現役看護師の「ナースあさみ」さんこと
高島亜沙美さんが、老いや死について
知っておくといいことをまとめた
『人生の終わり方を考えよう』
(監修=西智弘さん)という本を出版されました。
実用書でありながら、どこか哲学書のようでもある
この本を興味深く読んだ糸井重里。
あさみさん、そしてもともと交流のある
幡野広志さん(がんの当事者でもあります)
にも来ていただいて、
詳しくお話を聞かせていただきました。
納得のゆく「老いと死」を迎えるために
大切なことってなんだろう。
3人が、あれこれ語り合いました。

>ナースあさみさんプロフィール

高島亜沙美(たかしま・あさみ)

1987年神奈川県出身。
看護師、保健師。
2010年に東邦大学医学部看護学科
(現:看護学部看護学科)を卒業後、
同大学病院に勤務。
2016年に退職し、
現在は都内の病院に勤めながら
並行してnoteやSNSにて発信中。
老いと死、介護保険、高齢社会について
1冊にまとめた初の著書
『人生の終わり方を考えよう』
(KADOKAWA)を、
2026年1月に出したばかり。

X @asami300765
note https://note.com/asami300765
リンクあれこれ https://lit.link/asami300765

>幡野広志さんプロフィール

幡野広志(はたの・ひろし)

写真家、元狩猟家、血液がん患者。1983年、東京生まれ。
2004年、日本写真芸術専門学校中退。2010年から広告写真家・高崎勉氏に師事、2011年、独立し結婚する。
2016年に長男が誕生。2017年多発性骨髄腫を発病し、現在に至る。
著書に『ぼくたちが選べなかったことを、選びなおすために。』
『うまくてダメな写真とヘタだけどいい写真』
『いい写真はだれでも撮れる』
『ポケットにカメラをいれて』
(以上、ポプラ社)
『写真集』(ほぼ日)『ぼくが子どものころ、ほしかった親になる。』(PHP研究所)
『なんで僕に聞くんだろう。』(幻冬舎)『ラブレター』(ネコノス)など。

X @hatanohiroshi
note https://note.com/hatanohiroshi

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6. 「みなさん梅ですか?」と言いたい。

幡野
さっきあさみさんが
「日本だと、暮らしと地続きのはずの
老いや死について、あまり考えない人が多い」
「高齢の患者さんたちも、いざ終末期が
来たようなときに決める力も弱い」
あたりのことをおっしゃったじゃないですか。
そこで想像されている高齢の方々って、
きっと80代とか、
それより上の方とかかなと思うんですけど。
あさみ
そうですね。
幡野
ぼくも何人か会ってきましたけど、
なんだかみなさん「先生に任せるよ」とか
「看護師さんに決めてほしい」みたいな感じで、
ご自分の意志がないように見える方までいて。
たぶん、はるかに若い70代の糸井さんのほうが、
そういうことについて考えてる。
その差ってなんだと思いますか?
あさみ
私の持論としては、いまメジャーなのは
第二次大戦後に生まれてきた人たちなんですけど、
世代的に、世間や社会における
「正しいこと」が模範として常にあって、
その正解のもと、人生を送ってこられてるんですよね。
だからずっと自分で決めてこないまま
70年とかの生活をやってこられている。
なのに老いて病気になって、
「あなたのしたいことは?」
「これからどうします?」とか言われても、
急に考えられない。
そこで「いまから老いたこの頭で、
自分の正解を見つけなきゃいけない」
みたいになると、みなさんもうフリーズして
「先生の言う通りに」
「看護師さんならどうします?」
となるのかなと思うんです。

糸井
「みんなはどう?」「一般的には?」
「普通は?」とかって、よくやりますよね。
うなぎ頼むにしても
「松竹梅あります」と言われたら、
まずは「人気は梅ですか?」と聞くみたいな。
あれ、やっぱり楽なんですよ。
あさみ
無難でもあって、選んだときに
周りから非難されないんですよ。
糸井
一方で、幡野さんは病気になる前から
いろんなことをずっと自分で
決めてきた人だと思うんです。
幡野
全部自分で決めますね。
糸井
じゃあぼくはどうかというと、
「みなさん梅ですか?」と言うのも
大好きなんですよ。
みんなが「梅ですか?」をやってることも、
「この人たちが幸せに生きられますように」
と思うし。
自分自身については
「そこからはみ出した方が面白いかどうか」
を毎回判断しながら、
「梅ですか?」をやったり、
思い切って鰻をやめたりしてるんですけど。
あさみ
ええ。
糸井
でも基本が「梅ですか?」の人たちだと、
「いまさら自分でって言われても」
って絶対なるはずで。
たぶん、その人たちも幸せになるために、
「これだけはこうしておいてください」が、
この本を書いたナースの願い。
あさみ
はい。
糸井
まあでも、考えてない人は、
周囲にいる人もまた
「考えたくない人」だったりもして。
あさみ
そう、連鎖するんですよ。世代を超えて。
まあ身内に、終末期や亡くなるときに
大変な思いをされた方がいると、
「自分はこうしよう」と決めてる方は
いらっしゃいますね。
「叔父がほんと大変だったので」とか。
糸井
いちど考えたことがあると、変わりますよね。
幡野
でもその
「叔父がこうだったから私はこうする」の人も、
それはそれで、パターナリズム的に
当事者に「こうしなさい」を押し付けることもあって。
糸井
ああ、そうか。
幡野さんはずっとそういう戦いをしてきた。
幡野
そうですね。
だからかなりストレートに自分の考えを言うと、
ぼくは正直、終末期などのシーンで
足を引っ張っちゃうのは、
たぶん「家族」じゃないかと思ってて。
「患者」「医者」「看護師」「家族」の、
「家族」が外れたら、
たぶんすんなり回ると思うんです。
あさみ
「家族」が難しいんですよね。
だから生活保護独居の人へのシーンは、
とっても楽ですよ。
幡野
そうですよね。
「家族」が引けば、ほんとにかなり楽になる。
そしたら医療を、治療のプロの「医者」と、
看護のプロの「看護師」と、
当事者の「患者」という3人4脚で進めますから。

あさみ
実際、患者さんの命と人生なんだから。
幡野
そうなんですよ。
でもそれ言い切るの、勇気いりますよね。
糸井
‥‥すごい。コンセプトの中心に、
いまドンと来ましたけど。
あさみ
ええ。
糸井
いま、スッと軸がでてきましたけど、
「患者」さんの命とか人生がまずあって。
そこで「医者」「看護師」「家族」が
うまく支えていくかたちを探りたい。
この本はそういう輪っかの発想で、
特に「患者」や「家族」という立場の人たちに
役立ててほしくて生まれてる本かもね。
幡野
ぼくは読んで、そう思いましたよ。
あさみさんは前半でその知識を
「家族」の人に教えつつ、
後半では「患者」に考えを伝えると同時に
「家族」の人たちの説得をしてるようにも
ぼくは見えました。
あさみ
いま日本では、患者さんと家族に
同等の権利があるけれども、
そこで「決定権は51パーセント患者にある」
ということを理解されてない家族の方が、
わりといらっしゃる感じがあるんです。
糸井
「家族」という言葉には、たくさんの人が
ぞろぞろ含まれたりもしてますし。
「叔母の亭主」みたいな。
幡野
そうなんですよ。
なのでぼくは、あくまで自分の場合ですけど、
病気になって家族親戚の人間関係を
かなり整理したんです。
そうじゃないと、自分の治療が
どんどん望まないほうに行きかねないと思ったので。
親族とスパッと縁を切っていて、
いまいるのは残った家族──妻と息子と、という。
あと姉夫婦との繋がりもありますけど、
そこだけなので、いまは非常に
治療の判断がしやすいです。
糸井
幡野さんの書くものを読むと、
そのあたりの話って凄まじいですよね。
あさみ
でもこれ、とてもよくあることなんです。
悩んでいる方、多いと思います。
幡野
そうですよね。
糸井
家族がややこしい理由は、
わりと想像できるんです。
つまり、自分は責任を負いたくないし、
助けた人間にはなりたいし。
得られるなら得たいものがある人もいるし、
損もしたくないし、みたいな。
その関係には、非常に
「利害関係」に近いところもあるので。

(つづきます)

2026-05-27-WED

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  • 人生の終わり方を考えよう
    現役看護師が伝える老いと死のプロセス

    高島亜沙美 著

    (KADOKAWA)

    「一家に一冊、なんなら二冊。
    正直にほんとうのことが書いてあるが、
    読む側も正直に読めば、きっと希望になる」
    (糸井重里)

    死を見つめることは、生を考えること。
    現役看護師「ナースあさみ」さんが
    その立場から見て、考えてきたことをもとに、
    高齢社会のリアルについて、
    みんなが知っておくとよさそうなことを
    わかりやすく伝えてくれる一冊。
    老いていくときの具体的なプロセス、
    介護保険の仕組みと実情、
    終末期医療と緩和ケアのこと、
    死の事前準備と終活の話など、
    自分らしい最期を迎えるためのヒントが
    あちこちに散りばめられています。
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