
「平安時代だったら美人だった」。
そう言われて
「いまと昔で顔の評価はどう違うのだろう?」
と疑問に思った永井久美子さんは、
平安の文学や絵画に興味を持ち、研究の道に進みました。
歴史を辿り、美の基準はさまざまな要因で
揺れ動くものだと知ったことで、
自分を縛っていた価値観から
自由になったという永井さん。
自分自身の美しさを見つけさせてくれる
その学びを、おすそ分けしてもらいました。
永井久美子(ながい・くみこ)
東京大学大学院総合文化研究科准教授。
専門は比較文学、日本古典文学で、
主な研究対象は、絵巻物など
平安朝文学の絵画化作品。
論考に『「世界三大美人」言説の生成
――オリエンタルな美女たちへの願望』
(東京大学ヒューマニティーズセンター、
2020年)、「紫式部の近代表象」
(『鹿島美術財団年報』2016年)など。
- ──
- きょうは、
永井先生に「平安時代の美しさとは」を
おうかがいしたくて参りました。
そもそも、永井先生が
平安時代を研究したいと思われたのは、
なぜなのでしょうか。
- 永井
- 子どものころから「顔立ちが和風だ」
「平安時代風だ」、なんなら
「平安時代だったら美人だったのに」と
言われることがよくあったんです。
それがきっかけで、
平安時代の絵の顔に親近感を覚えましたし、
その評価についても
思うところがありました。 - 思春期のころに
「顔が平安時代風だ」と言われると、
こう申してはなんですが
「古臭いと言われたんだろうか」と、
モヤっとしてしまったんです。
「『平安時代だったら美人だった』
ということは、過去形なのか....」
とか(笑)。 - そのときに、「平安時代の顔」とは
どのようなものなのか、
あるいは、昔といまで顔の評価はどう違うのか、
といったことに素朴に疑問を持ったのが、
私の研究の原点だと思います。
- ──
- そうだったんですね。
じつは、私も中学生くらいのころに
「顔が平安時代っぽい」と
悪口の文脈で言われた苦い思い出があります。
でも、永井先生は
平安時代を嫌いにならず、
逆にがっつりと平安研究へと
向かわれました。
それは、平安のものに美しさや
心惹かれるところを
感じたからなのでしょうか。
- 永井
- そうですね。言われてみれば確かに、
「平安時代の顔に似ている」と言われて
平安を嫌いになる可能性も
あったかもしれません。
でも私は、本で絵巻物を見たときに、
「きれいだなあ」と思ったんですね。
絵巻に描かれた姫君も、
私にはきれいに見えたんです。
ですので、たぶん好きなんだと思います。 - それに、平安顔は「古い」と
言われるわりに、
着物などは好まれるじゃないですか。 - 京都に代表されるような
平安文化には好意的なのに、
どうして顔だけは否定的に捉えられるのだろう
――それも不思議でした。
そして次々と疑問が湧き、
研究するようになりました。 - なので、自分の場合は、
「平安時代っぽいと言われて複雑だ」
という気持ちを、
好奇心が上回ったのかなあと思います。
- ──
- そうなんですね。探究心が上回っていれば、
私も研究者になれていたかも(笑)。
- 永井
- ふふふ。
- ──
- 平安時代の顔というと、
よく教科書に載っている、
色白でちょっとしもぶくれな輪郭に、
切れ長の目とおちょぼ口、
というイメージがあります。
- 永井
- おっしゃるとおりです。
専門用語では、
そのような顔の描き方のことを
「引目鉤鼻(ひきめかぎはな)」と申します。
シュッとした切れ長の目に、
くの字のようなシンプルな鼻。
そして小さめの口、というのが
平安貴族の高貴な顔立ちだと
言われています。 - ただ、踏まえておかなければならないのは、
絵はあくまでも絵である、ということです。
あたりまえですけれども、
いまの漫画にある、
たとえば目がすごく大きくて
星が入っていたりする顔は、
あくまで漫画的な強調であって、
リアルではありませんよね。 - なので、平安時代の人も、
絵巻物に残っているような
引目鉤鼻だったかというと、
そうとは言い切れません。
当時の、
「鼻はあまり存在感がないほうが美しい」
「強すぎる特徴がないほうがよい」
といった価値観を反映して描かれた表現だと
受け取るべきだと思います。
- ──
- 絵にも、時代ごとの
流行があるということですね。
実際のところ、平安時代には、
当時の絵に描かれていたような
引目鉤鼻が美人だとされていたと示す
史料などはあるのでしょうか。
- 永井
- それを見つけるのが、
ほんとに難しいんです。
『源氏物語』などを読んでみても、
美しさの記述は非常に象徴的で。
「桜の花のように美しい」
といった表現が多く、
具体的にどう美しかったのかは
あまり書かれていないんです。
光源氏も「光るように美しい」のであって、
どう美しいのかは
はっきりとはわかりません。
だからこそ読者の想像にゆだねやすく、
映画化の際には、
そのときどきに人気のある俳優さんが
演じることができるのだとも思いますけれど。
- ──
- たしかに、誰が演じても
「解釈違い」は起こらなさそうですね。
- 永井
- 「自分にとっての光る君」で
いいんです、きっと。
強いて言えば、「光源氏は首が細い」と
書いてあるところがあります。
ただ、それは、光源氏が
自分につれない女性に
「頑丈で頼りがいがある
ちょっと田舎めいた年配者に比べて
私は若くて首が細いから、頼りないと
思うのでしょう」と言う場面なんです。 - つまり、首の太さそのものが
重要だったというよりも、
若々しさや繊細さ、そして身分の高さや
「みやびやかであること」が、
貴族の社会では重視されていたのだと思います。
- ──
- みやびやかって、
どんなことを指すのでしょうか。
- 永井
- 現代風に言うなら、気品があるとか
上品だとか、「品」という言葉に
象徴されると思います。
平安時代は、
引目鉤鼻がぽっちゃりした輪郭の顔に
描かれたことが多かったように、
丸みのある体型が美しい
とされる傾向はあったようです。 - とはいえ、やせ細っているのは
美しくないかというと、
そうでもありません。
光源氏の妻で、
たいへん美しい女性であったとされる
紫の上という方は、亡くなる直前に
「若い頃はたいへん華やかな方だった。
いまはやせ細られた。
でも、それはそれで儚げな美しさがある」
というふうに記述されています。 - ですから、
体型の太い・細いが問題だったというよりも、
見た目を通して品格が感じられるかどうかが
重要だったのではないでしょうか。
(明日に続きます)
聞き手:下尾苑佳
書き手:松本万季
デザイン:加藤千恵子
2026-10-06-TUE
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