1989年に発売された第一作目の『MOTHER』には、
オフィシャルのイラストがありません。
そのかわり、粘土でできたフィギュアがあります。
そしてもちろんゲーム中のドット絵も。
これらのビジュアルについて、
製作者の糸井重里はしばしばこう言ってました。
「もととなる絵は、南伸坊に描いてもらった」と。
元ガロの編集長にして、エッセイスト、
そしてイラストレーターとしても活躍し、
糸井重里の雑談友だちでもある南伸坊さん。
‥‥あなたは、『MOTHER』の絵を描いたのですか?
長年、なぜか誰も追求しなかったこの謎を、
はっきりさせるべくインタビューしました。
後半、糸井重里も乱入します。

>南伸坊さんプロフィール

南伸坊(みなみ・しんぼう)

1947(昭和22)年、東京生れ。
漫画雑誌「ガロ」の編集長を7年間務めたのち、
1980年からフリーのイラストレーター、
エッセイストとして活動を開始。
赤瀬川原平らと路上観察学会も設立。
伊丹十三賞の選考委員も務める。
著書に『大人の科学』『仙人の壺』『本人の人々』など。
1989年に発売されたRPG、
『MOTHER』のキャラクターデザインを務めた、はず。
ほぼ日には「黄昏」シリーズなどで
しばしば登場してくださっています。

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第4回 両方を行き来したゲーム

──
『MOTHER』のキャラクターデザインに関して、
糸井さんは以前から、ロバート・クラム
(1960年代アメリカの
アンダーグラウンド・カルチャーを
代表する漫画家、イラストレーター)の
影響を受けた面があるとおっしゃってましたが、
伸坊さんは糸井さんと
そういう話をしていたんでしょうか。
たしかにロバート・クラムの感じはあるね。
でも、ぼくはロバート・クラムの本とかは
持ってなかったしな。もしかしたら、糸井さんが、
『Cheap Thrills』(ジャニス・ジョップリン)の
ジャケットのイラストを見せてくれたかもしれない。
糸井
でも、思えば、ロバート・クラム自体が
パロディなんだよね。
昔のアメリカンコミックの再構築とか、
アンチテーゼなわけだから。
それも、主張があるというよりは、
何でも描いちゃうというか。
彼は上手いから、どんな仕事でも
引き受けて描いていたみたいで。
そうそう、アングラの人なんだよね。
糸井
基本はアングラなんです。
ぼくはジャニス・ジョプリンの
『Cheap Thrills』のレコードジャケットで
ロバート・クラムの名前を知って、
そこから彼の活動をさかのぼっていったんだけど、
最初からパロディをずっとやっていた人なんだよ。
そういう意味では、
『MOTHER』もアングラだったよね(笑)。
糸井
そうそうそう。
──
発売された1989年ごろは、
社会的な話題になったとはいえ、
RPGもゲーム自体も
まだまだ一般的ではありませんでした。
糸井
ぼくがやってた仕事でいうと、
コピーライターっていう仕事はオーバーグラウンド。
で、ゲームづくりはアンダーグラウンド。
コピーライターの仕事が終わったあとに、
ゲームのテキストを書いて、メールなんてないから、
オートバイで届けに行ったりしてた。
思えば、オーバーグラウンドとアンダーグラウンドの
両方を行ったり来たりしてた。
──
なるほど。たしかに『MOTHER』は
両方が混ざっている感じがします。
糸井
あのころ、両方を行き来したものでいうと、
パルコが劇団天井桟敷のメンバーにつくらせた
「ビックリハウス」という雑誌があったよね。
ああ、あれは両方だ。
糸井
あれは商業活動であり、アングラだったよね。
自分にとっては
「ビックリハウス」の存在はすごく大きかった。
当時のものづくりにもすごく影響したと思う。
──
やっぱり『MOTHER』って、
オーバーグラウンドとアンダーグラウンドを
行き来するゲームだったんですね。
糸井
そうだね。
まあ、伸坊といっしょにやっている時点で、
すでにちょっと道をはずれてるんですよ。
ははははは。
糸井
そもそも、ぼく自身がゲームの人じゃなくて、
ゲームの世界を知らなかったから、
いざつくるというときほんとうに困ったわけ。
それで自分がやりたいことを実現するには、
友だちの力を借りることが重要だと思ったんだよね。
だから、音楽を鈴木慶一に頼んだりさ。
ああ、そうだね。
糸井
ゲームミュージック界の人じゃない人に頼んだ。
それと同じように、
伸坊にキャラクターデザインを頼んだ。
おかげで、いろんなものが混ざったというか、
ミックスした作品になったんです。

──
『MOTHER』がほかのゲームと似ていない、
特別な作品になった理由がわかった気がします。
それでは、最後に伸坊さんにお聞きします。
完成した『MOTHER』はプレイしましたか?
してない。
というより、「できない」んですよ。
糸井
だいたい、ゲーム機をもってなかったでしょ?
伸坊はそういうものを何も持ってないもん。
うん(笑)。
──
『MOTHER』のソフト自体は‥‥?
あ、もちろんパッケージは届いた。
それは覚えてます。
でも、「ゲームだからなー」と思って。
糸井
そっとテレビの上に置いといた?
そうそう(笑)。
──
しかし、冒頭でも言いましたが、
伸坊さんがお描きになったキャラクターは
いまだに世界中のファンから愛されてるんです。
糸井
そうだねぇ。
それは、糸井さんがえらいんですよ。
糸井
まあ、それはそれとしてね(笑)。
オレには関係ないから(笑)。
糸井
あっしには関わりのねえことでござんす。
はははは。

糸井
だって、もう何年? 発売が37年前?
つくっているのはもっと前だから‥‥。
40年くらい経つんだねぇ。
ついこの間のことみたいだけど。
──
40年はあっという間ですか。
あっという間です。
ついこの間、描いたみたいな気持ちですよ。
──
描いた気持ちになっているところで、
伸坊さんにたいへん勝手なお願いがあります!
『MOTHER』の主人公の少年を、
いまの感覚で、描いてもらえませんか?
え。あ、はい。わかりました。
──
やった!
糸井
いいね(笑)。

▲南伸坊さんから後日届いた、
『MOTHER』の主人公、つまりニンテンの現代版。
すごくいいですよねぇ。感想をお伝えしたら、
「わあ、よかったあ。どんなだったかうろ覚えだし、
ゲームしてた人のイメージがどうなのか、
やってないんでわかんないしでちょっと心配でした。
安心しました」とのことでした。
伸坊さん、ありがとうございました! ▲南伸坊さんから後日届いた、 『MOTHER』の主人公、つまりニンテンの現代版。 すごくいいですよねぇ。感想をお伝えしたら、 「わあ、よかったあ。どんなだったかうろ覚えだし、 ゲームしてた人のイメージがどうなのか、 やってないんでわかんないしでちょっと心配でした。 安心しました」とのことでした。 伸坊さん、ありがとうございました!

(お読みいただき、ありがとうございました)

2026-07-30-THU

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  • 編集:志田英邦

     

     

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