次第に日差しがあたたかくなってきました。
きれいで、やさしくて、おいしいものが
大好きなわたしたち。
親鳥であるニットデザイナー・三國万里子さんの審美眼に、
ときめきに花を咲かせる4人が水鳥のようにつどい、
出会ったもの、心ゆれたものを、
毎週水曜日にお届けします。
「編みものをする人が集える編み会のような場所を」と、
はじまったmizudori通信は、
ニットを編む季節の節目とともに一旦おやすみします。
ニット風景も一挙ご紹介です!

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♯005

2020-11-25

大学一年の春のこと。
一般教養のクラスで目を惹く、美しい女子の二人組がいました。
ひとりは白い肌に大きな目、ウェーブのある肩までの髪が
まるで芍薬(シャクヤク)の花を思わせるような女の子。
帰国子女で、低くよく通る声で話す様子が大人っぽく、
夜中のテレビニュースでアナウンサーを
しているという噂でした。
もうひとりは時代劇に出てくる武家の娘のような、
少しきつい面差しで口数の少ない女の子。
腰まで届くまっすぐで長い髪と菖蒲(アヤメ)のように
すらっとした身体の印象も相まって、
少し近寄りにくい雰囲気を醸し出していました。
最初に「二人組」と書きましたが、
彼女たちは何かの名目のもとに結束をしたわけではなく、
4月のクラス説明会の時にたまたま知り合い、
うまが合ったので以来よく一緒にいる、
ということのようでした。
それでも彼女たちは一緒にいることで、
ひとりでいるよりもよく目立ちました。
なんと言えばいいか、まるでお互いの価値を
保証し合うかのようで、一緒にいると輝きが増すのです。
受験という泥の海からよろよろと這い上がってきて
まだ息を整えている途中の
もっさりした50人ほどの若者の中で、
彼女たちは洗練され、かつ少し浮いて見えました。
身につけているものも皆とは少し違います。
ブラウスのボタンを磊落に二つ、三つはずして
白い喉元とペンダントを見せ、
服は「着こなす」ものだということを
言外に示しているような芍薬さんと、
シャツのボタンはきちんと上まで留めて
かっちりしたブレザーを羽織り、
ヴィトンのモノグラムのボストンバッグを
学用カバンにしている菖蒲さん。
ああ、ようやく本題にたどり着きました。
わたしは菖蒲さんがヴィトンのバッグを持っていたことを
言いたくて、この話を書き始めたのです。
芍薬さんとはいつの間にか、校内で顔を合わせれば
少し言葉を交わす程度の知り合いになったのですが、
前期が過ぎ、夏休みが終わり、後期も半ば過ぎても
菖蒲さんとは話す機会が訪れませんでした。
「機会が訪れなかった」なんて言い方をするのは、
わたしが彼女のことをどこかで意識していたからでしょう。
そうなんです。
何かしら惹かれるところがある。
でも、同時に少し怖い。
何が怖いのか。
有り体に言うと、わたしはヴィトンのバッグと、
それを持つ女の子が怖かったのです。
すごく高価なブランドバッグで通学するような子は、
地方のヤンキー高校からぽっと出てきた
ぼんやりもののわたしのことなんか相手にしない。
その証拠にいつも一緒にいるのは、
あの華やかな芍薬さんじゃないか。
きっとわたしのことなんて視界の隅にも入っていない。
そんなふうに思っていました。
それがしようもない偏見だと知ったのは、
後期の試験の帰り道でした。
校門の前で「長津さん?(わたしの旧姓です)」
と呼び止められ、振り向くと菖蒲さんがいました。
紺のピーコートの肘には相変わらず
ヴィトンのボストンバッグを引っ掛けています。
まさかこの人がわたしの名前を知っていたなんて。
わたしは慌てて訊きました。
「ああ〇〇さん(菖蒲さんの本名)、試験の帰り?」
「うん、でもサークルの部室に寄ってから。長津さんは?」
「わたしはもう帰るだけ」
「そう。じゃあ地下鉄の前まで一緒に行かない?」
「うん」
歩き出しながらわたしは内心の驚きを隠し、自分を励まして、
来年から菖蒲さんは何を専攻するのかと訊きました。
「英文(英文学専修)にしたよ。長津さんは?」
「わたしも英文に行きたかったけど、落ちて、仏文」
「英文に行きたかったって、好きな作家とかいるの?」
「いっぱいいるよ。今は行き帰りにディケンズ読んでる」
「えーーっ、わたしもディケンズすごい好き。
ディケンズで卒論書きたいと思ってるんだ」
わたしは意外さに打たれました。
失礼ながら、菖蒲さんが本を読むなんて
思ってもみなかったのです。
文学部なんだから本が好きだろう、というのも一つの偏見で、
成績に応じてここにたどり着いただけ、という人も多かったし、
彼女もそういう一人なんだろうと思っていました。
そして菖蒲さんは菖蒲さんで
「大学に来てから本の話ができる人があまりいなくて、
こういう話できるのすごいうれしい」と、
わたしに打ち明けるように言うのです。
お互いに自分の読んだ本の話をしているうちに
いつの間にか地下鉄の入り口まで来て、
今度また本の話をしよう、と言い合って別れました。
わたしはひとり電車に乗り込み、
ぼんやり会話を反芻しながら、
自分が彼女に向けていたイメージが
すっかり書き換えられていることに気づきました。
あの人、思ってたより素朴だったな。
なんというか普通だった。
……わたしが普通なのと同じくらい。
そして、わたしが変わっているのと同じに、変わってた。
それで……わたしが古着が好きなように、
菖蒲さんはブランド物が好きなんだ。
もしかしたらわたしと菖蒲さん、
気が合わないことも、ないかも?
とはいえ、その後専攻が別れた菖蒲さんとわたしは
広い校内で顔を合わせる機会もほとんどなく、
友達と呼べるような間柄にはなりませんでした。
ただ、本の話をしたあの日のおかげで
ヴィトンのバッグに対して抱いていた
恐れと偏見は、嘘みたいに消えました。
あれはなんだったんだろうと思うくらい、すっきりと。
時は流れ、あれから30年。
先日、わたしにしては珍しく
デザイナーズ・ブランドのバッグを買いました。
クロワッサンに持ち手がついたような形が
大真面目にキマっている、
その名も「CROISSANT BAG」というもの。
斜めがけすると体の凹凸に合わせて
柔らかい革がくったりと沿い、
肩から提げた時の丸っこい姿もかわいい。
サイズがS、 L、XLとある中から、
わたしは普段の荷物の量を考えてLを選びました。
男女の別なく使えるという店員さんの説明の通り、
パンツにもスカートにも合わせやすく、出番が多いので、
最初に黒を買った後で白も買い足しました。
クリストフ・ルメールというデザイナーの、
「ルメール」というブランドのものですが、
周りで知っている人がいないので、ちょっと寂しかったりして。
すごく素敵なブランドなんですよ、ルメール。

黒い相棒。

 
自他ともに認めるところなのですが、
洋服はまあまあ柄物や色があるものを着るのが好きです。
marikomikuniのニットの発色がたまらなくて
購入して日が浅いのに何度も着てしまっています。
ミナ ペルホネンの柄物のスカートが大好物。
ときにはコートも柄で、何ならタイツも柄、
なんてこともやってしまいます。
そんな自分を支えてくれているのが、
「小物がぜんぶ黒」ということ。
あんまり意識したことなかったのですが、
ひとつずつこれがかっこいいなと思うものを
集めていったらそうなっていた、というかんじです。
洋服よりも小物の好みが何故か男前なところがあって、
高校生のころから革靴を好んで履いていました。
いま毎日「いってきます」と持つかばんに集まる
小物たちはぜんぶ黒ぽいものばかり。
会社でスマホとカードを持ち歩く肩掛けポーチも、
急な買い物で広げるエコバッグも黒だと
どんな洋服の日でもだいたい大丈夫で、
気温や気分に集中して
その日の洋服を決めることができます。
こっちの洋服を着たいから
今日はこのバッグにしよっと、という生活に
憧れないことも、ないのですけど、ね。
でも今はこのかばんに集まっているもの
ぜんぶ、とっておきのお気に入りだから、
毎日安心してすごせていますよ。

”実験の時代”のたのしみかた。

 
気軽に「明日、お茶しない?」と誘いたいな。
去年予約していた旅行を、
キャンセルすることになってせつないな。
いまの現状をさびしく思うこともありますが、
あらゆる物事のオンライン化が加速し、
子育て母さんにはうれしい副産物もあります。
先日は、推しているアイドルの卒業コンサートを
子どもと見ることができました。
ペンライトを持ってもらって、
推しのカラーに身を包んでもらって。
名曲に合わせて横揺れしている子どもを見ていたら、
わたしの青春とこの子が生きる一瞬が
最後の最後にクロスしたようで感慨深かったです。
ということで、
オンラインを活用してあらゆるカルチャーを
子どもと一緒にたのしんでいます。
最近夢中になったのが『Virtual Art Book Fair』
アーティストから一般人まで、彼らが発表した
ZINEや写真集などアートブックを見ることができる
「TOKYO ART BOOK FAIR」のオンラインバージョンです。
今年は約230組が参加。
サイトに訪れてもらうとわかるように、
東京都現代美術館をインスピレーション源として
RPG的な感覚で各ブースをのぞくことができます。
「今を”実験の時代”と捉え、新たな可能性を探った」という
開催者の気合いをとっても感じるのです。
商業目的ではないアートブックがほとんどなので、
それぞれの自由と妄想を謳歌した
色彩豊かな本がずらりと並びます。
宝探しをするみたいに、
ときめくものに出会った瞬間のよろこびといったら。
写真は去年出会ったお気に入りのZINEです。
アイデンティティを押し売りするみたいな、
強烈なパワーにグッと惹かれる心地は
オンラインでも変わらずみなぎっているように思いました。
毎日、新たな出会いばかりの子どももたのしそう。
こうして世界とつながっていける機会は
オンラインならではのことなので、
楽しんでいけたらいいなと思いました。
会期は過ぎていますが、
いまも歩くことはできるので、
ぜひサイトをのぞいてみてください。

日々miknitsの作品を楽しませてもらっています。
スタッフ皆さんの思いや努力がすごく感じられて、
いつも心から感謝しています。
私のニット風景を送らせて頂きます。
miknits2020からuneune 冬野原を編みました。
秋風が気持ちのいい日にさっと羽織れるuneuneは、私の良き相棒です。(雅世)

今年の冬に間に合ってすばらしいです!
日差しが気持ちいいお天気の日にも、
曇り空の寒い日にも、
いろんなお天気の日に似合うuneuneを
楽しんでくださいね。

 

胸のすくような写真ですね!
uneuneのコーディネートも本当にかっこよくて、
色の組み合わせの快さに見入ってしまいました。
何より雅代さんって人が伝わってきます

 

“わたしのニット風景”を、募集します。
大人数があつまる編み会がかなわない今年ではありますが、
ほぼ日の中で編みものの進み具合やできばえを
みんなでたのしみあえたら、と思います。
完成した作品のコーディネート、お供のお菓子やお茶など
写真とひとこと添えて送付ください。

送り先→postman@1101.com 件名→わたしのニット風景

三國さんが手がけたセーターmarikomikuni現在受注販売を受付中です。
今年の冬にたくさん着てくださいね。

2020-11-25-WED

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