
こんにちは、ほぼ日の奥野です。
「スープ」で展覧会をつくった人がいると聞いて、
どんな内容なのか気になりました。
会場が六本木の21_21 DESIGN SIGHTだし、
世界中からスープを集めました‥‥みたいなものでは
きっとないだろうなと思って。
ディレクター遠山夏未さんにお話を聞いたら、案の定。
スープの海にどぼんとダイブして、
いのちや衣食住、それらを支える精神性や哲学‥‥
みたいな深みにまで、
ぐんぐん潜っていくようなコンセプトがありました。
スープって、おもしろいんだなあ。
ゴッホが絵に描くくらい‥‥って言い方ができるほど。
遠山夏未(とおやまなつみ)
デザイナー。武蔵野美術大学空間演出デザイン学科卒業。イッセイ ミヤケで衣服のデザインをする傍ら、「衣」と「住」
- 遠山
- まずは、
ふたつのスープを召し上がってください。 - 取材で来てくださった方に、
取材いただく前に、お出ししてるんです。
ひとつめのスープは、
羊水と成分の近い昆布出汁のスープです。
- ──
- あ、いわゆる「0.9パーセント」の。
- 遠山
- はい。人がおいしいと感じる塩分濃度は
約「0.9パーセント」で、
日本のお吸いものが、だいたいその濃度。 - 塩を入れず、昆布を煮出しただけ。
昆布の塩分だけで0.9パーセントに整えた、
濃縮した昆布のお出汁です。
- ──
- 昆布と水と火だけでできてる。
- 遠山
- 白いほうは、母乳をイメージしたスープ。
母乳って昆布と同じく、
旨みの成分がとっても豊富なんです。
- ──
- 母乳の味を覚えてないんですけど(笑)、
しょっぱかったのかなあ。
- 遠山
- 羊水より塩分は少ないです。
- これは、玉ねぎのポタージュなんです。
昆布も玉ねぎも、
グルタミン酸が非常に豊富なんですよ。
- ──
- いわゆる「旨み」の正体でしたっけ。
グルタミン酸って。
- 遠山
- そうです。世界ではじめて
日本人研究者が昆布から発見したものが、
いまや
第5の味覚として世界中へ広まりました。
- ──
- その発見からうまれたのが、
海外でも、まんまの名前で有名な味の素。 - それって、いつくらいの話なんですか。
- 遠山
- 1908年です。このスープには、
乳清・ホエイをのばして加えています。
母乳に含まれるタンパク質が
豊富だからです。 - 赤ちゃんが
最初に「おいしい」と感じるのは、
甘味と旨味です。
一方で、
苦みや酸味には警戒する傾向があります。
酸味は腐ったもの、
苦みは毒といった危険を感じさせるので。
「おいしい」という感覚は、
生きるための本能でもあるんですね。
- ──
- だから子どもはピーマンが苦手なのかな。
- 遠山
- そうかもしれないですね。
わらびとかふきのとうも
そんなにおいしいとは思えなかったり。 - でも、大人になるにつれて、
だんだん
苦みや酸味もおいしく感じるようになる。
年齢とともに味覚が少しずつ変化し、
経験を重ねることで、
味わいを深く感じられるようになるらしくて。
- ──
- なるほど。とにかく、いただいてみます。
まずは昆布のスープから‥‥
あ、冷たい。で、意外に濃いっていうか。
- 遠山
- はい。お吸いものとくらべると、
4倍くらいの量の昆布を煮出しています。
だから、
かなりしっかりした味になっています。
「これで0.9パーセント?」
と思われるかもしれませんが、
温度が高くなると、
塩分濃度もゆるく感じる傾向があります。
羊水は体温に近いので、
赤ちゃんは、
もう少し柔らかく感じているはずですね。
- ──
- はあ、こういう液体に包まれていたのか。
かつて、ぼくらは。
- 遠山
- 包まれていただけでなく、飲んでいました。
わたしたちを外側から包んでいた羊水は、
わたしたちを、
内側からも包んでいたんです。 - 羊水って、究極の「包む食」なんですよ。
- ──
- あんまり飲んだことのない味のような。
でも、おいしいです。
- 遠山
- ここまで濃縮した出汁には、
たぶん、なかなか出会わないと思います。
それと、
軟水でとっているので成分が出やすい。 - ミネラルが豊富で硬度の高い土地の水は、
昆布の旨みが引き出されにくいんです。
●企画展「スープはいのち」展示風景より《はじまりのスープ》
- ──
- だから軟水の関西では昆布出汁が栄えて、
水の硬度の高い関東では
昆布だけでは旨みが足りないから
カツオの風味などを足す文化があるって、
展示にもありましたね。
- 遠山
- 土の成分によって水の質が変わるんです。
だから、出汁の味って、
水の味であり、土の味でもあるんですね。
- ──
- では‥‥ふたつめのスープをいただきます。
ん、おいしい‥‥と思います。
- 遠山
- ありがとうございます(笑)。
- ──
- いや、じつは‥‥自分は玉ねぎが苦手で、
ほとんど口にしたことがないんですけど、
いまわりと
ココロのなかで意を決して飲んでみたら、
こんなに甘いものなんだ‥‥と。
- 遠山
- はい、玉ねぎだけで
これだけの甘みと旨みを出せるんですよ。
水も使っていません。
蒸してトロトロした玉ねぎを、
ミキサーにかけているだけなんです。
先ほど言ったように、
少しホエイは入れているんですけれども。
- ──
- どうしてもダメな玉ねぎなんですけれど、
いま、無理やり飲みましたが、
なんでだろう‥‥飲めてしまった‥‥。
新しい扉が開いたかもしれない(笑)。 - ちなみに、ホエイも味がするんですか?
- 遠山
- ヨーグルトを柔らかくしたような味です。
酸っぱ甘い‥‥くらいでしょうか。
他に牛乳と生クリームを
少しだけ加えてのばしているんですけど、
ほぼ玉ねぎだけの旨みです。
- ──
- 飲ませていただいたふたつのスープには、
どこか「いのち」を感じますね。 - もう、だいぶ昔‥‥15年くらい前に
『天のしずく 辰巳芳子 "いのちのスープ"』
という映画を観たことがあって、
遠山さんもご存知だと思うんですけど、
そこでは
死にゆく人が唯一口にするスープの話が
出てきますよね。
- 遠山
- ええ。
- ──
- それは「ただ玄米を煮出したスープ」で、
辰巳さんは「おつゆ」と呼んでましたが、
ぼく自身は飲んだことはないものの、
きっと薄味で、やさしくて、
あたたかくて、
やわらかい飲みものなんだろうな‥‥と
想像していたんです。 - でも、いま、飲んで「いのち」を感じた
遠山さんのスープは、
しっかり味がして、キリッと冷たくて、
「いのち」の
しなやかで強い側面を感じたような気が。
- 遠山
- ありがとうございます。
- ただ塩分濃度で言うと、玉ねぎのほうは、
これでも「0.6パーセント」ほど。
コンビニなどのお惣菜は、
1.2とか1.5くらいあったりするんです。
- ──
- へええ、そうなんですね。
- 遠山
- 人がおいしいと感じる塩分濃度は、
本来、0.8から1パーセントくらいと
言われていて、だから
もっとおいしさを感じさせるために、
コンビニのお惣菜では、
ポテトサラダなどにも
お砂糖を入れていたりとかするんです。
- ──
- このスープは、そういうことをしてない。
でも、これほど「しっかり感」がある。
- 遠山
- 昆布を煮出すだけ、玉ねぎの甘みだけで、
じゅうぶん旨みを感じられるんです。
- ──
- 意外でした。
玉ねぎを食べられたこともふくめて‥‥。
- 遠山
- はい(笑)。この玉ねぎのポタージュは、
新玉ねぎの時期にしかつくれないレシピ。
この時期の玉ねぎは、
水分も豊富に含まれているし、甘いので。
- ──
- ご自身でも、よくつくるんですか。
- 遠山
- わたしの中では、いちばんの定番ですね。
新玉ねぎの時期には、かならず。
●2003年に、遠山さんがルーマニアの農民博物館で見つけたポストカードから展覧会ははじまる。1900年に撮られた写真で、どこかの村の農民が土の器からスープを食している。人は食によって共在すること、世界各地に「最小限の衣食住」が存在すること、スープは時間を超えて存在してきたこと。もともと「わかちあうもの」としての、そして食の象徴としてのスープの姿。
(つづきます)
撮影:福冨ちはる
2026-07-29-WED
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最初、「スープ」をテーマに
どんな展覧会がつくれるんだろう‥‥と、
興味津々で会場へ向かいました。
実際、1度目に会場をめぐったあとには、
ぼんやりと感じていた
スープの魔法的な力を感じたりして、
おもしろかったんだけど、
不勉強で未消化の部分も多かったんです。
でも、遠山さんの話を聞いたら、
一気に展覧会に対する解像度が高まって、
2回目は、いっそう楽しめました。
スープをきっかけにいろんなことを考える、
そんな展覧会に興味を持たれた方は、
この連載を読んで
遠山夏未さんのあたまの中をめぐってから
会場をぐるっとめぐると、
きっと、いっそうおもしろいと思います。
開館時間や休館日などは、
公式サイトでチェックしてみてください。