ぼくらが松岡修造という人物を語るとき、
「熱血」「根性」「まっすぐ」「応援」
「笑顔」「憎めない」「型破り」など
ポジティブなことばを並べたくなります。
でも、松岡さん本人に自分を語らせると
「緊張しい、ネガティブ、根性論は嫌い」と
イメージとかけ離れた弱さが見えてきました。
弱さを受け入れて強さに変えていく思考と、
おおいなる脱線による2時間半。
雑誌『Sports Graphic Number』の創刊40周年、
通巻1000号を記念した特集の締めくくりとして、
松岡修造さんと糸井重里による対談企画です。
訊き手の達人同士による、ことばのラリーが
はじまりますよーっ、ラブ・オール!

題字・松岡修造
撮影・近藤篤

>松岡修造さんのプロフィール

松岡修造(まつおかしゅうぞう)

プロテニスプレーヤー、スポーツキャスター。
1967年、東京都生まれ。
10歳から本格的にテニスを始め、
慶應義塾高等学校2年生のときに
福岡県の柳川高等学校に編入。
その後単身フロリダ州タンパへ渡り’86年プロに転向。
怪我に苦しみながらも’92年6月には
シングルス世界ランキング46位(自己最高)に。
’95年にはウィンブルドンで
日本人男子として62年ぶりのベスト8に進出。
’98年春に現役を退き、以後ジュニアの育成と
テニス界の発展のために尽くす一方、
テレビではスポーツキャスターなど、幅広く活躍している。
東京2020オリンピック日本代表選手団公式応援団長。

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(6)ぼくら全部出し切ったよね。

修造
糸井さんは嫌なことについて、
「ほんっとに嫌だ」とおっしゃいました。
でもある意味、嫌だって思いながら行動するのも
ひとつの決断じゃないですか。
どちらかというと日本の人は受信型で、
決断する必要性のない教育を
受けてきたところもあるので、
決断が不得意なところがあります。
自分が嫌でも、人に嫌われたくないという
思いの方が勝るんでしょうね。
「嫌だ!」と思ったときの決断は、
どうやってくだしているんですか?
糸井
失うものについて、一所懸命考えるんです。
瞬間で決意しろなんてことは、基本的にないですから。
嫌なことって、じわじわ嫌なんですよ。
で、このぐらい我慢すべきかなっていう日もあるし、
まったく身動きがとれない日もあるし、
「本当に嫌」の前には、そんな蓄積があるんです。
で、本当に嫌っていうのは、
何度我慢してもまだ嫌なんですよ、きっと。
でも、嫌を感じなくなるようにする方法もあります。
修造
なんでしょうか、それは。
糸井
何も感じないようにすればいいの。
修造
それじゃあ人間じゃなくなっちゃうなあ‥‥。
糸井
そうなんです、そうなんです。
つまり、我慢を続けていると
今日も明日もたのしくないっていうのが
当たり前になっちゃうの。
「だからお金もらってるんじゃないか」
という言い方をする人もいるけれど、
人間はそこまでは安くないと思うんですよ。
我慢して何も感じないようにしたところで、
「本当に嫌」の原因はどんどん蓄積していきます。
じゃあ何を失うんだろうかって考えて、
いろんなものを失うとは思うんですけど、
よーく考えてみると大したことではないはずです。
誰かが助けてくれるとなったら、
それはそれで喜んでそっちに行きますよね。
自分ひとりの決断ってあまりないような気がしていて、
助けがあるんなら助けを借りてもいいし、
誰かが「お前、いいんじゃない」って
言ってくれるだけでもずいぶん助けになります。
そこは、ありがたくあてにしますよね。
もうひとつ考えているのは、さっき話に出ていた、
「根拠のない自信」に近いものだと思うんですけど、
なんだかそっちに光が見えるなって気がするんですよ。
修造
その光は、抜け出た側に? 
糸井さんはどう感じているんですか。
糸井
言っていて、いい感じがするんですよね。
たとえば「ほぼ日」をはじめるというのは、
ぼくにとっては広告屋を辞めるってことと
おんなじ意味を持っていたわけです。
「あ、みんなこれからインターネットに行くな」
と話したときに、人が同意するにせよ反対するにせよ、
なんか、広告の仕事を続けるよりも
「ほぼ日」をはじめる話の方がおもしろいんですよ。
その場限りの金儲けの話っていうのは、
その話をしていても、あんまり長く続きません。
それはきっと、恋人と別れようかと考えるのと同じで、
失うものがあるんだけども、
ともかく一人になっても大丈夫だって考えるんです。
一生一人になった時間で思いっきりテニスをしてもいいし、
そのアイディアに明るい光を感じたら、
決断の大きな要因になると思うんですよね。

修造
ぼくが考える糸井さんの一番のすごさは、
予測する力だと思ったんです。
コロナウイルスに関しても、
「未来の自分から見て役に立つことを知っておこう」
とお話しされていた記事を読みましたし、
インターネットに関しても
何年も先のことまで予測されていましたよね。
ぼく、テニスを指導するときに
この予測の大切さについてよく話すんです。
テニスのプレーで一番強くなれるのは、
予測することだと言われています。
次に何が起こるかを知っていたら準備できるし、
安心していられるでしょう。
だから予測力をつけようって話をするんですが、
そこで、ぼくの行きついた答えが、
自分を一番知っていないと予測力はつかないと。
先ほどからお話を聞いていても、
糸井さんは自分と会話する感性が
ものすごいんだなって思いました。
糸井
自分との対話は、くどいですね。
修造
くどい?
糸井
「もうやめたら?」っていうぐらい、
くどくど自分と対話しています。
自己対話はそんなに爽やかなものじゃないんで、
気弱にもなるし悪いサイクルにもなりますよ。
ぼくは前向きな人間じゃないんで、
本当に重要なことは試してみたり、
誰かに聞いたり、本を読んだり、
みたいなことを長々とやっています。
やるとしたらの準備もしているし、
やらなくなった場合の別れる準備もしています。

修造
実現できたときのために、
ちゃんと考えているわけですよね。
糸井
思いついたことを全部やったら
コストがかかり過ぎますから、
できる範囲なんですけどね。
それまで大事にしていたようなものでも
なくなってもいいやって準備はしますし、
本当に必要だなって思っているものについては、
リスのどんぐりみたいに頬袋に入れておくんです。
まだ結論を出していない状態で、
すでにどちらかに重心は傾いてるんですよ。
だからだいぶ頭の中でできあがってから、
「よし!」ってきっかけで出ていきます。
ぼくは気が弱いですから。
マンガでは「よし!」っていうところだけが
見えるでしょうけど、準備の時間があるんです。
修造
何事も準備って大切ですよね。
ぼくもテニスを引退してからの活動では
チームで準備を進める時間に
重きを置くようになりました。
テニスをやっていた頃は自分中心だったんですよ。
それでよかったと思うんです、勝ち負けですから。
だから「修造頑張れ!」ばっかりでしたよ。
テニスを辞めた後は自分中心の勝ち負けがなくなって、
それがぼくにはたのしかったんですよね。
ⅭMでもスタッフと話し合って努力して、
できあがったものがいいか悪いかは別としても、
やり終えた後に「ぼくら全部出し切ったよね」と思えることが
一番の幸せだと思っているんです。
だから、自分一人だけが頑張るということは
テニスを辞めてからいっさいなかったんですよね。

糸井
ぼくなんかは勝ち負けのない世界にいますが、
その状況に飽きてくるんです。
で、その瞬間、瞬間の勝ち負けに
こだわりたくなる気持ちで
スポーツの観客になっているんですよね。
ぼくは野球がとても好きで、
ちょっとバカなくらい思い入れしちゃうんですけど、
その部分を取り除いちゃうと、
勝ち負けをものすごく意識する自分がなくなって、
なんかピリッとしないんですよね。
逆に松岡さんは勝ち負けの世界にいたから、
引退して勝ち負けがなくなってよかったのと同時に、
全部がなくなっちゃうのもつまんない、
というところはどこかにあるかもしれませんよ。

(つづきます)

2020-12-01-TUE

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  • 松岡修造さんの新刊が発売になりました!
    『「弱さ」を「強さ」に変える
    ポジティブラーニング』

    これまで数々のアスリートを相手に
    丁寧なインタビューを重ねてきた
    松岡修造さんが、
    日本を代表するトップアスリートたちの
    「ポジティブな思考法」を解説します。
    松岡さんが感銘を受けた
    7名のアスリートがこちら。

     

    ◎テニス 錦織圭から学ぶ
    “自分の壁を打ち破る勇気”

    ◎競泳 池江璃花子から学ぶ
    “「辛」を「幸」に変える転換力”

    ◎テニス 大坂なおみから学ぶ
    “うまくいかないときの適応力”

    ◎フィギュアスケート 羽生結弦から学ぶ
    “逆境を成長の糧にする力”

    ◎卓球 伊藤美誠から学ぶ
    “「魔物」を味方につける思考法”

    ◎車いすテニス 国枝慎吾から学ぶ
    “困難を受け入れバネにする強さ”

    ◎フィギュアスケート 浅田真央から学ぶ
    “どんなときも逃げずに挑戦する力”

     

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  • 2時間半の対談をまとめた動画を作りました。
    修造さんの 豊かな表情やリアクションを
    約10分間、どうぞおたのしみください!