
元気な男の子ふたりを育てる
シングルマザーのなおぽんさん。
ふだんは都内ではたらく会社員ですが、
はじめてnoteに書いた文章が話題になり、
SNSでもじわじわとファンを増やしています。
このたび月1回ほどのペースで、
子どものことや日々の生活のことなど、
なおぽんさんがいま書きたいことを、
ちいさな読みものにして
ほぼ日に届けてくれることになりました。
東京で暮らす親子3人の物語。
どうぞ、あたたかく見守ってください。
石野奈央(いしの・なお)
1980年東京生まれ。
都内ではたらく会社員。
かっこつけでやさしい長男(13歳)と、
自由で食いしん坊な次男(9歳)と暮らす。
noteに投稿した初めての記事が人気になり、
SNSを中心に執筆活動をスタート。
好きなものは、お酒とフォートナイト。
元アスリートという肩書を持つ。
2026年2月、犬の千代子が家族になる。
note:なおぽん(https://note.com/nao_p_on)
Twitter:@nao_p_on(https://twitter.com/nao_p_on)
「ぼくのすべての宿題は、教室においてきた!」
どこぞの海賊王のような次男の宣言で、
今年の夏休みも幕を開けた。
保護者面談で次男の教室を訪れると、
担任の先生から茶封筒に収められた
「ひとまとまりの宿題」を手渡された。
それをワンピースと呼ぶべきか。
小学校の保護者面談は、
長男の分も含めればもう7年目。
慣れたものだ。
「学校に来られるようになりましたね」。
3年生から持ち上がりの先生が微笑んだ。
たしかにそうだった。
次男は4年生になってから友人関係も広がったようで、
不登校で暴れる彼をフルネルソンホールドで説得しながら
学校に通わせた日々がまるで嘘だったかのように、
今では毎日楽しく学校に通っている。
学校に行けるようになれば、
今度は学校生活をきちんと送れているのかが気になる。
「ずっと窓から遠くを見ているんです」。
授業中に歩きまわるような問題行動はないらしい。
かといって真面目に授業に取り組む様子もなく、
ぼんやりしているという。
「どこを見ているんでしょうね」。
そう言って、先生も窓から遠くを見ていた。
わたしも、遠くを見ていた。
一方、兄は中学に進み、はじめての三者面談。
優秀な兄。
直前のテストもまずまずの成績だった。
とくに心配もなく長男と教室に向かうと、
ボリューミーなパーマに、デザインカットの髭。
いかにも「サッカー部顧問」といった風貌の担任が、
腕を組んで構えていた。
熱い。
熱血漢のオーラがじりじりくる。
このタイプを、長男が苦手としていることは知っている。
暑苦しいほどの体育会系は、
母の存在だけでお腹いっぱいなのだ。
案の定、やや下を向いている長男に、担任は言い放った。
「明日やろうは、馬鹿野郎だ!」
突然の決めゼリフに続いて、
提出物がまったく提出されていないこと、
授業中に寝ていること、
身だしなみがだらしないことなどなど、
想像もしなかった秘孔を突く連続攻撃がくり出された。
よもやの北斗神拳に、母子ともアベシの声も出ない。
優秀な兄よ、どこへいった。
完膚なきまでに打ちのめされた無言の帰り道、
うだるような暑さがさらに増したようにさえ感じた。
とはいえ、男子は懲りない。
すっかり面談のことなど忘れて夏休みを謳歌し、
勉強する気配のない息子たち。
ダイニングでふたりの向かいに座り、
夏休みの課題をどんと並べた。
じろりとにらむと、鉛筆を握る。
後ろを向くと、ふたりで消しゴムを黒く塗りつぶしている。
どれだけ怒られても、
「だるまさんが転んだ」式でしか宿題が進まない。
「ナメてんのか!」
佐山聡ばりにヒートアップするわたし。
響きわたる怒号は、どちらの心にも届く気配がない。
日々、暑さだけが増していく。
ある日、仕事から帰り、玄関の扉を開けたとたん、
二階からけたたましいセミの鳴き声が聞こえてきた。
なぜ。
頭の理解が追いつかないうちに、
目の前を、クロベンケイガニが通過していく。
なぜ。
なぜ、そんなものが室内に。
ひとつひとつが、暑苦しくのしかかってくる。
玄関には、ふたりのカバンと野球道具が散乱している。
そこから、くつした、ズボン、シャツ、パンツが
点々と落ちていて、たどった先には、
裸のヘンゼルとグレーテル。
疲労とともに、わたしの体感気温がまた上がっていく。
彼らの説明によれば、
二階の子ども部屋に大量に放たれたセミは、
「希少なセアカ型のアブラゼミも採れたから
セミ園をつくったの」だそうだ。
ついでに荒川土手で捕まえた
クロベンケイガニの養殖所もつくりたいという。
理解不能である。
1%でいい。
その情熱を夏休みの宿題に向けてくれないか、
アホ男子たちよ。
そんな願いはむなしい。
子どもが大きくなれば、
心穏やかに日々を送れる。
夏も涼やかに過ごせる。
そんなものは幻想だった。
もうあきらめて、酒が進むばかりである。
わたしにとって今、唯一の癒しが趣味のプロレスだ。
ビックイベント目白押しの夏、
新日本プロレス「真夏の最強戦士決定戦・G1CLIMAX」
決勝、両国国技館のマス席は早々に確保した。
しかし、周囲は冷ややか。
WWEですっかりプロレスにハマった息子たちも、
ストロングスタイルを語りだす母には冷たい視線を向ける。
会社では、プロレスの話をしたら、
「プロレスハラスメントですよ」と言われる。
わかってくれとは言わないが、
そんなにプロレスが悪いのか。
いや、違う。
きっとわたしの熱が暑苦しいのだ。
結局、周辺の気温を無駄に上げているのは、
息子たちだけではなかった。
8月11日の朝。
東京では台風接近のニュースが流れていた。
このところ、始発電車での勤務が続いていて、
祝日くらいは遅くまで寝ていようと決めていた。
しかし、ふと思い出した。
その日は、ずっと気になっていた
DDTプロレスの両国国技館大会の日だった。
どうしても気になって興行情報をチェックすると、
そこには、「当日券があれば小学生無料」の文字。
ふと、長男の担任の言葉が頭を過ぎった。
「明日やろうは、馬鹿野郎だ!」
そうだ。
行きたいなら、今日も行けばいい。
「今からプロレス観に行くよ!」
次男に声をかけると、
よく考えもせずに「行こう!」とのってくれた。
「両国まで総武線かな。大江戸線も捨てがたいな」。
どうやら目的が異なるようだが、
俄然、次男もはりきっている。
台風予報にもかかわらず、
当日券売り場は長蛇の列だった。
なんとかチケットを手に入れ、
足立区出身・平田一喜選手の
電球がチカチカ点灯するサングラスとTシャツを
お揃いで買った。
その場ですぐに着替えて、会場への入り口をくぐる。
次男は広大な観客席を見渡し、
「ふわーーーー」と、声にならない声をあげた。
指定のマス席を見つけると、大の字になって寝転がり、
そのまま試合開始までぐっすり眠った。
目的を完全に見失っている。
興行が始まると、
はじめは爆音と光の演出に落ち着かずキョロキョロしていた。
やがて、ぼんやりとリングを眺め始めた。
興奮しているようでもない。
楽しんでいるようでもない。
教室でも、こんなふうに窓の外を見ているのだろうか。
その視線のさきに、君は何を思うのか。
わたしには、やっぱりわからない。
つまらない時間をやり過ごしているのだろうか。
興味のない子を、わたしの熱と勢いで
無理やり連れてきてしまったせいだろうか。
そんなことを考えていた。
ところが帰り道、
それまでぼんやりしていた次男が
突然、興奮した声をあげた。
「また絶対に来よう! プロレス面白い!」
わたしには何も見えていなかったけれど、
あの宙に浮いたような時間にも、
彼のなかでは何かが動いていたらしい。
何も考えていないように見えて、
本当はちゃんと見て、感じて、
彼なりに一生懸命、咀嚼していたのだ。
それを知れたことが、ただ、うれしかった。
これでまた、わが家の熱が増える。
今年も暑苦しい夏が終わらない。
きっと来年は、もっと暑苦しい。
けれどそれこそ、
世界でいちばん熱く光る夏、なのかもしれない。
Hold me tight, Darling.
8月の風に吹かれながら、
両国をあとにした。
イラスト:まりげ
2026-08-28-FRI