東京立川のPLAY! MUSEUMで開催された
「谷川俊太郎 絵本★百貨展」では、
谷川さんがつくってきた絵本の「すごさ」を語る
連続トークイベントが行われました。
そのうちの一夜、ブックデザイナーの祖父江慎さんと
ほぼ日の永田と菅野が会場へ赴きました。
この顔ぶれで、谷川さんの絵本といえば‥‥
ピンとくる方も多いのではないでしょうか。
そうです。
谷川さんが文を、松本大洋さんが絵を、
祖父江さんがデザインを担当し、
ほぼ日から2014年に発行した『かないくん』です。
あの絵本に、どんな「すごい」技術や才能が
詰まっていたのか、和気あいあいと振り返りました
(苦労話も、けっこうありつつ)。
司会進行は、展覧会プロデューサーの
草刈大介さんです。
祖父江慎(そぶえしん)
1959年愛知県生まれ。
グラフィックデザイナー。コズフィッシュ代表。
多摩美術大学在学中に工作舎でアルバイトをはじめる。
1990年コズフィッシュ設立。
書籍の装丁やデザインを幅広く手がけ、
吉田戦車『伝染るんです。』や
ほぼ日ブックス『言いまつがい』、
夏目漱石『心』(刊行百年記念版)をはじめとする、
それまでの常識を覆すブックデザインで、
つねに注目を集めつづける。
展覧会のアートディレクションを手がけることも多い。
Twitter:@sobsin
草刈大介(くさかりだいすけ)
展覧会プロデューサー。
朝日新聞社の文化事業部で、
数々の展覧会制作に携わったのちに独立。
東京都立川にある、
大人も子どもも楽しめる美術館
PLAY!MUSEUMのプロデュースも手がける。
2015年、ブルーシープ株式会社を設立し、
本の出版や展覧会制作、美術館の運営を中心に
幅広く活動している。
Twitter:@kusakari_bs
第1回
80年とひと晩と300年。
- 草刈
- 今回のトークイベントは、
ほぼ日から永田さん、菅野さんという
絵本『かないくん』の制作に関わったおふたりと、
ブックデザインを担当なさった祖父江慎さんに
お話しいただくのですが・・・・、
祖父江さんが、ちょっと遅れています。
- 菅野
- よろしくお願いいたします。
祖父江さん、もうすぐ国分寺だそうです。
- 草刈
- 国分寺というと、まだまだ遠いね
(会場は立川でした)。
でも、おいでくださるだけでありがたいですよ。
- 菅野
- 会場の皆さん、「祖父江さんが遅れてます」
とお聞きになって、
「ああ、やっぱり・・・・」というふうに
うなずいている方が何名かいらっしゃって。
やっぱり、祖父江さんのことをよくご存知な方々が
今日は来てくださっているんですね(笑)。
- 草刈
- おふたりは、祖父江さんとは
いつからお知り合いなんですか?
- 菅野
- 私が初めて祖父江さんと本をつくったのは、
2008年です。
- 草刈
- そうなんですか。
祖父江さんと出会ったばかりの頃の菅野さんが、
祖父江さんの事務所に「20連泊」していたと
お聞きしたことがあるのですが‥‥。
- 菅野
- あれは、意味があったんですよ。
祖父江さんは、当時も仕事を
いっぱい抱えてらっしゃって、
机の上に山積みだったんです。
そうすると、私たちのお願いした仕事の優先順位が
上がらなかったんですよ。
だから、常に私の姿を
祖父江さんの視界に入れておかないと
いけなかったんです。
- 草刈
- じゃ、作家じゃなくて編集者のほうが缶詰になる、
逆缶詰みたいになっていたんですね。
- 菅野
- そうです。
でも、夜になると祖父江さんが
「映画を見ようか」とか「浄瑠璃を見ようか」
とおっしゃって、一緒に見たりもして、
楽しい毎日でしたね。
- 草刈
- それ、止めさせたほうがよかったんじゃない!?
- 菅野
- そうなんですけど、どうしてもおもしろいんですよ、
祖父江さんって。
- 永田
- 僕は、ほぼ日に入る前に、
糸井重里の『豆炭とパソコン』という本を
祖父江さんとつくらせてもらいました。
- 菅野
- 永田さんは、20連泊はなさらなかったんですか。
- 永田
- やってないですよ(笑)。
- 初めて祖父江さんにお会いしたとき、
名刺をいただきました。
その名刺に名前とも住所とも関係ない、
なにかの文字列が印刷されてて、
「これ、なんですか?」って聞いたら、
「ぼくのイルカの名前なんですよ」
と言われて。
- 菅野
- イルカの名前?
- 永田
- 「イルカを飼っているんです」
「イルカを飼っているんですか!」
「ええ、飼っているんです‥‥‥‥頭の中で」
それで、「すごいな、この人!」と思ったのが、
祖父江さんとの出会いでした。
- 草刈
- 祖父江さんは、初めて会う人には、
よくそういうおかしなことを仕掛けますよね。
- 菅野
- 交換するはずの名刺をなかなか放さなかったり(笑)。
- 草刈
- 絵本『かないくん』は、
そんなメンバーでつくられた絵本です。
祖父江さんの到着を待ちたいところですが、
とりあえず3人だけで
『かないくん』の話に入ろうと思います。 - 「谷川俊太郎 絵本★百貨展」は、
その名の通り、絵本の展覧会です。
ですが、谷川さんは今も新しい絵本を
つくり続けていらっしゃいますから、
回顧展ではなく、谷川さんの本の世界を
会場で楽しめるような展示にしたかったんです。 - そういう構想をもって、展示に入れる作品を
谷川さんと一緒に決めていったとき、
「『かないくん』は、無くてはならない」と
すぐに意見がまとまりました。
- 菅野
- なんと嬉しい。
- 永田
- ありがとうございます。
- 草刈
- さらに、今回の展覧会の大事な要素のひとつが
「絵本の原画を見せる」ことだったので、
松本大洋さんの描いた『かないくん』の絵は
この会場には不可欠でした。 - そもそもなぜ、谷川さんが文章、大洋さんが絵、
祖父江さんがブックデザイン、
ほぼ日のおふたりが編集という構成になったのかを
教えていただけますか?
- 永田
- まず、僕と菅野さんが「ほぼ日絵本チーム」として
「絵本をつくろう」と考えていたんです。
「今の時代に絵本をつくるって、
どういうことなんだろう?」みたいなことを
延々と話し合っていて。 - そのときに、社長の糸井重里が
絵本のアイディアとして最初に言ったのが、
「谷川俊太郎さんに『死』についての絵本を
つくってもらいたい」ということだったんです。
- 菅野
- 糸井は、以前からずっと
「『死』と『恋』については、
ほぼ日で何かやりたい。
まずは『死』のテーマに取り組んでみたい」
と言っていました。
それで、どなたに書いてもらおうか、と考えたら
やはり谷川さんしかいないと。 - そういう流れで、
谷川さんを口説きに行ったんですよね、3人で。
- 永田
- 谷川さんと、糸井と、僕たちふたりで
食事をしたんです。
でも、その場ですぐに「やろう」とは
なりませんでした。
穏やかにお話しして、楽しい会だったんですけど、
「これは、引き受けてもらえたのか・・・・?」
というのがわからないまま(笑)。
- 菅野
- そうなんです。
余談ですが、帰り道は雨が降っていたんです。
谷川さんは駅まで送ってくださり、
「じゃ、さようなら」と、
傘を差さずにさっそうと帰っていかれて。
でも、私たちが駅の階段を降りてから
ふと振り返ったら、傘を差しておられました。
「あ、さっきは格好付けてたのか。さすがだ!」
と思いました(笑)。
その格好付け方がとても素敵で感動しました。
でも、絵本を引き受けてくださった感じはなくて。 - ところが、谷川さんは
そのあとひと晩で文を書かれたんですよ。
- 永田
- その次に、別の機会で谷川さんにお会いしたときには
もうできてたんだよね。
- 菅野
- そう、「ひと晩で書いちゃった」って。
そして、谷川さんの他の多くの作品でも
おそらくそうだと思いますが、
一度書いたらもう、直しは一切されないんですよ。
- 草刈
- それは、普通信じられないことですよね。
- 永田
- 一文字も、ですからね。
- 菅野
- はい。本当に驚きですが、谷川さんにとっては
それが当たり前なんだと思います。 - そのようにして、ひと晩で『かないくん』の本文は
出来上がって、
その後2年かけて大洋さんが絵を描かれることに。
- 永田
- 大洋さん、ラフの絵をけっこう速いペースで
送ってくださったんですよ。
だから、当初、大洋さんは
「2年かかります」と
おっしゃっていたんですが、僕は
「このペースでいったら2年もかからないんじゃ
ないかな?」と思いました。
その後、下絵もわりと早く届けてくださって、
「これはもう、あと半年くらいでできあがるかもな」
と思ったら、大洋さんが
「色を塗るのに、たぶん、
急いでも1枚1ヶ月かかります」って。
- 草刈
- うわぁ!
もちろん、のんびりやるからではなくて
全身全霊をかけるからこそ、ですよね。
- 永田
- そうですね。
その段階では24ページくらいだったので、
「ほんとに2年だ」となりました。
- 菅野
- 中でも、大洋さんは
「表紙の絵に8割の力を注ぎました」
とおっしゃっていました。
すごいですよね、この絵は。
- 草刈
- 「谷川俊太郎さんが一夜で綴り、
松本大洋さんが二年かけて描いた」という
『かないくん』のキャッチコピーは、
本当におふたりの創作の仕方を表していますよね。
この本だけ、たまたまそうなったっていう
ことじゃなく、いつもそうなんですから。
- 菅野
- 谷川さんは、いつも、だいたい1日なんですよね。
・・・・でも、みなさん、ちょっと待ってください。
「1日で書いた」とか「2日で書いた」とかって
つい言ってしまいますけど、
実際は「80年」かかって出てきた言葉なんです。
「書く」という作業は確かにひと晩でしたが、
これは、80年生きてきた
谷川さんでないと書けない。
- 草刈
- そうですね。いきなりは出てきません。
さっきの「直しを入れない」というお話も、
谷川さんならではなんでしょうね。
- 菅野
- 推敲はされるとおっしゃっていましたが、
原稿提出後の訂正はいつもありません。
これまで私が担当した長い文章の書籍でも
そうでした。
「提出した時点でもう作品だから、
それはそういうものでしょう」とお話しされていた
こともあります。
- 草刈
- 僕も、何度か「PEANUTS」関係で
谷川さんに詩を書いていただいたことが
あるんですけど、それも執筆はたいてい1日でした。
そして、本当に赤字を入れないんですよ。 - 少し脱線しますが、
「原稿を書いて渡したら、
それがもう作品になっている」
という谷川さんの姿勢は、
ついこの間も目の当たりにしました。
「絵本★百貨展」は、原画を展示する以外にも、
絵本の内容をアニメーションにするなど、
絵本を発展させるような見せ方になっています。
でも、全部の展示が完成した後に
「本当にこういう発展をさせてよかったのかな」
と、僕が少し弱気になってしまったんです。 - それで、谷川さんに
「今更なんですけど、こんなことして
よかったんですかね」とお話ししたら、
「ああ、いいんだよ。
だって、言葉が作品になっていれば、
もう、誰のものでもないんだから」
とおっしゃって。 - だから、谷川さんのそういうあり方は、
なんていうのかな・・・・、
圧倒的な自信の表れという気もします。
- 菅野
- あと、「完成度」ってことだと思います。
谷川さんの言葉は、
本当にひとつひとつが完成されていて、
たぶん、300年くらい残る言葉なんですよね、全部。
それは『かないくん』も、他の絵本もそうです。 - 私は『かないくん』を編集してから
10年以上経ちますけども、やっぱり、
死のことを語る上で、この絵本以上のことは言えない
と思うぐらいの完成度なんですよ。 - 『かないくん』は、谷川さんの
小学生のころの実体験が基になっているんです。
金井くんという同級生の死を経験した子が
おじいさんになって、
『かないくん』という未完の絵本をつくる。
そして、お孫さんが
おじいさんから聞いた「死」についての考えを
受け継いでいく。 - あらためて、すごいお話だと思いませんか?
- 菅野
- 人間が「死」について何か考えたり伝えたり
することがあるとすれば、
このお話以上のことはないと私は思っています。
「そんなことをどうしてひと晩で書けるんだろう」
っていう、「才能」とまとめてしまっては
おこがましいほどの、すごさです。
- 草刈
- しかも『かないくん』の内容は、
すごく緻密な、入れ子の構造に
なっているんですよね。
つくる過程で、絵との関係をみて
変えたくなる箇所が出てもおかしくないんです。
だけど、それでも谷川さんは変えなかった。
最初から、「もうできてた」と。 - こうして振り返ると、本当・・・・すばらしい本です。
僕、もう持ってたのに、
間違えて2回くらい買っちゃったんですよね(笑)。
それくらい好きです。
- 菅野
- ありがとうございます。
でもやっぱり、『かないくん』に限らず、
谷川さんのすべての絵本がすごいんですよね。
(つづきます)
2023-09-07-THU