
ひとりの作家・芸術家について、
お詳しいかたに、
ひとつの「言葉」に絞ってインタビューする
不定期連載をはじめます。
記念すべき第1弾は、
大原美術館館長である高階秀爾先生に
「ピカソの剽窃」
について、おうかがいしてきました!
1960年代に刊行された
高階先生の名著『ピカソ 剽窃の論理』は、
いま読んでも、本当に刺激的。
ピカソといえば「天才」なわけですけど、
そこに「剽窃」を見る‥‥とは!?
創造性や表現とオリジナリティの関係性など、
ある意味では、
とても現代的な問題にも通じる全5回。
担当は「ほぼ日」奥野です。
高階秀爾(たかしなしゅうじ)
美術史家、美術評論家。大原美術館館長、公益財団法人西洋美術振興財団理事長、東京大学名誉教授。1932年生まれ。東京大学教養学部卒業後、同大学院在学中にフランス政府招聘給費留学生として渡仏、パリ大学付属美術研究所及びルーヴル学院で近代美術史を専攻。東京大学文学部助教授、同教授、国立西洋美術館館長等を経て現職。2000年、紫綬褒章受章、2001年、フランス政府からレジオン・ドヌール勲章シュヴァリエ授与。2002年、日本芸術院賞・恩賜賞。2005年、文化功労者。2012年、文化勲章受章。2015年より日本藝術院会員。『ピカソ 剽窃の論理』、『名画を見る眼』、『ルネッサンスの光と闇―芸術と精神風土』(芸術選奨文部大臣賞受賞)、『ゴッホの眼』、『日本人にとって美しさとは何か』、訳書にケネス・クラーク『ザ・ヌード―裸体芸術論-理想的形態の研究』(共訳)など、著書・訳書多数。
- ──
- 高階先生の「ピカソの剽窃」というものが、
日本的な美意識に通じていた‥‥
という視点、本当におもしろいと思います。
- 高階
- わたしが『ピカソ 剽窃の論理』の
ちくま文庫版を出したとき、
親しかった
大岡信に巻末の解説をお願いしたんですよ。 - それを読むと、わたしの文章より
彼の解説のほうがいいくらいなんだけれど、
彼はそこで、
本歌取りのことも書いてくれています。
日本では、先人の作品をちゃんと受け継ぎ、
しかも「真似」ではない、つまり
贋作や複製が出ないものをつくってきたと。
- ──
- ああ、そうなんですか。
- 高階
- 西洋の人が
ピカソの《アルジェの女たち》を見たとき、
ドラクロワの絵を元にしていると、
まあ、いろいろと言うかもしれないですね。 - しかし、われわれ日本人の見方では、
ピカソはドラクロワと対話をしているんです。
- ──
- 対話。
- 高階
- だからこそピカソの「剽窃」作品を見ても、
昔の歴史と時間が
いま目の前の作品とつながっているんだって、
そう、自然に捉えることができるんです。
- ──
- たしかに、違和感を感じてはいませんでした。
ピカソの《アルジェの女たち》を見ても。 - だからこそ「剽窃」という言葉の
インパクトにびっくりした‥‥といいますか。
- 高階
- 日本では、美術も文学も和歌も、
ぜんぶつながっていると考えているんですよ。
ぼくは、そう思います。
で、その感覚は西洋の論理とはちがうんです。 - だから「日本人にとって美とは何か?」と
問うたとき、
西洋の美は幾何学的なシンメトリーだけれど、
日本はちがうだとか、
いろんな言い方はあると思うんですが、
それだけじゃなく、
美というものに対する
伝統的な考え方からして異なっているんです。
- ──
- 高階先生が日本人としての感覚を持ちつつ、
パリでピカソに接したから、
お気づきになった視点でもあるわけですね。
- 高階
- 絵も、文学も、書も、建築のようなものも、
すべてが、日本人の美意識という
非常に大きな問題とつながっているんです。 - わたしは、そんなことを、
大岡くんの解説を読んで気づかされました。
- ──
- じゃあ、日本人であるご自身の美的感覚は、
西洋の人のそれとどこかちがう‥‥
ということを、パリで感じていたんですか。
- 高階
- ええ、パリで一生懸命に西洋の勉強をして、
どうして自分は、西洋の人と比べて
この絵について感じ方がちがうんだろうと、
つねにそんな思いを抱いていました。 - 過去の作品に対する受け取り方というのか。
西洋だって、
「過去の作品も、もちろんいいよ」という
尊敬の気持ちはあるんだけど、
「でも、自分の絵はちがうんだよ」という
作品をつくろうとするんです。
- ──
- なるほど。
- 高階
- その点、日本人は、過去を尊敬しながら、
「つながってるんだよ」という、
時空間を超えて対話をするような感覚で、
芸術をつくってきたんじゃないかな。
- ──
- わあ‥‥おもしろいです。
- 高階
- これは、ひとつには
たぶん「伝統」に対する考え方のちがいで、
西洋では
「伝統に縛られていてはいけない」という
考え方が強いんです。
だから、伝統に反抗しそれを破壊してきた。 - 日本では逆に「伝統」を受け継ぎながらも、
そのままでなく「どう変えていくか」に
芸術的な意識を置いてきたんだと思います。
- ──
- そのちがいは「優劣」ではなく‥‥。
- 高階
- まあ、結果としては、
どちらもおもしろいものができましたよね。 - と同時に、それぞれのやり方のもとで、
おもしろくないものだって当然、できます。
結果よりも、美に対する意識、考え方、
態度というものが、
日本と西洋とではちがうということですね。
- ──
- なるほど。
- 高階
- あるいは、西洋の生活は実質的で、
ふだんの生活とは別次元にあるものとして、
芸術や美というものがあるけれども、
日本は生活自体に美意識を持っていますね。 - 谷崎潤一郎も言っていますけど、
日本は生活そのものを美化していくんです。
それも、意識的にではなくて、自然にね。
- ──
- ピカソの「剽窃」の話の底には、
東西の美や芸術への考え方や態度の歴史が、
どっしりと流れていたんですね。 - ともあれ「本歌取り」のような描き方を、
ピカソは、とてもたくさんやっていた。
- 高階
- そうです。
ピカソってつまりそういう人なんですよ。 - 逆に言えば、ピカソはそれをしなければ、
自分の絵が描けなかったんだと思う。
- ──
- ベースに「剽窃」があった。
- 高階
- ピカソは、ユネスコ本部にある
壁画《イカロスの墜落》を描いています。
ピカソのなかでは
それほど注目されていない作品ですけど、
壁に何か描いてくれと言われて、
「本歌取り」はせずに自分の絵を描いた。
それを見ると、
個々のかたちはいいなと思うんですけど、
全体的に見ると、
わたしはそこまでの力はないように思う。 - だからあんなに大きな壁画だけど、
ピカソの作品として、
人は、あまり問題にしないんです。
- ──
- 個々の「かたち」は、いいけれど。
- 高階
- ピカソという人は「かたち」を描かせたら、
誰にも描くことのできない、
驚くべき作品がどんどん出てくるんですが。
- ──
- ピカソには、他人の構図であっても、
自分のやり方で描けば自分の絵になるんだ、
という自信があったんでしょうか。
- 高階
- というよりもやっぱり、
そうでなきゃ描けなかったんだと思います。 - ただ、単純に
「これを受け継いで自分はこうやりました」
ってことじゃなくて、
「よし、これでいこう」というか、
「こいつを、たまたまこれでつくってやれ」
ということだったんじゃないかと。
- ──
- おお‥‥!
ピカソのイメージがグッと広がりました。
- 高階
- だからピカソは、
ベラスケスにしても、ドラクロワにしても、
シリーズで描いていますよね。
「これでいこう」で、連作を描いています。 - 話に出たマネの《草上の昼食》もそう。
剽窃作品は、複数つくっているんですよね。
- ──
- たしかに。
- 高階
- それでもピカソは、
元の作品を「写した」という気はなかった。
ただ、元があったから、自分の絵ができた。 - どこまで意識していたかはわかりませんが、
わたしは、
ピカソの天才的な創作というものは、
大まかにいって、
そういったものだったんじゃないかなあと
思っています。
(つづきます)
撮影:ERIC
2022-10-18-TUE
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高階さんが館長をつとめる大原美術館では、
現在、大原家旧別邸有隣荘で
特別公開「マティス―光と色と」を開催中。
通常は、まとまって展示することのない
大原美術館のマティス作品を
たっぷり楽しめる、貴重な機会とのことです。
通常は非公開、
大原美術館向かいの美しい建物・有隣荘も、
今回、3年ぶりの秋の特別公開。
詳しいことは、公式サイトでご確認を。
展覧会の見どころも、詳しく書いてあります。会期:2022年10月7日(金)から10月23日(日)
時間:10時から16時(入場締め切り15時30分)
会場:大原家旧別邸有隣荘(大原美術館向い)
料金:有隣荘券
(大人1000円/高校中学小学生500円)
美術館とのセット券
(大人2000円/高校中学小学生1000円)