「いい写真」と「うまい写真」はちがうものだ。
「だめな写真」と「へたな写真」も同じ意味ではない。
うまくて「だめな写真」もあるし、へただけど「いい写真」もある。
「いい写真」を知ろう、そして「いい写真」を撮ろう。
動画で配信中の、幡野広志さんの「ほぼ日の學校」の授業
一部を読みものでご覧ください。

>幡野広志さんプロフィール

幡野広志(はたのひろし)

写真家。

1983年生まれ。 2010年から広告写真家・高崎勉氏に師事。
2011年に独立。 2017年に多発性骨髄腫を発病する。
撮影と文を担当した、
気仙沼漁師カレンダー2021が
第72回全国カレンダー展経済産業大臣賞を受賞。
著書に 『なんで僕に聞くんだろう。』(幻冬舎)
『ぼくたちが選べなかったことを、
選びなおすために。』(ポプラ社)
『ぼくが子どものころ、
ほしかった親になる。』(PHP研究所)
『写真集』(ほぼ日)
『他人の悩みはひとごと、自分の悩みはおおごと。
#なんで僕に聞くんだろう。』(幻冬舎)などがある。

 

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幡野広志 note 

  • 写真家っていいな

    ぼくが写真をはじめたきっかけは、
    じつは「写真は簡単だ」と思ったからです。

    18歳ぐらいのとき、何か趣味が欲しくなりました。
    とはいえ、絵を描いたりするのはハードルが高い。
    写真はシャッターを押せば、とりあえず写ります。
    それってすごく簡単だな、と思ったのと、
    当時、カメラを持っているだけで、
    ちょっとおしゃれだったんです(笑)。
    それで、はじめることになりました。
    すごく不純な動機です。

    そうやって趣味で写真をはじめて、
    2年ほど経ったとき、あるCMを見ました。
    写真家が主人公のジャックスカードのCMでした。
    その姿に憧れて強烈に
    「写真家になりたい」と思いました。

    そんなふうに、
    「写真って簡単だな」「ああいう生活、いいな」
    と思ったことが写真家になったきっかけです。
    だから、いまアマチュアの人や学生さんで、
    「写真が好きなんです」とおっしゃる方とぼくは、
    おそらく同じような気持ちだったと思います。
    ちなみに、それはいまもそんなに変わってないです。
    いま38歳で、写真を撮りはじめて20年。
    専門的に勉強しはじめたのは
    撮影現場に入るようになってからで、
    23歳ぐらいの頃でした。

    これまでいちばん仕事をしたのは、
    広告分野です。
    撮影スタジオで、メーカーの新商品を撮ったり、
    タレントさんを撮影したりする仕事が多かったです。

    いまは何を撮ってるかというと‥‥、
    以前のように、撮影が大変な広告の仕事を
    あまりがんばれないので、
    目についた物を撮ったりしています。

    写真を撮ってお金を稼ぐのは、それなりに大変です。
    技術や勉強も必要です。
    しかし、広告の仕事をしているときに
    先輩カメラマンを見て、
    「仕事としての写真はたくさん撮る人がいるけど、
    プライベートで写真を撮る人は少ないな」
    と感じました。

    仕事でたくさん撮ってるから、
    プライベートではやらない。
    それが、ぼくにはつまらなく感じられたんです。

    いまぼくがやっているのは単純に
    「写真が好きなので写真を撮る」というだけのことです。
    何かを撮るためにどこかに行くのではなく、
    「どこか行った先で見たものを撮る」
    という感覚です。
    ぼくはいま、そういう写真家です。

     

    日本はカメラ大国だけど

    「いい写真」という言葉、ありますよね。
    ぼくはこれまで20年間、写真を撮っていて、
    その言葉を何千回と耳にしています。
    「いい写真ですね」と、
    言われることもあるし、言ったりもします。

    だけど明確に「何がいい写真なのか」を
    答えられる人は、ほとんどいません。

    日本では、カメラの話が得意な人はたくさんいます。
    それは日本がカメラをたくさん作っているから。
    キヤノン、ニコン、ソニー、パナソニック、富士フイルム、
    この5社だけで、世界の94%のシェアを占めています。
    日本はカメラ大国です。

    海外メーカーは、ドイツのライカ、
    スウェーデンのハッセルブラッド、
    デンマークのフェーズワン、
    中国のDJIなどがありますが、
    主なシェアは日本のメーカーが占めています。

    なぜ日本人が
    カメラの話が得意になったかというと、
    各メーカーが国内でカメラを売るために、
    アマチュア層に特徴を訴えかけて
    買ってもらわないといけないからです。
    だからみんなくわしくなって、
    カメラの話ができるようになるんですね。
    でも、本質的な「写真」の話ができる人が
    すごく少ないのが現状です。

    日本は「カメラ大国」だけど、
    「写真大国」にはなれてないんですね。
    これは写真業界が悪いんです。
    消費を促すだけで、
    写真がどういうものであるか、
    本質的なことを
    ぜんぜん論じてこなかったんです。
    それが、いい写真が分からない原因だと思います。

     

    「うまい写真」=「いい写真」という誤解

    実際に「いい写真」というものは、
    存在します。
    「いい写真」の対局に「ダメな写真」があります。
    さらに「うまい写真」「へたな写真」もあります。

    つまり、写真を
    大きくふたつの軸に分けて置いてみるのです。
    「いい写真」←→「ダメな写真」
    「うまい写真」←→「ヘタな写真」
    このふたつ。
    これを組み合わせて、
    「うまいダメな写真」
    「うまい、いい写真」
    「ヘタでダメな写真」
    「ヘタでいい写真」
    という4つに、写真は分類されます。

    ほとんどの人は、そんなことは考えないで、
    「うまければいい」と思ってしまいます。
    それが「うまい写真=いい写真」という誤解です。
    「うまければいい」と思って、
    うまさを目指してしまうのです。

    歌でも、
    「うまい歌=いい歌」というわけじゃないですよね。
    「うまい写真」は、必ずしも「いい写真」ではないんです。

    もちろん「うまい、いい写真」はあります。
    しかし残念ながら数は少ない。
    「うまい、いい写真」が1あったら、
    「うまいダメな写真」は8ぐらいある。
    それぐらい日本は、
    カメラの水準は高いけど、写真の水準は低いと
    言わざるを得ません。

     

    うまい・ヘタって何?

    では、うまい・ヘタって、
    何に左右されるのでしょう。

    うまさの基準というのは、
    露出、写真の明るさ、ピント、
    構図、機材の選択、パソコンでの現像技術などです。

    「撮りたい写真を撮る技術」は、
    プロを目指すのであれば絶対に必要です。
    とはいえ、これはなかなか難しいことです。

    芸大や美大、写真の専門学校を出て、
    現場に入って、
    一本立ちするまでに10年かかります。
    でもぼくは、そんなことしなくてもいいと思っています。

    写真の技術を高めるためには
    どうすればいいのでしょうか。
    光の問題をはじめ、正解のある、
    理科的な知識の勉強をすればいいのです。

    砂糖を入れたら甘くなる。
    調味料の幅を知ると料理の幅が広がる。
    これと同じで、
    理科的な知識をどれくらい引き出しとして持っているか、
    これが大事なんです。
    「うまい・ヘタ」は科学的な技術の問題です。

     

    いい写真って何ですか?

    ではいい写真とは何でしょう?
    それはつまり、
    「感情が伝わる写真」のことです。

    例えば歌の場合、
    うまくてもまったく通じない歌、
    響かない歌があります。
    逆に、ヘタなのに、
    すごく心に響く、いい歌もあります。

    写真も同じです。
    感情が伝わる写真がいい写真です。
    きれい、すごい、おいしそう、
    かわいい、おもしろい‥‥。
    そういう単純な気持ちを、私たちは
    日常の中でたくさん経験します。
    インスタやツイッターで写真を載せている人、
    じつはみなさん、それを撮っています。
    「感情が動いたときに写真を撮る」
    それだけでいいんです。

    だけど感情というものは、
    人によって基準が違ったりします。
    ですから「いい写真」を撮るには、
    正解のない、芸術的な経験を吸収するしか
    道はありません。

    例えば、映画を見る。
    映画を見た後に何か感じたり考えたりする。
    本を読む、音楽を聴く、旅に出る、ご飯を食べる、
    ゲームする、仕事する、恋愛する。
    そんな日常の経験が、どれくらい蓄えられているか。
    それが「いい写真」に反映されます。

    つまり、知識ではなく、
    感情の幅を広げていくこと、
    感情を豊かにすることが、
    大事なのです。

    最初に「写真は技術だ」と考えがちなのですが、
    細かいことは気にしないで、
    とにかく自分の好きなものを撮る。
    それだけで「ヘタだけど好きな写真」ができあがります。

    例えばペットの失敗写真は、
    「うまい・ヘタ」で言ったらヘタです。
    だって失敗してるわけですからね。
    ピントが合ってなかったり、ブレたりしている。
    でもなんだか、めちゃくちゃいいですよね?
    失敗しているのにいい写真なんです。
    それは撮っている人が、ペットのことを
    すごく好きだからです。
    細かいことは気にせず撮っている。
    好きだという感情や経験が写真に入っている。
    そういう写真は、やはりすごくいいのです。

    技術的には失敗であっても、
    ただ好きなものを撮るだけで、
    いい写真になります。

     

    もっと自由でいい

    芸術でも「ヘタウマ(ヘタなんだけどうまい)」
    というジャンルがあります。

    技術なんて後からついてくるものだし、
    本当に勉強しようと思ったら10年単位の時間がかかります。
    たしかに技術は必要です。
    だけどそれより大事なものがある。
    いい写真を撮ることを、おろそかにしちゃいけない。
    そのためには、さっきも言ったように、
    いい経験をすることが大事です。

    写真家というのは、
    ちょっと変わった人や、
    感情が豊かな人が、すごく多いんです。
    そういう人の方が圧倒的に写真がよいと思います。

    大学生が「写ルンです」とかで、
    何も考えずに自分の人生撮ってる写真も、
    かなりいいです。

    好きな人生を好きなだけ撮ってる、それだけ。
    写真を勉強して撮るよりも、
    そういう写真のほうが
    圧倒的に勝っていると思います。
    ヘタなんだけど「好き」を撮ってるから、
    伝わってくるのです。

    一方、写真を勉強する人が、
    「写真には正解がある」と思い込んで、
    やってしまいがちなことがあります。
    写真家が開く勉強会や写真教室で、
    その先生の写真に似せること。
    いわゆる写真雑誌を見て勉強して、
    そういう写真を目指すことです。

    例えば「日本の春」と画像検索すると、
    似たような写真がいっぱい出てきます。
    桜、菜の花、富士山、青空‥‥。

    こういう写真を見て真似したら、
    うまいかもしれないけど、
    あんまりよくない写真になります。

    高いカメラを持っていても、
    狭い範囲の正解を目指してしまうのは、
    ぼくはもったいないと思う。
    写真は、もっともっと自由でいいのです。

     

    幡野広志さんおすすめの写真家を紹介

    まずおひとりめに挙げるのは、
    瀧本幹也さんです。
    日本の写真家のトップ中のトップ、
    完全にトップランナーです。
    主に広告を舞台に活躍なさっています。
    瀧本さんを目指している方も多いと思います。

    ぼくがアシスタントの頃、デザイナーの方に、
    「写真家を目指すなら、
    瀧本さんの弟子になった方がいいよ」
    と何度も言われました。

    瀧本さんは経歴がすごく面白いです。
    学歴は高校中退です。
    瀧本さんは中学生の頃、
    「写真家になりたい」と思い、
    高校に行きたくないとおっしゃったそうです。
    だけど、まわりから一応は行くように言われ、
    行くことにしたそうです。
    しかし通ってみてやっぱり、
    写真家になるのに高校は必要ない、と再確認して、
    高校を中退されました。

    地元の写真館でアルバイトしたり、
    その後スタジオに入って
    写真家の道をどんどん進んで行って、
    25歳ぐらいにはもう、
    すごく大きい仕事をしていた人です。
    ぼくは、めちゃくちゃ憧れました。

    瀧本幹也さんは、
    「写真のことを一番考えている写真家」
    と言って差し支えないと思います。

     

    幡野広志さんの授業のすべては、
    「ほぼ日の學校」で映像でご覧いただけます。


    「ほぼ日の學校」では、ふだんの生活では出会えないような
    あの人この人の、飾らない本音のお話を聞いていただけます。
    授業(動画)の視聴はスマートフォンアプリ
    もしくはWEBサイトから。
    月額680円、はじめの1ヶ月は無料体験いただけます。