元気な男の子ふたりを育てる
シングルマザーのなおぽんさん。
ふだんは都内ではたらく会社員ですが、
はじめてnoteに書いた文章が話題になり、
SNSでもじわじわとファンを増やしています。
このたび月1回ほどのペースで、
子どものことや日々の生活のことなど、
なおぽんさんがいま書きたいことを、
ちいさな読みものにして
ほぼ日に届けてくれることになりました。
東京で暮らす親子3人の物語。
どうぞ、あたたかく見守ってください。

>石野奈央(なおぽん)さんのプロフィール

石野奈央(いしの・なお)

1980年東京生まれ。
都内ではたらく会社員。
かっこつけでやさしい長男(12歳)と、
自由で食いしん坊な次男(9歳)と暮らす。
はじめてnoteに投稿した記事が人気となり、
SNSを中心に執筆活動をスタート。
好きなものは、お酒とフォートナイト。
元アスリートという肩書を持つ。
2026年2月、チョコが家族になる。

note:なおぽん(https://note.com/nao_p_on
Twitter:@nao_p_on(https://twitter.com/nao_p_on

前へ目次ページへ次へ

Love me, love my dog.

Love me, love my dog.

直訳すれば
「わたしを愛して、わたしの犬も愛して」。
つまりは「わたしの全てを受け入れて」
という慣用句らしい。

人間ドックに行ってきた。
そう、冒頭の唐突な「ドッグ」の話題は
ここからきている。
「人間ドック」を予約した時点から、
頭の中のヤッターワンが動き出し、
「今週のビックリドッキリメカ発進! ワオーン!」
という声が、どこからともなく聞こえてくる。
そんなお年頃。

次男は、巨大なパンにはさまる母を想像したらしい。
それは、ホットドッグ。

このところ、
酔っぱらって家に帰ったわけでもないのに、
玄関先で倒れるように寝てしまうことが多くなった。

今の家の玄関は広々としていて、
ちょっと横になるのに心地よい。

靴を脱ぐなり、うっかり横になってしまう。
食事もまだ。
化粧もつけっぱなし。

いろいろとだらしない母に、
長男がそっと毛布をかけてくれる。
そして手に握っていたスマホを、
充電器に繋いでくれる。

長男のやさしさ、というより、
このすっかり熟れた対応に、心が痛む。

あまりにも抜けない疲労に、
いよいよ身体のことを
真剣に考えるようになった。

人生46年。
はじめての経験。

イメージとしては、
大きな手術台にくくりつけられ、
やめろ!やめろー!と叫ぶなか、
身体を改造される感じのアレ。

実際には、
多くの検査が採血だけで済んでしまう、
なんともお手軽な検査だった。

会社の健康診断は本来無料だ。
そこに三万円も自腹で追加しただけある。

せっかく受けたのだから、
何かひとつでも病気が早期に見つかれば、
やった甲斐がある。
いや、何もないほうが良いのだけど。
46年も酷使した身体なのだから、
何か見つかるだろう。

あまりにも呆気なく検査が終わったあと、
「胃カメラは別の場所に移動してください」
と案内された。
検査着から着替えて、徒歩数分の病院へ移動した。

胃カメラは、鼻カメラの方が細くて苦しくない、
と誰かから聞いた。
これもまた有料オプションだった。
有料なら間違いない。
そのときのわたしには、そんな慢心があった。

ほどなくして、鼻に何かを流し込まれた。
最初の液体は、サラリと喉奥へ流れ去った。
プールで鼻から水を飲むとあんなにツンと痛いのに、
この液体はなんてことない。
不思議だ。

「次のはすこしドロっとしています」。
いよいよ、麻酔らしい。
これが終われば、
あとは余裕で自分の胃の映像を
存分に楽しもうと思っていた。

ところが。
この液体はまったく入らない。
雲行きはあやしくなり始めた。

次に細いチューブを鼻に通され、
「どっちが入りやすいか教えてくださーい」と
若い看護師が言う。
どちらの鼻にも入っていかない。
手こずるうちに、先輩看護師たちも集まってきた。

ベテランは良くも悪くも思い切りがいい。
こちらの都合などお構いなしに、
チューブをぐいっと突っ込まれた。
「どうにかなりそうですけど、鼻腔がすこし狭いので、
ダメだったら口からですね」。
無理はしないでほしい。

ベッドに横になると、キッチンペーパーみたいなものが
顔の下に大量に敷かれていた。
登場した女医は、さっきの細いチューブとは
ぜんぜん異なる太さのカメラを持っていた。
ちょっと待て、話が違う。
そのカメラを右鼻に容赦なくつっこむと、
やはり難航し、今度は反対の鼻に勢いよくつっこんだ。

ちっとも入らない。
けれども、「なんとかやっちゃいましょう」と
グリグリ押し込んでくる。
「えい!」
子どものような掛け声で、
喉奥にカメラがずぶずぶと侵入してきた。
なんだこの拷問は。
たいがいの痛みには強いわたしが、
開始1分にして限界を感じていた。
もう、唾液やら、涙やら、なんやらで、
顔はぐちゃぐちゃだった。
背中をさすり続けていてくれる
美人看護師のやさしささえ、なんだかつらい。
思わずえずくと、
「ゲップは我慢して」と女医が冷たく言い放つ。
ちがう、ゲップじゃない。

どこかを抜けたら、楽になるのか。
そんな一縷の望みを抱くも、叶うことはなかった。
見たかった自分の体内も、
映し出されたモニターを見る余裕はまったくない。
そうこうしているうちにカメラは胃に到達した。

バクジョウイだ!

終始冷たかった女医のテンションがにわかに上がった。
はて。バクジョウイとは。
見て!バクジョウイよ!と騒ぐので、
看護師たちが集まってきた。
なんなんだ、バクジョウイ。
気になって仕方ない。
しかし聞くことさえできない拷問中。
バクジョウイなんてどうでもいいから、終わらせてほしい。
ちなみに、カメラの帰り道も拷問だった。

あとからGoogle先生に聞いたところ、
「瀑状胃」という胃の形の一種らしい。
どうでもいい情報だった。

結果はネットで。
今どきらしくQRコードを渡されたが、
2週間くらい経ったころ、会社に封書も届いた。
中には赤紙が入っていた。

「急ぎ、精密検査を受けてください」
血液検査でじつに6項目もD判定に引っかかっていて、
なかなか急を要する様子だった。

わたしとしてみれば、赤紙は人生二度目だし、
十数年前引っかかった一度目は、
「ガンの可能性」とまで書かれていたので、
今回はそこまでショックでもなかった。

結果は「貧血」で、
「しばらく様子を見ましょう」という軽い診断だった。

「ほら、やっぱり心配なかったでしょう」
と、のんきに笑う母とは対照的に、
息子たちはずいぶん心配していたようだ。

最近は、週末に漬け込んでストックしておいた肉を
平日には長男がフライパンで焼いてくれるし、
「貧血なんだから、ちゃんと食べなさいよ」
と注意までしてくる。
まるで実家の母みたいだ。
情けない話だが、だいぶ助かっている。

ある朝、
学校へ向かうふたりを見送っていると、
しばらく歩いた次男が、
おもむろに振り返って大声で叫んだ。

「母さん!
母さんがもし死んじゃったとしても、
ときどき、思い出すからねー!」

朝から、とんでもないことを言う。
近所の人は、どんな気持ちで聞いていたのだろう。
けれど次男なりに、検査を心配していたのだ。

その言葉を聞いて思った。

もし、わたしの身に何かあっても、
ときどき思い出してくれるのか。
それで、いい。
それが、いい。

Love me, love my dog.

それは、愛犬・千代子のことだけじゃない。
疲れて玄関で寝てしまうこともある。
胃は瀑状胃で、貧血もある。
子どもたちに心配ばかりかける、
だらしなくて頼りない母でもある。
そんな全部が、わたしという人間だ。

それでも、いつか
そのすべてを愛せる日が来るのだろうか。

わが家のお盆は、七月十三日が入りだった。

祖母が亡くなったばかりのころは、
悲しみばかりが胸にこみ上げた。
今は、ときどき、祖母の笑顔を思い出す。

母としては力不足、
子としても、孫としても、
ずいぶん親不孝をしてきた。

祖父母のお墓を掃除すると、濡れた草の匂いがした。
今年も猛暑の夏は始まった。

イラスト:まりげ

2026-07-27-MON

前へ目次ページへ次へ