元気な男の子ふたりを育てる
シングルマザーのなおぽんさん。
ふだんは都内ではたらく会社員ですが、
はじめてnoteに書いた文章が話題になり、
SNSでもじわじわとファンを増やしています。
このたび月1回ほどのペースで、
子どものことや日々の生活のことなど、
なおぽんさんがいま書きたいことを、
ちいさな読みものにして
ほぼ日に届けてくれることになりました。
東京で暮らす親子3人の物語。
どうぞ、あたたかく見守ってください。

>石野奈央(なおぽん)さんのプロフィール

石野奈央(いしの・なお)

1980年東京生まれ。
都内ではたらく会社員。
かっこつけでやさしい長男(12歳)と、
自由で食いしん坊な次男(8歳)と暮らす。
はじめてnoteに投稿した記事が人気となり、
SNSを中心に執筆活動をはじめる。
好きなものは、お酒とフォートナイト。
元アスリートという肩書を持つ。

note:なおぽん(https://note.com/nao_p_on
Twitter:@nao_p_on(https://twitter.com/nao_p_on

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吹雪のあとで

「もぉーしわけ、ございませんっ!」

平和に始まるはずだった週末の朝。
わたしは携帯電話を片手に、
身体を何度も深々と折り曲げていた。

息子たちは恐る恐る遠巻きに様子を見ている。
たえきれず次男が、
「母さん、何か悪いことしちゃったの?」
と、つぶやく。
すかさず、シッ!と兄が制す。
「ばか! 聞こえるだろ!」
その会話はちゃんとわたしにも届いている。
左耳からは、怒りに震える取引先の声、
右耳からは、息子たちのヒソヒソ声。
どこか遠くに消えてしまいたい気分だった。

息子たちにできるだけ心配をかけないよう、
電話先には謝りながらも、口角を無理やりもちあげる。
にこやかな表情をつくり、
口パクで(アッチニ、イッテナサイ!)と指示を出した。
ふと、竹中直人の「笑いながら怒る人」を思い出す。
「笑いながら謝る人」だ。
そんなサラリーマンの母を、
息子たちはどんな目で見ているのだろう。

わたしの仕事は代理店の営業マン。
ふだんは関東近郊を飛びまわっている。

シングルマザーへの気遣いもあって、
泊まりがけの出張はほとんどない。
しかし課長という立場上、
時々、とんでもないトラブルに巻き込まれる。

電話の向こうでは、
「このままじゃ大損害になるぞ」と
声を荒らげている。
土曜日。会社もメーカーも動いていない。
わたしひとりで判断できるような話ではない。
それでも、今ここで決断するしかなかった。

「北海道まで、製品をお届けに伺います」

扉のかげで、「ええーーー!」と声が上がった。
さっきまでアッチニイッテいたはずの息子たちだ。
案の定、すべて聞いている。

行き先は、北海道。
久々の長距離出張。日帰りは無理。
申し訳ない顔で兄弟を見ると、「ずるい」と言われた。

調べてみると運ぶ製品は
飛行機に持ち込みも預けもできないという。
北海道まで、陸路。
それを聞いた鉄道を愛する次男が、
「やっぱり、ずるい」と言った。

上野発の夜行列車、ではなく北海道新幹線。
特急を乗り継いで目的地まで約九時間。
十キロ近い荷物を肩にかけ、
わたしはひとり電車に乗り込んだ。

北へ向かう車内は誰も無口で、驚くほど静かだった。
新青森に着くころには、
気づけば周囲に誰もいない。
飛行機のほうが、早くて安いのだ。

トンネルばかりの道中、
電波が安定せず仕事もままならない。
途中であきらめ、ぼんやり宙を眺めていた。

北海道の思い出が、ひとつある。
若いころに付き合っていた人が、
北海道旅行の写真を見せてくれた。
「これがかの有名な北海道のくびれのとこ」と言う。
函館山から見えたのだそうだ。
あの北海道のくびれは、ざっと数十キロはあるはずだ。
どうやって、どの高さから撮った写真なのだろう。
たぶん、港の夜景の一部を勘違いしている。
けれど、わたしは「すごいね」と笑った。
その場のムードを壊したくなかった。
彼も誇らしげに、いつか行こうと言った。
誇る阿保に、笑う阿保。
結局、北海道旅行に行くことはなかった。

あれから四半世紀。
仕事で、陸路で、ひとりで、
北海道に行くことになるとは思わなかった。
人生は何があるかわからない。

トンネルを抜けると、吹雪だった。
旅立ちの日、
よりにもよって大寒波の襲来が
ニュースになっていた。
窓の外の景色は、どこか現実味がない。
心が追いついていなかった。

現地につく頃には、すっかり日も暮れていた。
ただ移動するためだけに一日が終わったか思うと、
人生を一日分どこかに落としてきた気がした。

寒さ対策には気合いを入れて、
極暖ヒートテックにウルトラライトダウン、
さらに分厚いダウンジャケットの重装備で臨んだ。
ホテルの部屋に入るときには汗をかいていた。
思い返せば、東京からここまで
「寒い」と感じた瞬間は一度もなかった。

北に着いてからの移動は、
ほとんどが室内で完結していた。
さすが北国の防寒対策は完璧である。
飲食街すらホテルのなかにあり、
部屋に荷物を置いてから、Tシャツ姿で歩いた。

観光シーズンなら人で溢れるであろうその場所も、
今は閑散としている。
横丁のように並ぶ居酒屋では、
店員が暇そうにテーブルを拭いていた。
北海道グルメを楽しむ余裕もなく、
適当に入った店のカウンターで、
サッポロクラシックを瓶で頼んだ。
じわっと、身体に沁みる。
三十分もせず、「ラストオーダーです」と声がかかった。
オフシーズンは、夜が早い。
とぼとぼと店を出た。

部屋に戻り、実家にいる息子たちに電話をした。
「あ、母さん?」
電話口の声は、驚くほどあっさりしていて、
まるで、隣の部屋にでもいるようだ。
「さびしいよー」なんてもう言わない。

そんなとき、息子たちの成長と同時に、
わたし自身も少し変化していると感じることがある。

以前は、彼らがお泊りをしてわたしがひとりになった夜、
寂しいとも不安とも違う、
内臓をひとつ置いてきてしまったような感覚に
襲われることがあった。
それは「常に母でいること」が、
わたしの身体の一部に
なりすぎていた時期だったのかもしれない。

今も彼らはまだ子どもだ。
それでも、彼らのすべてを抱え込まなくても
いいと感じる瞬間がある。
親と子、大人と子ども、という関係がゆっくりと熟し、
人と人として、信頼し合える関係へ、
少しずつ進んでいるのだと思う。

「雪はどう?」と息子に聞かれて、
そういえば、雪に触れてさえいないことに気づいた。
あまりにも暖かく快適で、北海道らしさがない。

夜、外に出た。
街灯の少ない道は真っ暗で、
雪は静かに、しかし確実に降り積もっている。
踏むこむたび、キュッ、キュッと音がする。
息を吐くと、白い煙が闇に溶けていく。
ほかに音はない。
はじめて歩く夜の街は、すこし怖くて、すこし楽しい。

危ないとか、寒さとか、明日の仕事とか、
そういう大人の判断をいったん脇に置き、
わたしは北海道を味わっていた。

こんなふうに、世界を面白がる感覚を、
最近また思い出すようになった。
きっとそれは、息子たちのおかげだ。
彼らはときどき、何の前触れもなく、
わたしを子ども時代へ引き戻してくれる。

部屋に戻り、フカフカのベッドにバタンと飛び込む。
ひとり大の字になっているうちに、
いつの間にか眠っていた。

翌日、仕事は無事に終わり、
たった一時間半で東京へ戻った。
あの胃が痛む九時間は何だったのか。

実家に迎えに行くと、
息子たちはいつも通り「おかえり」と言い、
わたしもいつも通り「ただいま」と返した。
そばで見ていた祖父母は、
すこし心配そうな顔をしていた。
もっと感動的な再会を
想像していたのかもしれない。

けれど、わたしたちはたぶん、
このままでいい。

ぎゅうっと抱きしめなくても、
言葉を重ねなくても、
家族としての信頼のなかに、ちゃんといる。
近くにいても、離れていても、
わたしたち家族の三角形は、崩れない。

夜になり、布団に入ると、
めずらしく二人が二段ベッドを降りてきて、
わたしの布団にもぐりこんできた。
息子ふたりに、はさまれて眠る夜は、
動きづらくて、寝苦しくて、あたたかかった。

イラスト:まりげ

2026-02-26-THU

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