──

映画のなかで描かれていたように、
当時の江戸でも、
実際、集めてきたう○ちって、
ああいう船で運んでいたんですか。

藤島

葛西舟と呼ばれていたようですね。
陸路もあったはずです。

江戸川などの水路を使うなら船で、
武蔵野や練馬などからの
陸路の場合は、
馬車に引かせて運んでいた‥‥と、
ものの本には書いてあります。

──

それが、汚穢屋（おわいや）さん。

藤島

日本では、そう呼ばれていました。

──

三遊亭園丈師匠の落語に
「肥辰一代記」という新作があって、
汚穢屋さんの噺なんです。

爆笑ものなんですけど、
あれだけ「う○ち」について延々と
語り続ける噺もすごいなと
思うんですけど、
ああ、あの世界がこれなのか‥‥と。

藤島

日本以外の国に、
汚穢屋に相当する職業があったのか、
そこについては、
ちょっとわからないんですが、
当時、海外から日本に来た宣教師が、
いたく感動していたそうですね。

こんなシステムがあるのか‥‥って。

──

人の排泄物を再利用している‥‥と。

藤島

そう。

何せ、欧米では、排泄物というのは
基本的にはお金を払って、
持っていってもらうものだったので。

──

それが、日本ではいわば「商品」に。

藤島

しかも、うまく循環させていました。

おかげで畑の野菜の栄養分になるわ、
町はくさくならないわ、で。

──

いいことづくめだ、と。

藤島

当たりまえ、だったわけですけどね。
当時の日本人からすれば。

でも、欧米から見ると、
びっくりするような話だったんです。

──

自分は家の近くに肥溜めがあったし、
ちっちゃいころから、
「親近感」とまでは言わないけど
「なじみ」があったんで、
とくに違和感はなかったんですけど、
案外、知らないことなんでしょうか。

「動物の」はともかく、
「人間のも」という歴史的事実って。

藤島

おそらく。

そもそも、昔の厠（かわや）と
現代のトイレは、ぜんぜんちがいます。
トイレでは、ジャーっと流したら
あとは、さよなら‥‥じゃないですか。

──

はい。どこかへいなくなっちゃいます。

藤島

厠では汲み取りさんがきては、
どこかへ持ってってくれるわけですが、
その「どこか」が、
自分たちの生活圏から遠くはなかった。

ご近所で「消費」するような経済圏が、
成立していたんです。

──

そこらへんの畑にまいてるよね、と。
行き先を知っていた。

藤島

日本における「排泄物」って、
ふたつの「顔」を持っていたんですね。
ひとつは「肥料」としての顔。
もうひとつは、「厄介者」としての顔。

厄介者にずっと居座られると困るから、
汚穢屋さんに
持ってってもらうわけですけど、
農家で必要とされているということで、
厄介者なのに
「貨幣価値」を持っていたんです。
そこに「経済」がうまれていたんです。

──

ちなみに、おいくらくらいで‥‥。

藤島

江戸時代、もっとも高値で
流通していたときの相場でいったら、
５人家族で「２、３両」くらい。

仮に１両が５万円くらいだとすると、
「十数万円」のお金を出して、
１年分の糞尿を引き取ってたんです。

──

そういう「お値段」だったんですか。
はああ‥‥！

十数万円ものお金を出して、
う○ちを買い取っていたわけですか。
それは‥‥何というか、すごい。

藤島

他に大根だったら何十本‥‥だとか、
ゴボウだったら‥‥とか、
そういう契約もあったみたいですね。

──

映画の中でも、引き取り先の長屋で、
池松さんが
大家さんに
野菜を渡したりしてましたよね。

藤島

あとは、町人たちの「長屋のもの」と、
「お城のもの」とでは、
肥料としての「効き」が違ったらしい。

──

えーっと‥‥つまり？

藤島

いいものを食べてる人の「う○ち」は、
「いい」らしいんです。

──

畑のものが‥‥よく育つ？

藤島

そう。

──

おもしろい（笑）。

藤島

でしょう（笑）。

──

つまり「効果」がてきめんに出ると。
いいものを食べていると。はー‥‥。

あと、ずーっと「う○ち」に関して
不思議だなと思ってたのは、
子どもって、
その手の話が大好きじゃないですか。
「それのドリル」が大ヒットしたり。

藤島

そうですよね。ぼくらの取り組みも
絵本にもなりましたし。

絵本『うんたろうたびものがたり』。詳しいことは、こちら。

──

でも、こうして大人になるにつれて、
どんどん自分から遠ざけていって、
「う○ち」と口に出すのさえ、
ちょっと、はばかられるほどになる。

藤島

ええ。

──

どうして、ああだったんだろうなあ。
子どものころの自分に、
じっくり聞いてみたいくらいですよ。

藤島

ひとつには不思議なんじゃないですかね。
自分の身体から何か出てくるというのが。

──

なるほど。不思議‥‥不思議だったのか。
子どもにとっては。

藤島

さっきまで
自分の身体のなかにあったものなのに、
ヘンなにおいもするし。

──

出てきた瞬間、えらい存在感ですもんね。

でも、地球上の生命って、
それが基本のスタイルになってますよね。
何かを入れては出す「管」だ、という。

藤島

そうそう。

そういう一連の「生きているプロセス」を、
パッと「なかったこと」にできるのが、
現代の水洗トイレの「ジャー！」なんです。

──

あー、ぼくらは
トイレで「なかったこと」にしてるのかあ。

でも昔は「なかったこと」にできないから、
誰かがどうにかせにゃならない、
ならば、もったいないし、
利用しようみたいな発想を出てきたのかな。

藤島

ちなみに、「ジャー！」の先がどうなるか、
ご存知ですか。

現代の下水処理場のシステムでは、
集めたものって最終的に燃やしてるんです。

──

えっ、そうなんですか！

いやあ、彼らの末路さえ知らなかった‥‥。
燃やされてたんだ。

藤島

そうなんです。

──

そこについて
深く考えたことはなかったんですけど、
もしクイズを出されたら、
何となく、
微生物さんが分解してるんでしょとか、
どっかに埋めてるとか答えたかも。

藤島

燃やして灰にして、埋め立てています。

衛生面からは優秀なんですけど、
物質循環の点から見ると、どうなのか。
燃やした灰の中に、
リンが含まれていたりするそうですが、
その有効利用は、
ほとんど、なされていないと思うので。
他方で、地球のリン鉱石は
枯渇していく運命だと言われています。

──

そこを少しでも有効活用できれば。

藤島

そうなんです。

──

こうして、藤島さんとお話をしていると
自分から出てきたものと
トイレでワンタッチでさよならをして、
そのあと「彼ら」が、
どこへ行くのかも知らないというのは、
不自然というか‥‥。

藤島

ええ。

──

ちょっと無責任な気すらしてきました。

藤島

そうですか（笑）。

──

ぼくらは近代化の恩恵を受けてますし、
水洗トイレのある衛生的な暮らしは、
心地よく快適ですし、
シャワートイレなんかには、
それこそ毎日お世話になってますけど、
循環社会の考え方をうかがうと、
ああ、
そういう考えもあるなあ‥‥というか。

藤島

もちろん昔と同じ暮らしに戻すことは
難しいですけど、
戻さないにしても、
昔の人たちの素晴らしい知恵を
次の世代に応用していくということは、
大いにあると思うんです。

──

はい。そうですね。

藤島

「この考え、いいじゃん」みたいな。

──

現代的な感覚や技術で、
昔の知恵を再活用するみたいなこと。

藤島

たとえば、こうして映画にして
多くの人に見てもらうことによって、
自分たちにも
何かできるかもしれないって
考えるきっかけになってもらえたら。

──

はい。

藤島

ひとりで世界は変えられないけれど、
一緒に考えるための材料を
映画を通じてお渡しできたら‥‥と、
企画・プロデュースの原田さんと、
これまでずーっと話してきたんです。