muskaの代名詞ともいえる和彫りは、
タガネを槌（つち）でカンカンと叩き、
その力で手前に引きながら彫っていく技法だ。
仏具や刀に装飾を施す技術として発展、継承されてきた。
かねてから日本独自の技術に惹かれてきた佑香さんは、
初期から和彫りをデザインに取り入れ、発信を続けてきた。
菊や桜といった昔ながらの模様をそのまま彫るのではなく、
日常の装身具として馴染むように、
チューリップや葡萄などのオリジナルの模様を
探究していった。

提供写真：和彫りのシグネットリング。伝統的な唐草模様を「アラベスク柄」としてアップデート、提案することで広く受け入れられた。この時は、海外のお客様のオーダーでカラーを反転させてペアの結婚指輪に。

提供写真：右にずらりと並ぶのがタガネ。ダイヤモンドディスクと呼ばれる板で研磨する。

佑香

アリゾナでの仕入れの帰りには、
休暇を兼ねてロサンゼルスに立ち寄るんですね。
車のラジオでは、ずーっとレッチリなんかが流れていて、
ローカルのジュエリーショップでは
自国のジュエリーブランドがずらっと並んでいるんです。
彼らの土着の文化や技術に対する
誇りのようなものを感じて、私はそのスタンスを
「こういうの、本当いいよね」と毎回思ってきて。
muskaで和彫りについて発信するときも、
それをすごく意識してきました。
「日本の技術って、クールでしょう？」って。

　

彫りの作業は一発勝負。
すでに宝石が留められた状態で彫っていくケースもあり、
失敗すれば、それまでの工程すべてが振り出しに戻る。
それでも佑香さんは
「この人たちが失敗してしまったのなら、
それはもうしょうがない」と割り切ってきた。
最善のメンバーが、最善の仕事をする。
その結果だから、受け入れられる。

muskaの制作を支えてきたのは、
佑香さんが師事していた彫金職人のもとで
ともに学んでいた職人たち。
それぞれが得意分野とする技術を有しながら、
より腕を磨くために切磋琢磨していた同士でもある。
同じ時期に同じ場所で学んだことで、
ベースとなる知識やそれぞれの癖のようなものを
共有できていることが何よりの強みだった。

佑香

最初の頃は私が原石の研磨、溶接、石留め、彫りまで
ひとりでやっていたので、
ひと通りのことはできるんですけど、
それこそ生き生きと踊るように模様を彫る、
ものすごい才能の塊と出会っていくわけですよ。
本当に神の手みたいな。そんな職人たちと、これまでに
10分の1ミリ単位の調整を繰り返してきたことで、
互いに信頼しあいながら、muskaで表現したい美しさを
目掛けて制作ができた。
お店は、そんな過程を経た最終地点だから、
そのストーリーは絶対に伝えたかったですし、
伝えてきましたし。胸を張って言えるのは、
みんなで熱量のあるものを作ってこられたよねって。

　

muskaをスタートした当初は
シンプルで繊細なデザインが求められる傾向があり、
和彫りの認知を広めること、
そこからオーダーに至るまでには、
ある程度の時間が必要だった。
彫りをしっかり入れるには、幅や厚みが必要になり、
ボリュームのあるデザインになる。
必然的に使用するゴールドの量も増え、価格も上がる。
それでも、ブランドの休止を発表した後、
muska最後のジュエリーとしてオーダーが集中したのが、
月桂樹とアラベスク（唐草）
それぞれが彫られた二連リングだった。

アラベスク模様のリング

拓郎

最終的にこのジュエリーに帰結したというのが、
自分たちがやってきたことに対する答え合わせであり、
証明みたいなものなのかなって。

　

取材をした2024年6月の時点では、
時期は未定ながら、再びジュエリーブランドとして
復帰できたらと話していたふたり。
その後、佑香さんは療養を経て、
9月には病院で経過観察した日の心情を投稿した。
そこには生活を徹底的に見直した結果、
数値が大きく改善していたこと。2025年に復帰すること。
もう一度作り、伝えられることへの喜びが弾けていた。

佑香

「ARTS&SCIENCE」に持ち込んだリングをつけた方が、
休止の年にパートナーを連れて結婚指輪を作りに
来てくださったんです。
「絶対にmuskaさんでリングを作ろうと
思っていたんです」と言って、
その日は和彫りがしっかりと入ったリングを
オーダーしてくださいました。
12年前に、私がこうやって（研磨する仕草）、
自宅で制作したリングと合わせて
身につけてくれているっていうのが。
もうなんとも！ うれしかったです。

　

「世界を美しくする」という
共通の志をもつふたりが紡ぐ物語の続きを、
私はこれからも追いかけていく。