
元気な男の子ふたりを育てる
シングルマザーのなおぽんさん。
ふだんは都内ではたらく会社員ですが、
はじめてnoteに書いた文章が話題になり、
SNSでもじわじわとファンを増やしています。
このたび月1回ほどのペースで、
子どものことや日々の生活のことなど、
なおぽんさんがいま書きたいことを、
ちいさな読みものにして
ほぼ日に届けてくれることになりました。
東京で暮らす親子3人の物語。
どうぞ、あたたかく見守ってください。
石野奈央(いしの・なお)
1980年東京生まれ。
都内ではたらく会社員。
かっこつけでやさしい長男(12歳)と、
自由で食いしん坊な次男(9歳)と暮らす。
はじめてnoteに投稿した記事が人気となり、
SNSを中心に執筆活動をスタート。
好きなものは、お酒とフォートナイト。
元アスリートという肩書を持つ。
2026年2月、チョコが家族になる。
note:なおぽん(https://note.com/nao_p_on)
Twitter:@nao_p_on(https://twitter.com/nao_p_on)
病室のカーテンのすきまから、
痩せた小さな足が
貧乏ゆすりしているのが見えた。
その日、わたしは
都内のがん医療センターにいた。
この病棟のどこかに父がいる。
連絡がとれないわけではない。
ただ、父も母もどうにもスマホが使いこなせず、
なかなか連絡がつかない。
この便利な令和の時代に、
父を飛び込みで探していた。
日曜日のナースセンターは、
明らかに人手が少なかった。
「お世話になっています」と声をかけても、
遠くから「どうぞ」と会釈されただけ。
父はどこですか、と聞ける空気ではなかった。
しかたなく、それらしい大部屋へ向かった。
入口の名前掲示をあてにして行ったが、
それもない。
カーテンのすきまを覗くのは気が進まなかったが、
父の名前を大声で呼ぶわけにもいかない。
こっそり、父のヒントを探した。
あるカーテンのすきまから見えた足。
細かくゆするその仕草に、父を思い出した。
貧乏ゆすりは、昔から父のクセだ。
短気な性格でもなく、イライラしているわけでもない。
それでも父は、いつも足をゆすっていた。
母はそのクセを
「みっともない」と恥ずかしがったけれど、
わたしには、威厳ある見た目の父が
足だけせわしなく動かす様子が、
どこか滑稽で、愛らしい仕草に見えていた。
細く小さな足が貧乏ゆすりするのを見て、
同じようなクセの人もいるのだな、と心のなかで微笑み、
病室を通り過ぎた。
今年のゴールデンウイーク。
長男は、地元の軟式野球チームに入団し、
はじめての合宿を予定していた。
友人たちと旅行気分でさぞ楽しみにしているかと思いきや、
わたしに「ついてきてくれ」という。
チームでは、一年生の親は帯同せず、
子離れで見守る慣習がある。
わたしも昨年まで学童野球で二年合宿に帯同したが、
今年は自宅待機のつもりでいた。
「羽を伸ばしてくればよいのに」。
そう言うと、長男は真顔で言った。
「ぼくの成長を身近で感じてほしい」。
ようは、不安なのだ。
甘えられて困るやら、頼られて嬉しいやら。
複雑な気持ちで「わたしも行きます」と手をあげると、
チームはかるくザワついていた。
ほどなくして、父が入院する、
という話が飛び込んできた。
大事な発表はいつも唐突だ。
母から「父、入院」とLINEが届いたあと、
丸い顔のキャラクターがぐぬぬと汗をかく
スタンプが送られてきた。
深刻度がまったく伝わらない。
詳しく聞こうと返信すると、
終日、既読がつかない。
実家まで行ったほうが早い。
しかし、直接説明を聞いても、
結局よくわからない。
父母それぞれが、病院の説明に
少しずつオリジナルの解釈を加えるので、
話の芯がぼやけていく。
最近は、できるだけイライラしないよう、
深呼吸をしてから対応している。
他人には優しくできるのに、
父母のこととなると、
わたしはいつまで反抗期なのだろうと恥ずかしくなる。
こんなとき、父母が「歳をとった」と痛感する。
昔は、わたしより父の方がよっぽど
パソコンやスマホに強かったし、
母の方がずっとテキパキしていた。
病状のことは、やはりよくわからない。
それでも、胃がんらしいとはわかった。
内視鏡で、ポリープを取るかのような説明だったが、
一週間の入院とは、ずいぶん長い。
どうにか日曜日に都合をつけて、
次男とがん医療センターへ向かうことにした。
お見舞いに行っても良いかとLINEを送ると、
めずらしくすぐに「気を遣わずに」と返信がきた。
つまり、来たら嬉しいという意味だ。
人間も、わが家の千代子(0歳犬)くらい
素直でわかりやすければいいのに。
六階の病棟、四人部屋。
わかっているのはそこまでだった。
ひと息整えてスマホを開くと、
「場所はどこ?」と送ったメッセージは、
いまだに既読になっていなかった。
消去法で、「貧乏ゆすり足」が見えた
向かい側の病室に山をはり、
カーテンをえいやと開けようとすると、
うしろから声がした。
「おお! 来たか!」
父だった。
わたしは、痩せ細った父の足を見て、
父だとわからなかったのだ。
気づけなかったショックと動揺で、
ふだんより余計にしゃべった。
父は嬉しそうだった。
一週間して、父は予定通り退院した。
経過は、あまり良くなかった。
すこし歩くにも息をきらしている。
細々と続けていた仕事も、
いよいよ限界かもしれないと、
父はしずかに笑った。
そんな状況で、
弟と千代子を預けて合宿に行くわけにもいかず、
今回の合宿はひとりで行ってきて、
と長男に伝えた。
長男は、がっくりと肩を落とした。
中学生になって急成長を遂げているのに、
ときどき赤ちゃんのような寂しがりかたをする。
そのことに、安心したりもする。
中学生になり、長男はみるみる変化している。
子どもの成長は早いものだが、
小学生のあいだはそれほど実感がなかった。
今は、日々、身長も顔つきも声も話し方も変わる。
千代子よりも成長が早い。
そんな時期なのだ。
嬉しいのに、心が追いつかない。
同じように、父母の老いも加速しているのを、
日々感じるようになった。
七十代後半にさしかかり、
そういう時期なのかもしれない。
そして、やはりわたしの心は追いつかない。
誰かが、親孝行は七十歳までにしろ、と言っていた。
それが早いのか遅いのかはわからない。
ただ、わたしにとって、
両親がこんなにも老いていくことは、
想像よりずっと早かった。
本当はいろいろなところに旅行に行きたかった。
美味しいものを食べさせたかったし、
特別な思い出も作りたかった。
父母への恩返し計画は二割もできないまま、
その時期が過ぎようとしている。
さて、わたしは今、
人生の山の、どのへんを走っているのだろう。
最近、長男から衝撃のひとことをもらった。
「母さん、再婚しなよ」
わたしは再婚を否定しているわけではない。
正直なところ、二度も結婚と離婚を経験していると、
諸々、面倒に思うところはある。
「今さら、この家のなかに知らない男の人がやってきて、
君たちのお父さんだって言われても、
君が反抗するんじゃないかな?」。
そう聞いてみた。
長男は、よく考えもしないスピード感で
「そんなことはないけど」と答え、続けた。
「息子がふたりもいるシングルマザーで、
あと四年で五十歳だよ。
そうなったら、さすがに相手は見つからないよ。
僕たちは、あと数年もしたら大学に行くか、
就職するかして、家を出るんだよ。
僕はね、そのあと母さんがひとりでいることが嫌なの」
息子にそんなことを
言われる日が来るとは思っていなかった。
息子から、先々を心配されるとは。
しかし、はたと思う。
父も母も、わたしに心配されるような日が
来るとは思っていなかったはずだ。
子どもは急に大きくなり、
親は気づいたときには小さくなっている。
人生の成長曲線は、あるとき急に折れ曲がる。
わたしにも、峠越えからの一気の下りが、
もうすぐ訪れるのだろう。
けれど、それを自分のこととして受け取るには、
まだどこか現実味が足りていない。
「君にそんな心配はさせないわよ」、
そう笑って誤魔化した。
誤魔化しながら、
病室で見た父の足を思い出していた。
あの小さくなった足と、
目の前の大きくなる息子たち。
見送る側から、見送られる側へ。
順番に渡されるそのタスキを、
わたしは今日も、握りしめて走っている。
イラスト:まりげ
2026-05-28-THU