私立灘高等学校のある生徒さんから、
糸井重里に依頼のメールが届きました。
それは「あのメール、すごかったね」と
社内で話題になったほど、
熱意と真摯さのあふれた文面でした。
彼の依頼をきっかけに、灘高校の
「ひときわ癖ある、議論好きな生徒」さん18名と、
糸井が言葉を交わす場が実現。
全員で、粘り強く答えを探すことそのものをたのしみ、
ほかにない対話をかたちづくりました。

この対談の動画は 「ほぼ日の學校」でご覧いただけます。

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第1回 ふたつとない。

糸井
(マイクを付けながら)
もう始めちゃおうか。
Iさん
はい、よろしくお願いいたします。
僕は、灘高校の新高校3年生のIと申します。
本日はお招きいただき、
どうもありがとうございます。

乗組員たち
(拍手)
糸井
こちらこそ、ありがとうございます。
みんな、仕事をサボって聞きに来ています。
一同
(笑)
糸井
いままでいろんな方が来てくださりましたが、
こんなに乗組員たちが
緊張して待っていたのは初めてです。
あ、でも、一度だけみんなが
ずーっと待ち構えていたときがあって、
それは木村拓哉さんが来た日でした。

糸井
みんなは「大人は平気なんだろうな」と
思っているかもしれないけれど、
きょうは大人も緊張しています(笑)。
それはなぜかというと、みなさんが、
可能性に満ちた大事な宝だからです。

Iさん
光栄です。
今回、僕が糸井さんに依頼状を
お送りした理由は、
高校一年生のときに「ほぼ日」に出会い、
メディアとしてのあり方に
衝撃を受けたことでした。
糸井さんの対談や、
ほかの方のインタビューを読んで、
書き手の「好き」という気持ちが
文字に現れているのを感じて‥‥
そういうふうに、個人の「好き」を会社として
しっかりと形にしているところに
強く惹かれています。
なので、ほぼ日のみなさんから
ご承諾のお返事をいただいたときは、
うれしくて叫んでしまいました。

Iさん
事前に糸井さんへの質問事項をお送りしましたが、
それはあまりお気になさらず、
会話の流れにまかせて
お話しさせていただければと思います。
糸井
わかりました。僕も、そのほうがありがたいです。
僕はいつも、対談の前に答えを用意しないんです。
実際に会ったとき、新鮮にやりとりができるように、
ある程度話すことを考えたところで、
いったん考えを止めます。
どんなにいい答えを思いついたとしても、
なるべく忘れるようにしています。
みなさんも、頭のなかで
「こんなことを話そう」と
準備してきたことがあるかもしれませんが、
なるべく、いまここで思ったことを
大事にしてください。
「そうじゃないよ」と突っ込みたくなる
話になったとしても、
それは広がる余地を持っているということなので、
突っ込みどころはあればあるほどいいです。
「こう来たらこう出る」と
予想していたとおりにはならず、
「思わずこう言ってしまった」ような言葉が
たくさん出る場になればいいなと思っています。
ということで、とにかくやってみましょう。

Iさん
はい。僕がいま一番気になっていることは、
「ほぼ日は、次はなにを始めるんだろう?」
ということです。
僕たちが生まれる前から更新しているほぼ日ですが、
「生活のたのしみ展」や「老いと死」特集など、
常に新しいことをしようとしている印象を受けます。
糸井
ほぼ日がいつも変化していることや、
新しいものを考えようとしていることは確かです。
でも、じつは、なにか始めるときは毎回
「『ほぼ日はもうだめだ』と言われるかもな」
という気持ちがあるんです。
それは僕たちだけではなくて、
ほかのいろいろな業界を見ていても、
「なんとかして、絶対に新しいものをつくろう」
という考えから新しいものが生まれることは、
あまりないように感じます。
自分にも、仲間たちにも
「新しいものを出そうよ」と言うことは
よくあります。
誰かが、あまり代わり映えのしない
アイデアを出してきたときは
「それではおもしろくないね」と意見もします。
でも、
「少しでも『あ、これ、いいかも』と感じるものを
試してみたい」という気持ちのほうが、
僕のなかでは大きいんです。
新しいかどうかを試すよりも、
試すこと自体をのびのびと喜べるような場面を
つくるほうが重要なのかもしれません。

糸井
いま例に挙げてくれた「老いと死」特集も、
テーマそのものは、まったく新しくないですよね。
きっと、人類は二足歩行を始めたころから
「老いと死」を考えていますから。
だから、ほぼ日が
「『老いと死』をテーマにします」と
言い出したとき、
「そんなこと、大昔からみんな考えてるよ。
いまさら、なに?」
という反応があってもおかしくなかった。
だけど、僕ら自身が
「死について、このあたりのことは
読んだことがないな」とか、
「読んだけど、理解できなかったな」と思うことを
やっていけば、
きっといままでの人がやらなかった触り方の
「老いと死」特集になると思ったんです。
隣にいる人同士が、
ご飯食べたあとにおしゃべりするみたいに
「老いと死」のことを話したり。
あるいは、知識の水準が近い人たちが、
「老いと死についてはいろいろ考えてきたけど、
そういえば、この部分は考えたことがなかったな」
ということを話し合ったり。
そういったコンテンツができるとしたら、
すでに老いや死についての重要な考えとして
残っている思想以外の「老いと死」を、
自分の問題として考えられますよね。
たとえば、「老いと死」特集のなかで、
以前ほぼ日で働いていた人が
老人ホームに入ったという話がありました。
「自分はどう考えてどうしたか」という話は、
統計のなかではただの一例にしかすぎません。
だけど、あるひとりの話をよく聞いたら、
「自分と同じこと考えてるな。
あ、ここが考えの分岐点だったんだ。
じゃあ、自分はどうしようかな」と、
自分の問題としてとらえられるんです。
「年金の問題はどうなるのか」、あるいは
「人生100年時代を人間はどう生きるべきか」
といった一般的なテーマと違って、
死に対する個人的なイメージは話題になりにくいです。
でも、聞かれないからといって、
みなさんも「老いと死」について
考えていないわけではないと思います。
誰かひとりが
「自分にとって、老いや死はこういうイメージです」
と言い出すのをきっかけに、
みんなが考えを話し出すことで、
だれもいままで見たことのない会話が生まれます。

糸井
そう、「いままでにない会話」というものが
重要なのかもしれません。
「老いと死」特集の最初登場していただいた、
養老孟司さんのお話がまさにそれでした。
養老さんが「老いと死」をどう考えているかは、
すでにいろんな本に書いてあるんですよ。
実際に、対談当日にお話しくださったことも、
本の内容とずれていませんでした。
でも、それは「知っている話を聞いただけ」
ではなくて、僕たちは
「その日のその話の流れからしか出ない、
養老さんの話」を聞いたんです。
その1回しかあり得なかったことが起こった。
それは、いままで世の中になかった、
ある日のある時間が出現したということなんです。
その話をどういうふうに伝えるか、というところに、
僕たちの仕事があります。
つまり、新しさを求めなくても古くならない。
「いままでになかったこと」
「その場所でなければありえなかったこと」は
身の回りに数え切れないほどあります。
たとえば、Iさんが生まれてから
きょうに至るまでに、
ある曲がり角を曲がったか曲がらなかったかで、
変化した未来があると思います。
同じあみだくじは二度と引けない、
そのことの貴重さみたいなものを、
僕らは大事にしようと思っているんです。
新しさを目指してはいないけれど、
古くなる心配はいつもしています。
「変わらない」というのは、
究極的に言えば、死んでしまうことなので。
最後はみんな同じく死ぬとしても、
そこまでは全員違います。
その違いを、なんていうかな、
大事なことだと思ってるんです。
「ふたつとない」ということを。
同じように見えるものでも、
ほんとうに同じものはふたつとないんです。
そのような前提でものごとを考えると、
「新しくなければ」というプレッシャーから、
いつの間にかひょいっと逃げることができています。
ほぼ日の「新しいことをやる方法」は、
そうやって身につけてきたものだと思います。

(明日に続きます)

2025-06-06-FRI

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