みうらじゅんさんと糸井重里は、
40年以上のつきあいで、10歳違い。
なんだかんだでタイプのちがうふたりですが、
いろんな世界に飛び込んでは大きく口を開き、
何ごとも飲み込むようにつとめたことは、
共通項なのかもしれません。
いつもの思い出話からはじまり、
変わり目をともに振り返るおしゃべりは、
「ええかげんにしなさい!」
という漫才の最後の声がかかるまで、
終わることはありません。

>みうらじゅんさんとは

みうらじゅん

1958年、京都生まれ。武蔵野美術大学在学中に漫画家デビュー。
以後、作家、ミュージシャンなど多方面で活躍。
1997年にはみうらさんの言葉「マイブーム」が
新語・流行語大賞のトップテンに選出。
「ゆるキャラ」の名づけ親でもある。
2018年、仏教伝道文化賞沼田奨励賞受賞。
著書に『マイ仏教』、『「ない仕事」の作り方』
(2021年本屋大賞「超発掘本!」に選出)、
『アウト老のすすめ』、『ブツゾー・キッド』、
『老いるショック大賞』など

前へ目次ページへ次へ

第1回 どちらがボケですか?

糸井
こちらはみうらじゅんさんです。
会場
(拍手)

みうら
よろしくお願いします。
糸井
じつは会場に入る直前まで、
もめてたんですよ。
「どっちがボケるんだ?」と。
みうら
糸井さんとはこれまで一回も
ボケとツッコミの役割について
打ち合わせしたことはありませんよね。
トークってほんとうは、
どっちかがボケてどっちかがツッコんでないと、
お客さんがなんとなく
気持ち悪い感じで帰っちゃうんじゃないでしょうか。

糸井
それって関西のお客さんだけなんじゃない?
関東でやる場合は、
特にボケなくても大丈夫だと思うよ。
みうら
じゃ、いまも決めなくていいでしょうか?
ちなみに僕は、
ほかの人と組むときはたいていボケ役です。
糸井
お相手がいとうせいこうさんのときは?
みうら
いとうさんのときも僕がボケです。
糸井
山田五郎さんは?
みうら
僕がボケです。
糸井
安齋肇さんとか?
みうら
安齋さんのときは、
安齋さんがボケです。
会場
(笑)

みうら
これはおそらく、
「年上」が関係しています。
安齋さんは僕より4つ上ですので。
糸井さんとの取り合わせの場合も、
「糸井さんがボケ」になるんじゃないでしょうか。
糸井
へぇええ、たいてい
年上の人がボケるんですか。
みうら
おそらく一般的には、
下の人が上を「立てる」からでしょうね。
最終的には「笑いをそちらで」という気持ちが、
年下にあるのではないでしょうか。
糸井
ボケは「僕で遊んでってくださいよ」と
いうことだからね‥‥あ、スタッフが
なんだか手を振ってますね。
スタッフ
(マイクがオンになってないです)
糸井
えっ、オンになってない‥‥?

みうら
それがすでにボケだったんですね。
会場
(笑)
糸井
あ、オンになってなかった!
ホントだ、ごめんごめん。
みうら
そこですよね。
そこだと、思うんですよ。
会場
(笑)
糸井
のっけからボケをかましました。
ははは、そうか。
さて、音声が入ったのでね、はじめましょう。
会場
(笑)
糸井
みうらとはつきあいが長いけど、
これまでそんなに多くは対談してないよね。
みうら
何度か糸井さんに
こういうイベントに
呼んでいただいたことはあります。
糸井
そうだね、
イベントで話したことが何回かある。
でも、人前で話すのが、
なんだかやりづらいなって感じるんだよね?
みうら
ええ、じつはそうなんです。
糸井さんとは40年以上のおつきあいがありますが、
糸井さんが昔から知ってる僕は、
漢字で書くほうの「三浦純」です。
糸井さんはいつも僕のことを、
完全に漢字で
「三浦!」と呼んでくださってますよね。
糸井
そうだね。
みうら
しかしこうして、
みなさんの前に出ているときは
ひらながのほうの
「みうらじゅん」になります。
糸井
だね。
みうら
糸井さん、どっちがお望みなのかなー、と思いまして。
といいますのも、漢字のほうの「三浦」って、
わりとこう、つまらない奴じゃないですか。
糸井
つまらなくはないよ。
みうら
なんだか真面目でね。

糸井
「じゅん」という漢字がねぇ、
純喫茶の、純愛の「純」だからね。
そんな奴だとは思ってないから、どうしようかな。
みうら
どうしようかな、って(笑)。
糸井
僕はみうらさんが、
武蔵野正義団にいらっしゃるときから知ってます。
みうら
えーっと‥‥いまだけちょっとツッコミ役になって
「武蔵野正義団ってなんやねん!」
と言わせていただきます。
「武蔵野正義団の説明が抜けとるやないか!」
糸井
説明しましょう(笑)。
その昔、武蔵野の正義を守るために、
悪辣な奴らを懲らしめる団体がありました。
それが武蔵野正義団です。
主に、ムサビ(武蔵野美術大学)の
学生によって構成されていたその団体の、
メンバーはみうらじゅんという人‥‥だけ?
ほかにもいた?
みうら
いやいや(笑)、糸井さんは
さもそんな団体があるようにおっしゃいますけど、
それは『私は嘘が嫌いだ』という
糸井さんの書かれた本に載っている話であって、
僕、正義団なんてひとつもやってないですよ。
会場
(笑)
糸井
みうらじゅんという人が、
武蔵野正義団を結成して‥‥
みうら
ええ、
「武蔵野美術大学の
みうらじゅん氏がやっている正義団の活動ぶり」
が本には書いてあるんですけど、
僕、やってないです。
糸井
砂場で幼児が手にしている
おもちゃのシャベルを
勝手に取って蹴っ飛ばす小学生がいたら、
「何するんだ!」と飛んでいって止めるのが、
武蔵野正義の仕事なわけです。
みうら
‥‥と、『私は嘘が嫌いだ』には
書いてありましたけど、
僕じゃないですから。
糸井
みうら、してなかったんだ。
みうら
してないですよ。
名乗ったこともないです、正義団は。
糸井
石井くん(みうらさんの友達)から、
みうらがそういうことしてると聞いたんで、
じゃあ、そのまま書けばいいやと思って
原稿にしたんだよ。
武蔵野正義団をみうらさんから外してしまったら、
若いときの栄誉ある活動が
まったく消えてしまうじゃないですか。
みうらじゅんと言えば、武蔵野正義団でしょう。
みうら
僕は若いとき、糸井さんに、ありがたいことに
キャッチコピーをいただくことがありました。
「おまえの人生はつらすぎる」
「俺の知ってる中で世界一売れてない漫画家」
と、これはつまり、
マイナスのキャッチコピーと
いうんでしょうかね、
そんなコピーをいただいたものですが、
糸井さんの中では、その
「武蔵野正義団」があったから、
かろうじて僕は成立してたんですね。
糸井
ほかに特徴がないからね。
みうら
いや(笑)、
特徴がないとおっしゃいますけど、
ずっとなかよくしていただいてますよ。
糸井
そうだよね、
みうらの新高円寺のアパートに
よく遊びにいったなあ。
杏里さんの歌みたいにね、
夜中に電話をかけて。
みうら
そうです、そうなんです。

(明日につづきます。明日は「みうらに会いたい。」です)

文中写真:池ノ谷侑花(ゆかい)

2026-09-10-THU

前へ目次ページへ次へ