※本についてはこちらをどうぞ

うれしいお知らせです。
ほぼ日刊イトイ新聞の奥野武範が担当した
数々のインタビューコンテンツが
1冊の本にまとまることになりました。
本は星海社さんから出るのですが、
インタビューアーを軸にした本になるなんて、
なかなかないことだと思います。
ここは、胸を張って「本が出ます!」と
言いたいところなんですが‥‥
ま、奥野本人は言いづらいんじゃないかと。
そこで、何人かの乗組員で、
著者と本を応援する文を書くことにしました。

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担当:藤田亜紗美(ほぼ日)

奥野さんの仕事。

漫画でも小説でもエッセイでも、
連載中にリアルタイムで読んでいたのに、
いざ単行本としてまとまると、
いそいそと買いに行ってしまう自分がいる。
内容は概ね知っているのに、
ひとつひとつのものがまとまったときにしか
生まれない良さ、みたいなものがあるのだ。

というわけで、奥野さんの本を手に入れるため、
私は近所の書店へ向かった。
このあたりかな、と目星をつけた棚の前で立ち止まり、
左上から右下まで、目だけを動かしていく。
背表紙の「おしゃべり」の文字を目の端でとらえた。
これだ! ないかもしれないと思ったけど、あった。
ピンクと青の透明感のある爽やかな装丁。
思ったより分厚い。
買って、まっすぐ家に戻る。

奥野さんは、私の先輩だ
同じ「読みものチーム」にいるとはいえ、
奥野さんの仕事を、少し遠くからただ見上げている、
ぼんやりとした後輩である私が、
奥野さんのことをえらそうに語ることはできない。

ということで私は、この本の一読者として、
この本を読んだ感想、そして
普段の奥野さんを見ていて思うことを、
そのまま書いてみたいと思う。

読む前から少し驚いた。
私は読んでいる最中にカバーがずれるのがいやで、
いつも外して読むのだけど、
カバーを外すと、印象がまた少し変わり、
本体だけでもかっこいいのだ。
装丁を担当したのは大島依提亜さんで、
装画は西山寛紀さん。さすがだなあと思う。

さて、改めて読むと新しい発見がいろいろあった。
特に、画家・山口晃さんへのインタビューは、
考えていることが深すぎて
読み解くのに苦労したけれど、
「技術」についての深淵な思考に触れられて、
すごいものを垣間見たとき特有の爽快感が残った。

あっちこっちの世界に飛ばされ、
心をさんざん揺さぶられ、
最後まで一気に読み終え、こう思った。
奥野さんのインタビューは、
どうしてこんなに、心に入ってくるんだろう。

インタビューは有名無名を問わず行われていて、
俳優や芸術家だけでなく、
奥野さんの年下の友人や、一般のご夫婦も登場する。
それがまたいいのだ。
いろんな人がいて、それぞれの役割を果たしている。
何かを成し得ていなくても、
ただその人が存在していること、
その重みに気づかされる。
巻末に収められた写真の表情もいい。

当たり前だが、亡くなった方にインタビューはできない。
周囲の人から言葉を集めて
回想録のようなものは作れても、
本人から紡ぎ出される、
「その人の言葉」はもう聞けない
だからこそ、奥野さんは、たくさんの人と会って、
その人がそこにいた証拠のようなものを
集めたいのかもしれない。
勝手にそんなことを思った。

たとえばこの本には、鈴木金太郎さんという、
インタビュー当時91歳の、
自転車のパンクを80年間修理し続けている
下町のおじいさんが登場する。
江戸っ子特有の口調で、
生きる哲学がどんどん飛び出す。
そして、フランスの詩人、歌手、俳優の
ピエール・バルーさんの話からは、
芸術を志す人に門戸を開き続けた、
その人柄が伝わってくる
鈴木さんとピエールさん、お二人とも今はこの世にいない。
インタビューを読んだからといって、
その人の人生の全てがわかるわけではない。
ただ、その人が生きることをどう捉えていたか、
ということが文章から伝わってくる。
少なくとも、このインタビューがなければ、
私はこのお二人のことを知らないままだった。

それぞれのインタビューの終わりには、
書き下ろしのコラムがついていて、
「いま」の地点からインタビューを振り返る
奥野さんの言葉が新鮮でおもしろい。
たとえば、奥野さんが、インタビューの直前に
外で立っていた窪塚洋介さんを見つけて、
「真っ白い百合の花が、1本咲いている」
と感じるくだりがある。
命がけの洞窟探検をしている吉田勝次さんと、
取材後に入った店でお金が足りなくて
パスタ代1000円を借りた、なんていう話も出てくる。
こういうこぼれ話が読めるのも、この本の良いところだ。

圧巻なのは、ラストの13本目に収められた、
奥野さんの大学時代の恩師、
坪井善明先生へのインタビューだ。
これを最後に持ってきたところに、この本の凄みがある
先生、という立場もあって、
ときに奥野さんに対して厳しい言葉が飛ぶ。

ーーーーーーーーーー
坪井:
ひとつ、直感的に言うとするとさ、
きみの仕事について、
くわしいことはよく知らないけど、
もっともっと
スピード感もってやってかないと、
ダメだよね。

ーーーーーーーーー

そこには真剣さがあり、生徒への愛がある。
奥野さんが先生に
「何かを学ぶうえで、重要なことは何ですか」
と聞いたときの、
洪水のように出てくる言葉がまたすごい。

ーーーーーーーーーー
坪井:
どんな年齢になろうと、
どんな地位に就こうと、
「あんた、ここ、間違えてるよ」
と指摘されたときに、
素直に聞き入れられるかどうか。
そのことがすごく大切だと思う。
自戒を込めてね。

(中略)

坪井:
自らの良心に忠実に従う、
自らの良心に恥じない行動を取る、
そのことを、
いつでも、心に留めておくこと。

ーーーーーーーーー

一つ一つの言葉が、直球で心に届く。
奥野さんが「インタビュアー」でも「編集者」でもなく、
ただの「生徒」になっていく様子を
追体験しているうちに、
「なぜ学ぶのか、何を学ぶのか」
という壮大なテーマが、自分ごととして響いてくる。

奥野さん個人の話を書いてみる。
「おしゃべり」という単語がタイトルにあるけれど、
奥野さんはこの言葉が全くそぐわない。
なかなか寡黙な先輩なのだ。
他のメンバーもこのリレーコラムで書いているけれど、
編集会議の間も、奥野さんが口を開くのは、
会議が終わる間際に小さくつぶやくように
企画を持ち出すときのみだ。
たぶん、いろんなことを
「おもしろい」と感じる才能があって、
だからよくにこにこと笑っているのだけれど、
それを声にして発する分量は極端に少ない。
その印象は、奥野さんと最初に会ったときから変わらない。

はじめて会ったのは、2011年だ。
その年の8月、読みものチームの人員募集があり、
私はそれに応募した。
書類選考や実技テストみたいなものが先にあり、
面接がはじまった頃には秋が深まっていた。
通された部屋に入ると、当時7名いた
読みものチームの先輩方が全員いて、
さまざまな質問を受けた。
その中で唯一、真んなかに座っているのに、
何も質問を投げかけてこなかった人がいた。
そして最後に、先輩の一人である菅野さんから
「おっくん、何か聞きたいことないの」
とうながされ、中心にいる人が、
とても心に残る質問をぽつりと言った
ずっと黙って相手を静かにみている。
そして、最低限の必要なことを言う。
はじめて会った奥野さんはそういう人で、
いまもそうだ。

一見、自由でやりたいことが
なんでもできるように見える「ほぼ日」だけれど、
それでも、働いているうちに
しんどいな、と感じてしまうことは多々ある
いつだったか、読みものチームの若手メンバー
(若手という年ではないけれど私もいた)4人を集め、
先輩である奥野さんに企画の相談をする会、
というものが開かれた
私はこんな相談をした。
「書きたいと思っていることはあるんですけど、
その前に頼まれた原稿をやらなくちゃいけなくて、
バランスをとるのが難しいんです
いま思うと、ばかみたいな相談だ。

奥野さんはいつものように少し沈黙し
「ある写真家が言ってたんだけど」
と前置きして、こう続けた
「やらなきゃいけないことが8、9割で、
隙間に、本当にやりたいことをやってるんだって
‥‥はっとした
奥野さんは、いつも、小さくつぶやくように
大事なことを言う。

私はもう一つ質問をした。
「奥野さんって、いつ作業してるんですか
あれだけの量を、どうやって書いているのか、
それが知りたかった
「集中できるのは、朝4時くらいかな。
子どもを寝かしつけて、早起きして書いてます

ああ、そうなのだ。
奥野さんは、私生活も忙しい人なのだ。
共働きの奥さんがいて、お子さんがふたりいる。
(上のお子さんからはパピコと呼ばれている
保育園のお迎えをするため早退もしていたし、
家では、当然家事もしている。
(お皿洗いが好きらしい
会社での昼食も、いつもさっと済ませていて、
「立ち食いそば」か「サブウェイ」の二択だ。
(昨年そば屋が閉店し、サブウェイ一択になった
インタビュー仕事だけに集中できる、
贅沢な創作環境を備えた人ではなく、
忙しい日々の中で、家事も、子育てもし、
その隙間に時間をみつけ‥‥いや、ひねりだして、
真摯に原稿と対峙している人なのだ
その膨大な過程を思うと、
「頼まれた仕事をこなしていたら、時間がなくて」
なんて言ってる自分が、ますますばかみたいに思えた。

その相談会の最後に、奥野さんは、
いつものようににこにことしながら、
後輩にあたる私たちに向かってこう言った
「ぼくは、みなさんの記事がもっと読みたいです
なんだか心がひりひりした。

‥‥ここまで一気に書いたが、大丈夫だろうか。
実は私はプレッシャーを感じている。
奥野さんは社内にファンが多い。
この応援リレー記事の最後を書くのが私だと言うと、
そのうちの一人は、こう言った。

「ちょっと大丈夫? 頑張って書いてよね。
私、奥野さんのファンなんだから」

その同僚は、部署は違うけれど、
奥野さんと一緒に取材に行った経験があり、
そのとき奥野さんから、
一緒にインタビューする数名に向けて送られたメールが
今も心に残っている、と教えてくれた。
メールの文面を、そのまま書き写す。

ーーーーーーーーーー
頑張ろうー!
みんなで聞きたいことを
じゃんじゃん聞こう。

ちなみに、ぼくは
インタビューをさせてもらうときに
気を付けていることがひとつあって

それは
「もし、今、じぶんが小学生なら
どんな質問をするか?」
です。

ーーーーーーーーー

メールの日付をみると、9年前だった。
奥野さんは、ずっとブレてない。

最後に、本の話に戻って、
私が最も好きだったフレーズを紹介したい。
奥野さんが「あとがき」で、
「質問される側」にまわって答えている箇所だ。

ーーーーーーーーーー
フィクション・小説よりも、
インタビューのほうが感動するんです。
「ほんとうにいる人」が
「ほんとうに語っていることの強さ」
というか。

ーーーーーーーーー

感動は、奥野さんのなかで熱に変わる。
目の前の誰かの、
いのちのきらめきのようなものに打たれた、
奥野さんのこころのなかの熱
それを文章で人に伝えるのには技術がいる。
冷静な視点でばっさりと削ったり、組み替えたり、
人の目に触れて心地の良い温度に変えなくてはいけない。
奥野さんはそれを
「ただ交通整理しているだけ」と、
あとがきのなかで表現していたけれど、
その技術を、奥野さんは磨いているのだ。
家族がまだ寝ている午前4時に、
自宅の机で、モニターの明かりをじっと見つめながら。

ウェブでの連載当初から
光を放っていたインタビューが、
紙という手触りを得て、さらに読みやすく、
まとまりのある、魅力的なものになった。
一人の人の考えは、時々刻々と変化するけれど、
そのときに発せられた熱は消えない。
この本を手に取った方に、その熱は
まっすぐに伝わると思う。

(ほぼ日 藤田亜紗美)

(次は奥野本人が登場します。)

2020-05-15-FRI

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  • <本について>

    『インタビューというより、おしゃべり。
    担当は「ほぼ日」奥野です。』
    奥野武範

    星海社
    ISBN: 4065199425
    2020年4月26日発売
    ※更新時27日と記していましたが、ただしくは26日です。
    訂正してお詫びいたします。(2020年4月22日追記)
    1,980円(税込)

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