
大ヒット曲をいくつも持ち、
紅白歌合戦出場経験が何度もある歌手の前川清さんは、
よく「歌はあくまで仕事。
歌っていて楽しいわけじゃない」と言います。
歌手以外の仕事につくことも、
これまでずっと考えてきたそうです。
自分の根本に影響を与えた父との暮らし
「平和に、平凡に」をめざした活動。
前川さんが「手探り」で歩いた約50年の道のりを、
糸井重里とともに振り返ります。
動画で配信中の「ほぼ日の學校」の授業の
一部を読みものでご覧ください。
前川清(まえかわきよし)
歌手・俳優。
1969 年に、内山田洋とクール・ファイブの
ヴォーカルとして『長崎は今日も雨だった』でデビュー。
その年の日本レコード大賞新人賞を受賞し、
NHK紅白歌合戦にも初出場を果たす。
その後リリースした『そして、神戸』
『中の島ブルース』『東京砂漠』などが大ヒット。
1987 年よりソロ活動を開始し、
『花の時・愛の時』『男と女の破片』のヒットを飛ばす。
2002 年には福山雅治プロデュースによる
「ひまわり」を発売。
KBC のレギュラー番組
「前川清の笑顔まんてんタビ好キ」では
着実に視聴率を伸ばし人気番組として現在放送中。
2022 年 2 月5 日よりデビュー53 周年を迎え、
現在 54 周年に突入。
ニューシングル「胸の汽笛は今も」 好評発売中!
-
好かれなくても、嫌われたくない。
- 前川
- ぼくは歌うのは嫌いじゃないですよ。
好きじゃないだけで。
仕事として歌ってるから、楽しくないんですよ。 - だって、ぼくが目指してたのは、
普通のサラリーマンですからね。
もともと歌を歌いたかったわけじゃない。
- うちの親父が、大工さんだったでしょ?
大工さんというのは、雨が降ると仕事がないんです。 - だから、貧乏も嫌だけど、
お金持ちにもならなくていいから、
その日、ちゃんと安心して食べられる
仕事につきたかった。 - こんなに長く歌ってても、
「ちゃんとサラリーマンをやらないといけない」
って考えが、ずーっとありましたからね。
- 糸井
- 歌を始めてからも?
- 前川
- 歌を始めてからも、ずっとです。
- 「俺には歌しかないんだ!」と思ったのは、
十何年か前ですよ。
- 糸井
- えっ、最近じゃないですか!?
- 前川
- そうですよ。
もう、歌い始めて52年ですよ(笑)。 - だから、ぼくが歌って、
1000人のお客さまが来てくれていても、
「みんな、ぼくの歌を聞きたいから
来てるんだろうな」とか、
「ここにいる全員、満足して帰るんだろうな」
なんて、全然思ってないんです。 - いつも、やっぱり
「嫌われなかったら、いいよな」と思ってる。
「好かれなくてもいいから、嫌われたくない」
みたいな気持ち。
そういう自分がいますよ。
- 糸井
- それは悲しいこととして思ってるんじゃなくて、
冷静に、ただ「そうだ」と思ってる?
- 前川
- はい。
そう自分で決めつけてるんでしょうね。
それが正解なのか不正解なのかは
分からないですけど。
- 糸井
- どこかのところで、
「いい気になっちゃいけないぞ」
みたいな気分がいつもあるんですか?
- 前川
- それはあります。
いい気になっちゃダメです。
それは、ぼく、ずっとありますね。
- 糸井
- これは世代かなぁ?
- 前川
- どうですかね。
糸井さんは、分かりますよね?
- 糸井
- ぼくも、そうなんです。
- 前川
- それじゃあ、やっぱり世代っていうのが
あるかもしれない。
- 糸井
- 半分食えてて半分食えない、みたいな
時代に育ったじゃないですか。
本当に苦労したかっていうと、してない。
ひもじい思いまではしていない。
- 前川
- はい。そうなんです。
その通り。
- 糸井
- だけど、さて豊かだったか、というと
そうでもないわけで。
- 前川
- そうですよね。
- 糸井
- テレビのある家があったり、なかったり。
その時に「ああ下流にも上流にも行くんだなぁ」
みたいな。
ゆらゆらした場所にいた。
- 前川
- やっぱり 人の数が多かった。
戦後の団塊の世代で。
だから、ぼくらは知らず知らずのうちに、
戦ってたんじゃないですかね。
- 糸井
- そうか!
俺ら、大量生産品として育ったんだ。
- 前川
- ‥‥だと思うんですよ、ぼく。
- 糸井
- だから、自分が「大したことないやつだ」
ってことを、思い知らされながら生きてたんだ。
- 前川
- 人が多いから、
「媚を売る」ってわけじゃないけど、
「どういう風に生きていけばいいか」を
知らず知らずのうちに身につけていったのかなぁ。 - やっぱり、「出る杭は打たれる」じゃないけど、
打たれることは避けたいし。
それで、打たれることなく
「平凡に」「平和に」というのが、
ぼくたちには多分あるんじゃないですかね。
悪い酒飲みの親父と、おふくろのこと。
- 前川
- 糸井さんのお父さんとお母さんの話、
ぼくは全然知らないんですよ。
生きてらっしゃるんですか?
- 糸井
- 親は、生きてないです。
両方とも。 - 父親は前川さんみたいな人です。
- 前川
- え?ボーッとした人だったんですか?
- 糸井
- いや、違うんです。
ボーッとしてるけど、
「しっかりしなきゃ」と思ってる人(笑)。
- 前川
- あ、いや(笑)。心の中ではね、
「しっかりしなきゃ」って思ってます。
- 糸井
- 母親は「迷惑かけちゃいけない」という
タイプの人ですから。
「後ろ指さされないように」というのが
やっぱり、あの時代の年寄りの考え方ですね。 - 父親は、そういう固定観念みたいなものから、
「もっと逸脱しちゃった方がいいのになぁ」
と思っていたけど、本人はできなかった。
と、そういう人です。
ぼくには、そういう気持ちの一部を
ちょっと分けてくれてました。 - ぼくが生まれたのは、戦後間もなくですから。
父親は、酒飲みだったんで。
- 前川
- うちの親父もそうです。
- 糸井
- そうですか。
うちの親父は、悪い酒飲みだったんで。
- 前川
- 一緒です。
- 糸井
- 悪い酒飲みの話は結構いっぱいありますけど、
それの典型ですね。
- 前川
- おふくろに手を出すなら、夜子どもの見てない
時にすりゃいいのに、
昼間から手を出してましたからね。
- 糸井
- 子どもたちが見てる前で‥‥。
そういうのはダメだ、っていうのは
もちろん思いますよね。 - 同時に何ていうんだろうな‥‥。
- 彼ら、戦争で青春をダメにされちゃった人たち
じゃないですか。
- 前川
- そうです。
- 糸井
- だから、嫌なものは全部、
戦争のせいにもできるんだけど、
同じ時代のみんながそうだったから、
「言うわけにいかない」って、酒に逃げる。
- 前川
- やっぱり糸井さんのお父さんも、
戦争でお酒を飲むようになったんですか?
- 糸井
- そうです。
- 前川
- うちも一緒です。
- 戦争で捕虜になって‥‥
ロシアとかソ連、中国なんかの寒いところでは、
みんな生き延びるために、冬場になると
ランプのアルコールを飲んでたそうです。
これは体にすごく悪いアルコール。
でも、それしか体を温めるものがないから。 - そこで酒というものに走って
日本に帰ってくることが多いと聞きましたね。
- 糸井
- 同時に、たとえば
そこで自分の靴がなくなったとしたら、
他人のを盗んで自分の靴にしないと
生きていけない、みたいな。 - そういうのって、汚いことじゃないですか。
だけど‥‥
- 前川
- 現実的には、そうするしかないんですよ。
- 糸井
- そういうことを見てきて、
それが良いことだとは思ってはいなかった人たちが
戦争が終わって帰ってきた時に
「どう生きていくか」っていうのは、
ものすごい矛盾ですよね。
- 前川
- 親父も、やっぱり
一緒の気持ちだったんでしょうね。
- 糸井
- 似たようなことを、してきたんでしょうね。
親父から、「汚いことはするな」みたいなことは
ものすごくきつく言われてた。
- 前川
- とにかく、ひどい酒飲みの父でしたが、
うちの親父とおふくろは別れなかったんです。 - 親父は毎晩飲んで、おふくろは傷だらけですからね。
とうとう、ノコギリなんかで
頭をボンボンやるんですから。
ぼくの見てるところで
ノミとかなんかも、パーンと投げるんです。
- 糸井
- お父さん、酒が入ってない時には暴力はしない?
- 前川
- 飲んでないと、優しいんです。
もう本当に。
あんまり会話もしないけど。 - 親父は身長1メートル60センチぐらいでしたけど
小さいぼくは、親父とおふくろを見上げて
一緒にバスに乗っていたことがありました。
満員だったから、みんな吊り革を持って立っていた。 - その時、バスが急ブレーキかけて
座ってる人以外、みんながバーッとこけたんです。 - その時に、うちの親父が
「こんちくしょう! コラー!」って怒鳴って。
「あ!これ運転手さんと喧嘩する!」
と思ったら、親父はおふくろを殴ったんです。
- 糸井
- え? それって、何考えてんだろ!?
- 前川
- やっぱり、おかしいんですよね。
暴力がおふくろに向くんです。 - 親父は、自転車で仕事場に行くんですけど、
それが自転車に乗って帰ってこないと
危ないんです。 - 佐世保のうちの家があったのは、
何十メートルという絶壁の上で、
片方が崖のカーブになってました。
車が何台か落ちて事故になってるような
そんな危ない道を通って帰ってくる。 - いつも家の窓から見てて、
親父が自転車に乗って帰ってくる時は
「母ちゃん、今日は大丈夫」って。
- 糸井
- 酒を飲んでない、ってことか。
- 前川
- そうなんです。
まぁ、酒を飲まないことはないんで、
乗れないほど飲んでない、ってことなんです。 - 自転車を押して帰ってくる時は、
乗れないほど酔っぱらってるから
そういう時は、
姉ちゃん2人と一緒に、3人で窓から見て
「母ちゃん、今日は親戚の家に
泊まり行ったらいい」って言って。
そうしないと、大変ですから。
- 糸井
- はぁー。
- 前川
- ある時、同じく窓から見てると、
親父が自転車に乗ってるんだけど、
かなり酔っ払っていて
「これ危ないんじゃないか」って時があったんです。 - ぼくらは「危ない! 危なーい!」って叫んでた。
落ちそうになりますからね。
その時ね、うちのおふくろが
「落ちろー!」って言ったんです。
- 糸井
- はぁー、映画みたい。
- 前川
- ぼくたちが
「落ちるな! 落ちるな!」って言った時、
うちのおふくろは「落ちろー!」って。 - 今考えるとおかしいですけどね。
「そうだよな、よく考えたら、
ここで落ちてくれたら、助かるよな」
と思いましたもん。 - デビューしてからも、親父は変わらなかったですね。
- 親父とおふくろをコンサートに呼んだら、
見に来てくれたんだけど、
そしたら酒屋さんかどっかから連絡があって
「お父さんが酔っ払ってます!」って。 - それで迎えに行くと、もうひどい有様です。
もう、これは、「恥ずかしい」というか‥‥。
そういうことは、ありましたよね。
- 糸井
- その大きな「居たくないぐらいの世界」があったから
安定したり安心したりするところに
落ち着きたい、という気持ちがあったんだろうね。
- 前川
- 小さい頃からの、そういうものが、
多分、尾を引いてるんでしょうね。
真面目すぎると嫌。本音が出るのも嫌。
- 糸井
- 「前川さん」というと、人から見たら
コントとかにも出てるし、
あっけらかんとした、のほほんとした
面白い人だな、と思われてますけど‥‥
- 前川
- 全然違うんですよ。
- 糸井
- 違うわけで、その「違うわけで」のところが
出ちゃうから。
出してるつもりないのに
- 前川
- そうなんですよ。
何というのか、これは性(さが)ですね。
何かしゃべってる時も、まともな話じゃなくても、
「ちょっとここら辺で笑いを入れたらいいかな」
って思っちゃう。
- やっぱり欽ちゃんが悪いです(笑)
萩本さんが悪いんです。
サービス精神というのか、
真面目になっちゃうと、ちょっと笑いがね、
やっぱり欲しくなる。
- 糸井
- 笑いによって、自分なりの額縁つけることで
シリアスになり過ぎるのを防いでる。
- 前川
- そう。真面目すぎると嫌。
本音が出るのも嫌。 - 「ちょっと笑いでごまかす」というのが
いつもあります。
- 糸井
- 何ページも続けていくには、
そっちの方がいいですもんね。
- 前川
- 本質を追いかけていると、嫌になります。
嫌な部分が多すぎます。
- 糸井
- 毎日重い話をしてる人と、
会いたくないですもんね(笑)。
会うたびに 「‥‥実はな」って真面目に語る人。
- 前川
- そうそう。そうですよ。
- 糸井
- 「ある程度の軽さ」っていうのは、
ものすごく大事なことですね。
前川清さんの授業のすべては、
「ほぼ日の學校」で映像でご覧いただけます。
「ほぼ日の學校」では、ふだんの生活では出会えないような
あの人この人の、飾らない本音のお話を聞いていただけます。
授業(動画)の視聴はスマートフォンアプリ
もしくはWEBサイトから。
月額680円、はじめの1ヶ月は無料体験いただけます。
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