか。
- 藤島
- そうそう。
- ──
- 人間が生きてる感じがしたというか。
- 黒木さんをはじめ、
汚穢屋の池松壮亮さん、寛一郎さん、
佐藤浩市さん、石橋蓮司さんなど
オールキャストが集まった
長屋のシーンも、すごかったですね。
大雨が降って共同便所が詰まったら、
これほどの大惨事に‥‥とか（笑）。
- 藤島
- ええ（笑）。
- ──
- そもそも長屋の共同トイレって、
あんなふうにオープンエアなのかと。 - はたして自分は
あそこで用を足せるのかなあ‥‥と、
しばし想像したりもしました。
- 藤島
- 昔は、現代のように、
たくさんのトイレはつくれないですし、
「一箇所に集中させる」ことが
資源循環の入口、
シェアリングエコノミーだったんです。
- ──
- なるほど、そうか。
あの集中スタイルが、合理的だったと。 - それは「集める」に際しても、ですね。
- 藤島
- 長屋のトイレが共用なのはもちろん、
お城や大きな屋敷でも、
そんなにたくさんのトイレが
あったわけじゃないと思うんですよ。 - 逆に現代のワンルームマンションは、
何でもそろってますけど。
- ──
- トイレも「ひとり、一個」くらいに。
- 清潔なトイレがどこにでもあるって、
もちろん、人間にとって、
快適で幸せなことではありますけど。
- 藤島
- そう、だから「過去に戻ろう」とは
安易に言えないんですが、
でも、過去の先人の知恵のなかには、
現在や未来の参考になる、
そういうものがあるのかもしれない。 - その視点は、
忘れないようにしたいなと思います。
- ──
- 循環社会とか資源の再利用について、
すみません、自分は、
とくに問題意識がなかったので、
いまのところは、
ただただ
おもしろがって観てるだけなんです。
- 藤島
- ええ、それでいいと思うんですよね。
- まずはおもしろく見ていただくこと。
で、何年あとになってもいいから、
観てくれた人ご自身に
本当に考える必要性が生じたとき、
あ、あんな映画もあったなって、
思い出してもらえたらいいなあ、と。
- ──
- なるほど。
- たしかに、ぼく自身に
「本当に考える必要」が出てきたら、
どこをどう見るかも、
また、変わってくるかもしれません。
で、「本当に考える必要」って、
これからの社会では、
きっと、出てきそうな気もしますし。
- 藤島
- 必要なものを循環させている社会が、
江戸時代の日本には、あった。 - もし仮に、現代社会でも
その考えや仕組みを取り入れられたら、
もっと「よい日」になるかもしれない。
そのための技術開発も
きっと必要になってくるでしょうが、
この映画が何かを変えていく、
ひとつのきっかけになったらいいなと
思っています。
- ──
- 先ほど少し話に出た
「YOIHI PROJECT」というのは、
そういう「未来の、よい日」を
考えてる人たちの集まりなんですか。
- 藤島
- 現代のわたしたちと、
将来を生きる世代の人たちにとって、
過去の知恵から
何かを考えるきっかけをつくりたい。
そういうプロジェクトです。 - だから排泄物の再利用の話にしても、
農業従事者の人たちが、
ひとつの方法として試してみるとか、
市や町などの自治体が、
循環社会経済のひとつの事例として、
取り組んでもらえたらいいなあ、
なんて思いながら、やっていますね。
- ──
- なるほど。
- 藤島
- 現に、北海道なんかでは、
牛のフンでメタンを発酵させて発電し、
残った消化液は畑に戻す‥‥
という取り組みが、
実際に、動いていたりもするんですよ。
- ──
- そうなんですね。じょじょに。
- 藤島
- 同じように、食品の残渣を集めて、
発酵させて、発電して、
残ったものを畑に撒いて活用する。 - あまり畑のない東京では
ちょっと難しいかもしれませんが、
その他の地域経済圏でなら、
実現も夢ではない気がしています。
- ──
- 黒木さんの恋の行方がどうなるか、
ちょっと胸を高鳴らせたり、
池松さん、
寛一郎さんがフン闘する物語を
「はああ‥‥」
とか思いながら観た映画が、
社会的な課題にもつながっている。 - 決して押し付けるわけじゃなくて、
「え、そんな職業が？」
って気になって調べたら、
なるほど、そういうことなんだと
江戸の循環社会へたどりつく。
- 藤島
- ええ。
- ──
- 外へ「つながっている」ところが、
ぼくは、いいなあと思いました。
- 藤島
- こういう話って、
最初からサイエンスの話だったり、
地球の未来はなんて言われても、
簡単には、
頭に入ってこないと思うんですよ。
- ──
- そう思います。
- 藤島
- ですから、おっしゃるように、
映画を観たあとに、
ああ、そういうことなんだって
知ってもらえるくらいが、
ちょうどいいのかなと思います。
- ──
- ぼく自身、映画を見たことで、
いまやすごく興味を持ってます。
江戸の循環社会について。 - はじめは何も知らなかったけど、
知ったらおもしろいし、
本とかも読んでみたいですもん。
- 藤島
- これからの地球で、
わたしたちが生きていくために
何が必要か。
昔の人たちの知恵から、
学べることが多いかもしれない。 - こうまとめると、何だか、
簡単な結論になっちゃいますが。
- ──
- ええ。
- 藤島
- 世界の映画祭に持っていって、
人々が
どういう反応するかを見るだけでも、
おもしろいと思います。
- ──
- そっか、知らない文化なわけですもんね。
海外の人たちにとっては。
- 藤島
- 世界の人たちに対しても、
日本の若い人たちに対しても、
循環社会って
いったいどういうことなのか、
考えるきっかけになれば。 - そんな映画になったら、
うれしいなあと思っています。
（おわり）
2023-04-21-FRI
-
脚本・監督：阪本順治
出演：黒木華、寛一郎、池松壮亮、
眞木蔵人、佐藤浩市、石橋蓮司
2023年4月28日(金)よりGW全国公開
配給：東京テアトル/U-NEXT/リトルモア
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