次第に日差しがあたたかくなってきました。
きれいで、やさしくて、おいしいものが
大好きなわたしたち。
親鳥であるニットデザイナー・三國万里子さんの審美眼に、
ときめきに花を咲かせる4人が水鳥のようにつどい、
出会ったもの、心ゆれたものを、
毎週水曜日にお届けします。
「編みものをする人が集える編み会のような場所を」と、
はじまったmizudori通信は、
ニットを編む季節の節目とともに一旦おやすみします。
ニット風景も一挙ご紹介です!

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♯011

2021-01-20

 
ひと月ほど前、デパートで買い物をしていて、
洋服の棚に数本の香水瓶が
置かれているのに目が止まりました。
全て同じメーカーのもので、飾り気のないボトル、
白いラベルにはフランス語で
〇〇の森や、〇〇の小川というような
どこかに実在する(らしい)場所の名前が書かれています。
パリや東京のような大きな場所ではない、
ある個人的な場所をイメージして作られた香り、
ということなのでしょう。
そのひっそりした佇まいに惹かれ、
店員さんにお願いして1種類ずつ香りを試しました。
香りの好き嫌いは直感的なもの、
と言い切るのは短絡的かもしれません。
香りの好みも、食べ物のそれと同様、育った文化や経験によって
培われるところが大きいでしょうから。
それでもムエット(試香紙)に落とした香水を
一つまた一つと嗅ぐうちに、自分の鼻が、肺が、
「もっと『この』匂いを吸い込みたい」と騒ぐのを感じました。
「この」が何かは、その時はわかりませんでした。
ただ香りの違う幾種類かの香水の、
内を貫く何かがあることを、
わたしの中のセンサーが探し当てて、
「もっと欲しい」というのです。
できることなら一人にしてもらって、
全種類の香りを順繰りに一時間くらいかけて
嗅ぎ続けたかったのですが、横に店員さんがいるし、
場所は洋服売り場だしで長居もできず、
とりあえず気になる順に二種類選び、買って帰りました。
その日、風呂上がりに瓶の封を切り、
手首に吹き付けて注意深く香りを嗅ぎながら
しばらく放心しました。
言葉にするのは難しいけれど、
「快さ」と「未知」が豊かに、複雑に入り混じったような香りです。
呼吸をしながら、肺ひとつ分、
わたしの世界が新しくなっていくような香り。
何をどう組み合わせたら、こんなに心を惹きつける香りになるんだろう。
その内にあるものを知りたい、理解したいという気持ちに駆られて
アディクト(中毒)していくこの感じは、まるで恋の始まりのようです。
遠い国の誰かが、わたしの見知らぬ植物のエッセンスを使って、
見知らぬ景色を思い描きながら作った香りなのに、
わたしはその「知り得ないもの」を、
理解を超えて好きになろうとしている。
外国語で書かれた詩を耳元で朗読されて、
意味がわからないままその声と響きに
共鳴するような気持ち、とでも言えばいいのか‥‥。
これまでも気が向くと香水を買い、
気に入ってつけてきましたが、
こんな風に「考えさせられる」香りは初めてです。
香りの制作背景を知りたくなり
メーカーのウェブサイトを開くと、
会社についての簡単な紹介の中に
調香を担当しているのは
植物学に深い造詣を持つ女性、とありました。
しかし、それ以上の説明はありません。
香水って、どうやって作るんだろう。
そういえば、わたしは香水というものの
成り立ちについて何も知らなかったな。
少し勉強してみたいと思い立ち、
翌日、一冊の本を買いました。

 
『香水ーー香りの秘密と調香師の技』(白水社)
ジャン=クロード・エレナ著
世界的に優れた調香師による、
香水づくりの実践と哲学を説いた本で、
大変おもしろく、貪るように読んだのですが、
ここで内容を解説すると長くなるので、
わたしが特に「それが知りたかった!」
と思った部分をかいつまんで書きます。
・世の中に数多のバラ香水はあるけれど、
生のバラの花と同じ香りの香水はない。
なぜならバラからエッセンシャルオイルを抽出した時には、
すでに香りは変質しているから。
調香師は各自「バラをテーマとして」、
原料を調合しながら、それぞれに思い描くバラ香水を作る。
・香水を作るにあたって重要なのは、
原料がいい匂いかどうかではない。
例えばゴージャスな香りの花の香料をただ積み重ねても
良い香りは生まれない。
素材の性質を深く理解し、
「素材そのものに表現させる」ことから、美しい香りは生まれる。
素材は言葉のようなもので、
調香師はその言葉を使って一つの物語を作る。
こういった考え方は、わたしがニットのデザインをする時に
思うことと、とてもよく似ています。
例えばフェアアイル(多色の編み込み)柄を編むときに、
発色のいい綺麗な色だけを足していったら、
色同士が喧嘩して、良い表現にはならない。
陰影のある、調和した美しさを目指すなら、
様々な色同士の相性と効果を注意深く見比べながら
縦横に色を重ねていく必要がある。
また、アラン模様のセーターの柄を考えるとき、
目を引く柄ばかり並べると、豊かというよりは
取りとめのない印象になってしまう。
まず主役になる柄を置いて、
それをうまく引き立てる模様を組み合わせることで
気持ちのいい柄行きにまとまっていく。
さらに大事なのは、自分が手を動かして作りながらも、
ニットが「自ずと出来上がる」のを
邪魔しないように気をつけること。
作品を作ることは、見えない力との協力作業だと考えた方が、
うまくいく。
‥‥というような。
わたしのニットが、
わたしの考え方や価値観ごと編まれて形になるように、
香水にも香りを組み立てた人の「人となり」が、
いわゆるシグネチャーとして残るのでしょう。
わたしはあの日デパートで、香りを通して、
調香師その人の、言葉によらない思考や人柄を感じ、
強く惹かれたのだろうと思います。
実はあれからまた同じメーカーの香水を2種類買い足し、
今は4種類を日替わりで楽しんでいます。
全部個性の違う香りなのに、やはり共通する何かが
香りの奥深く、静かに通っているのを感じます。
言葉で「こういう匂い」と
表現できないのがもどかしいのですが、
だからこそわたしの個人的な楽しみとして
とっておく価値があるとも思います
(だからメーカーの名前は明かしません)。
つけるのは夜、眠る前です。
布団から手を伸ばしてウイスキーの最後の一口を飲み終え、
本を閉じ、枕元のバスケットの中から
一つ香水を選び、手首に少しつけて
ベッドライトを消します。
いっとき香りに集中しますが、
目を瞑って仕事のことや子供の頃の思い出に耽るうち、
やがて香りをつけたことも忘れ、
わたしも、世界も消え、
いつの間にか朝になります。
目覚めた時、暖かい布団の中がほのぼのと良い香りで、
しあわせなんですよ。
起きあがりたくなくて、ぐずぐずしちゃうんですけどね。

お守りのジュエリー。

 
わたしには、お守りのように大切にしている
ジュエリーがあります。
取材のとき、大好きな友だちと会うとき、
気分が落ち込んでいて元気が欲しいとき、
「ここぞ」というときに身につけることで
味方がずっとそばにいてくれるような、
そんな気持ちになります。
「muska」というブランド名も、
お守りを意味しているそう。
”ジュエリーが小さな同士のようであって欲しい”
というブランドメッセージにも
共鳴しています。
ARTS & SCIENCEで見かけて一目ぼれ。
30歳を迎えるとき、
これからの自分のパートナーとして
ご褒美を前借りしようと購入を決めました。
友人伝いで作り手の彼女と出会い、
たくさんの石を見せてもらいながら
彼女が奏でる物語に耳を傾けて石を選びました。
ジュエリーの名前は「トラピッチェ」。
放射状に延びる線が、
これからの日々を紡いでくれるような、
静かな意志のある石を選びました。
彼女は、海外の宝石市に赴き、
自身の目で石と巡り会います。
立ち止まったり、興奮したり、俯いたり。
様々な感情の起伏を重ねて出会ったものには、
どんなものでも、不思議な魅力があるものです。
また、トルコを旅する中で、
「壮大な自然に抱かれた人々が、
祈りとともに生活を営む姿」から
生まれたジュエリーだと教えてくれました。
わたしにも、幼い頃は
自分だけのおまじないがありました。
他人からは決して悟られない
小さな小さなおまじない。
それをすると、なんとなくですが、
気持ちが変わるような気がしていました。
身につける日が重なっていくほど、
この子とともに乗り越えた日々が
鮮明に蘇ってきます。
年明け、大切に磨いて感謝を伝えました。

夢中になった絵本

 
昨年末、大掃除の一環で本棚の整理をしました。
整理といっても本棚から本を全部出して、
棚や本のほこりをとって、
また好きなように順番を入れ替えて戻す。
それだけなのですが、ぱらぱらとめくってみたり
読み始めてしまったりと寄り道が多いので
とても時間がかかります。
久しぶりに開いた本のうち、小さい頃よく読んでいた
「フェリックスの手紙」という絵本がありました。
空港でソフィーという女の子と
はぐれてしまったぬいぐるみのフェリックスが
世界中を旅しながらソフィーに
手紙を送るというお話です。
絵本自体も凝った作りで、
実際にページに貼られた封筒の中に
フェリックスからの手紙が入っているのです。
手紙を通じていろんな国の特徴が
えがかれているのですが、
フェリックスの視点でみた世界の国々は
少しへんてこで親しみを感じつつも、
幼いわたしにとって
何もかもが新鮮で夢中になった記憶があります。
絵本を閉じた後なんだかうれしくなって、
本棚のちょっと目立つところに戻しました。
整理を終えた本棚は清々しく、
部屋の景色もほんのり変わった気がします。

いつもたのしく読ませて頂いています。

はさまれ隊の愛犬れんげを足にはさんで
しーちゃんのチョッキのファイアーフラワー柄で
れんげのセーターを編んでます。
(たえこ)

 

愛犬とともに編む時間は、暖かそうですね。
わたしもしーちゃんのチョッキの柄や配色が大好きです。
完成が待ち遠しいですね。

 

いつも読んでいただいてありがとうございます。
はさまれ隊員(?)のれんげさん、
自分のセーターだよってわかってますね。
色使いも彼女にとても合っていてかわいい。


 

“わたしのニット風景”を引き続き募集します。
ほぼ日の中で編みものの進み具合やできばえを
みんなでたのしみあえたら、と思います。
完成した作品のコーディネート、お供のお菓子やお茶など
写真とひとこと添えて送付ください。

送り先→postman@1101.com 件名→わたしのニット風景

三菱アルティアムで行われている「編みものけもの道 三國万里子展」が渋谷PARCO「ほぼ日曜日」にも巡回します。開催は2月7日(日)より!近年10年の三國さんの代表的なニット作品や、「巣穴」とよばれる仕事場をイメージしたスペースなどたっぷりと展示します。

2021-01-20-WED

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