──

作品が、予想を超えて
たくさんの人に受け入れられていく、
そういうときって、
その作品が翼を生やして、
つくった人を乗せて飛んでいくような、
そんな感じを受けることがあって。

アリス

作品に乗って？

──

はい、本人が予想もしていないほどの、
遠い遠いところまで。

そういうとき、つくった本人にとって
作品自体が変わっていく、
どこか変質していくような感じが
あったりするのかなあって想像します。

アリス

ええ、おっしゃる通り、
ある時期、
この映画があまりに人々の話題に上り、
さまざまな国に招かれ公開されて、
ヒットして、
わたしの手から離れていった‥‥
もっと言えば、
もうわたしの手には負えないなという、
そんな時期もありました。

──

そうなんですか。

アリス

さまざまな人がこの作品について語り、
自分のものにしていく。
監督であるわたしが、
考えてもいなかったような「分析」を
作品に対して加えたりね。

そういうものを見たり読んだりすると、
わたしが想像する以上に、
この作品が、
わたしのパーソナルな部分を、
映し出してしていたんだと思いました。

──

監督のパーソナルな部分？

アリス

たとえば「母と子」の問題における
わたし自身の、深層心理だったりとか。

この映画は、そういった部分を、
あらわにしていたんだっていうことに、
みなさんの反応を通して気づきました。
そのことは、予想していませんでした。

──

なるほど。

アリス

でも、そういう作品だったからこそ、
世界各地の上映会で、
いろんなバックボーンの女性たちが、
作品を観て、涙を流してくれて、
上映会後のティーチインでは、
個人的な出来事を話してくれました。

ふつうは秘密にしておくような
個人的な経験を、
ばーっと語ってくれたりもしました。

──

おお‥‥。

アリス

そのことは、わたしにとっては、
非常に驚くべき瞬間だったんですが、
同時に、
わたしの心を鎮めてくれるような、
癒されるような、
そういう気持ちにもしてくれました。

いまでも、
多くの女性から手紙が届くんですよ。

──

作品がつないでくれた‥‥んですね。
監督と、世界中の女性とを。

アリス

でも、この映画のキャンペーンで
世界を回るのも、日本が最後。

しかも、今日このインタビューが、
最後の最後の取材なんです。
これで、ようやく
竜巻のような１年が終わります。
最後の１日は、
本当に美しい１日だったと同時に、
何だかちょっと
メランコリックな気分でもあって。

──

それは、うれしいことですか。
それともさびしいことですか。

アリス

さあ、次、何をしようかってことを
考えはじめています、いまは。

パリの郊外のちっちゃな家のなかに、
わたしの書斎があるんです。
すべてが終わったら、わたしはまた
そこへ戻り仕事をするんですけれど、
あの書斎に戻るということは、
再び匿名の存在に戻るっていうこと。
この１年は
「アリス・ディオップ」という
映画監督として生きてきたんですが、
明日からは、
もう誰もわたしのことを気にしない。
孤独な自分と向き合える時間が来る。
そのことが、
ちょっとうれしい気持ちもあります。

──

なるほど。

アリス

ヴァージニア・ウルフの
『自分だけの部屋』みたいな感じね。

ドキドキ、わくわくするのと同時に、
なぜか、とても
やさしい気持ちにもなっています。
相反するような感覚が、
いま、わたしの中に共存しています。

──

それでは、
これが最後のインタビューの、
最後の質問になると思うんですけど、
アリス監督は、
物語ってなぜ必要だと思われますか。

アリス

物語。

──

これは、物語に関わっている人には、
よく聞いていることなんですが、
コロナ禍で、
不要不急という言葉が流行りました。

舞台や演劇公演、音楽などが、
日本でも非常に苦しんだんですが、
やはり自分は、
物語は人間にとって必要不可欠だと、
考えているんです。

アリス

わたしもそう思います。

──

もし、そうであるならば、
アリス監督は、「物語」というものは、
どうして
人間にとって必要だと思うのかなあと。

アリス

映画や小説のかたちで物語を読むこと、
それは、多くの人にとっては
おもしろいからとか、
気晴らしにとか、
日常から離れるため‥‥だとか、
さまざまな動機があると思うんですね。

──

ええ。

アリス

でも、わたしにとって、
物語を読む必要性や、
物語を語る必要性は、
もっと「ラディカル」なものなんです。

──

ラディカル。

アリス

なぜなら、わたしは、これから
わたしが戻っていくフランスの社会に、
非常に怒りを抱いているんです。

ご存知かもわかりませんが、
つい先日、フランスの警察官によって
アフリカ出身の17歳の少年が
射殺されました。
17歳です。たった17歳ですよ。

──

はい、ニュースで見ました。
抗議のデモや暴動が起こっていました。

アリス

あの事件の根底には、
やっぱり人種差別があると思うんです。
差別がここまできたかと感じています。

つまりわたしは、わたしの住んでいる
フランスの社会自体に罪がある、
というふうに、強く思っているんです。

──

ええ。

アリス

わたしは文学が好きで、
たくさんの物語を読んできたんですね。

でもそれは、単なる気晴らしではない。
そうでなくて、わたしは、
自分の考え方を強く持つために、
読んできたというところがあるんです。

──

なるほど。

アリス

ですから、わたしが物語を語るときも、
優しい語り口ではないです。

なぜなら、わたしが物語を語るのは、
この世の中の差別や矛盾の存在を伝え、
できうることなら、
世界や社会を変えるため、だからです。

© SRAB FILMS – ARTE FRANCE CINÉMA – 2022