
「どんな聡明な人でも、失敗はする。
背筋が寒くなるけれど、
読みだしたら止まらない」
糸井重里が以前、面白く読んで、
コメントを寄せた世界的ベストセラー
『失敗の科学』という本があります。
著者のマシュー・サイドさんが
急遽来日されるということで、
糸井にも会いに来てくださいました。
「失敗」を未来への力に変えるには、
どんな考え方でいればいい?
マシューさんがいくつもの著作を通じて
伝えようとしてきた、根底にある
思いの部分を教えてもらいました。
Matthew Syed(マシュー・サイド)
1970年生まれ。
英『タイムズ』紙の第一級コラムニスト、
ライター。
オックスフォード大学哲学政治経済学部
(PPE)を首席で卒業後、
卓球選手として活躍し、
10年近くイングランド1位の座を守った。
英国放送協会(BBC)『ニュースナイト』のほか、
CNNインターナショナルや
BBCワールドサービスで
リポーターやコメンテーターなども務める。
日本語で読むことができる著書には
『失敗の科学(Black Box Thinking)』、
『多様性の科学(Rebel Ideas)』、
『勝者の科学(The Greatest)』
『才能の科学(Bounce)』がある。
- 糸井
- こんにちは、糸井です。
こんな感じの方だったんですね。
著者の方を特に意識せずに本を読んでいたので。
- マシュー
- マシューです。本に推薦の言葉を
寄せてくださって、ありがとうございます。
今回、糸井さんがこれまでされてきたことや
影響力についてもたくさんお聞きしていまして、
このような場を設けていただき、とても光栄です。
- 糸井
- 卓球の選手でいらっしゃったんですよね?
- マシュー
- はい。ずいぶん昔ですけど、まだやりますよ。
よければ一緒にやりましょう(笑)。 - お名前はなんとお呼びしたらいいですか?
- 糸井
- 多くの方は「糸井さん」ですね。
- マシュー
- I-T-O-I. Itoi-san.
- 糸井
- 間違ってもいいよ(笑)。
ぼくはじゃあ、マシューさん。
- マシュー
- どうもどうも(笑)。
- 糸井
- 本の帯に「著作累計200万部突破」とありますが、
『失敗の本質』をはじめ、マシューさんの本は、
日本でもすごく売れていると聞きました。
- マシュー
- 私もここまで売れているとは知りませんでした。
ですのでとても嬉しいです。 - また日本の仲間から
「日本は失敗に対する恐怖心が強い文化だ」
と教えてもらったんです。
だからそういう場所で本が売れていると知って、
とてもうれしく思いました。
- 糸井
- マシューさんの本がどうして
こんなにたくさん売れているかは、
ぼくにもなんとなくわかるんです。
ぼくも読んで、とにかく面白かったですから。
このまま映画にできるんじゃないかというぐらい
面白かったです。
- マシュー
- (笑)ありがとうございます。
- 糸井
- ですからこの本をきっかけに、ぼくは
マシューさんのほかの本を
次々と読んだんです。 - ただ、日本だとこの本は、
『失敗の科学』というタイトルの
ビジネス書として出版されていますが、
元のタイトルは『Black Box Thinking』
(ブラックボックス的思考)ですよね。 - イギリスでもビジネスパーソン向けに
出されたものなんですか?
- マシュー
- そうですね、もちろんビジネス関係の方々にも
向けていますが、私としては
「失敗に対して健全な態度で向き合う」
というのは、どんな人にとっても
大切なことだと思っているんです。 - 人生はワクワクする旅ですけれども、
失敗することを恐れすぎると、
私たちは新しいことを何も試さなくなります。
リスクを取らずにいると、学びの機会も減りますし、
人生が楽しさや冒険から遠ざかり、
恐怖が増えてしまいます。 - ですから私はとくに若い人に
「失敗を『成長のための燃料』として
捉えてほしい」
という思いもあって、この本を書いたんです。
- 糸井
- この本には冒頭から、恐いエピソードが
次々と登場しますよね。
医療ミスの話とか、航空機事故であるとか。 - ですがそのひとつひとつに出てくる
失敗につながった行動って、自分が同じ状況にいたら
やってしまいそうなことがたくさんあって。 - ですから読みながら、自分たちがついつい
ハマりそうな落とし穴について、
あらためて気づかされた感じがあったんです。
- マシュー
- 『失敗の科学(Black Box Thinking)』は、
ごく一般的な副鼻腔炎の手術を受けた女性の、
おそろしい悲劇からはじまります。
不幸な偶然や望ましくない判断が重なって、
最終的に彼女は命を落としてしまう。 - そこで、その方のご主人は、同じような事故が
二度と起きないよう、このエラーから
学びを得たいと思ったわけです。
彼はその後、医療業界の常識を変えようと
啓発活動をされていくわけですけれども。 - この旦那さんがもともと飛行機のパイロット、
航空業界出身の方だったんですね。
それが、さまざまな気づきにも
つながっていったんですけれども。 - 航空業界には「学びの文化」とも
言うようなものがあるんですね。
事故になりかけた事例があるとオープンに報告され、
どこに脆弱性があって、どうすれば事故を
避けられたかの分析がなされます。
そして、そういったデータが
業界全体で共有される仕組みになっていて、
事故を未然に防ぎやすくなっているわけです。
- 糸井
- ええ。
- マシュー
- また、すべての航空機には、
「ブラックボックス」と呼ばれる
データ記録装置があるんですね。 - これは飛行データやコックピット内の
音声を記録していて、
事故が起きた場合に回収・分析され、
同じ間違いが二度と起こらないように対策されます。 - 航空業界ではそういった
「失敗から学ぼうとする文化」があり、
事故の発生率を大きく下げています。 - ですが残念ながら医療の世界では、
そういったオープンな学びの姿勢が
一般的ではなかったわけですね。
そのため、副鼻腔炎の手術を受けた
女性のケースでも、避けられたはずの事故が
大きな致命傷になってしまった。 - この本はそういった
「失敗がなぜ起きるか。どういう態度をとり、
どう行動すれば防いでいけるか」について、
多数のエピソードを交えながら
まとめたものなんですね。
- 糸井
- マシューさんご自身も、人生において
失敗から学びを得てきた感覚が強いのでしょうか。
- マシュー
- まさにそうですね。
私自身もたくさんの失敗から学んできました。 - ただ、「失敗から学ぶ」といっても、
そこには、大きく2つのやり方が
あると思っています。 - まず私たちは、それぞれの人生に起きた
失敗から学ぶべきですよね。
「起きてしまった事態から教訓を引き出す」
というアプローチです。 - ですが、同時に私たちは
「新しい発見のために、あえてリスクのある
方法で試みて、失敗しながら学ぶ」
というやり方をすることもあります。
- 糸井
- そうですね。
- マシュー
- そしてこの後者、
「意図的な失敗から学ぶ」という場合、
私たちは、いつどのようなリスクをとるか、
賢明でなければなりません。 - たとえば着陸体制に入っている飛行機のパイロットが、
そこで新しい挑戦をやってみるのは、
賢いアイデアとは言えないですよね。
新しい操縦方法を試すのにふさわしい場所は、
空の上ではなく、
フライトシミュレーターの中です。
それならば搭乗者の命を危険に晒すことなく、
失敗から安全に学ぶことができます。 - ですから「すでに起きた失敗からの教訓」と、
「安全な環境における試みからの学習」
という方法を賢く使い分け、
わたしたちは失敗とうまく付き合い、
学んでいくべきだと考えています。
- 糸井
- ぼくは、いま話した『失敗の科学』のあと、
マシューさんの『多様性の科学』を読んで、
これまた面白かったんですね。 - こちらは原題が
『Rebel Ideas』(直訳:反逆者のアイデア)で、
多様であることの重要性について
書かれたものですけど。
- マシュー
- そうなんです。
こちらは、成功とイノベーションにとって
多様性が不可欠であることを、
さまざまな方向から紹介したものですね。
- 糸井
- ぼくはマシューさんのこの2冊に
インスピレーションを得て、そこで得た気づきを
自分の会社に応用するようになりました。 - 大まかに言えば、
「失敗できる環境を作る」ということです。 - 自分たちのチーム作りにおいて、
「挑戦(TRY)の機会をどれだけ多くつくれるか」
ということを考えの核に置いたんです。 - そのことで、みんなが前よりも
ちいさな失敗を恐れなくなったし、
会社自体の居心地も良くなって、
お互いの失敗からも学びやすくなりました。 - だからマシューさんの本は、ぼくらのチームを
すごく育ててくれたと思っていて、
大変感謝しているんです。
- マシュー
- ありがとうございます。
私もいま聞きながら、とてもワクワクしました。 - 「失敗できる環境を作る」というのは、
私としても非常に良いアプローチだと感じますね。 - たとえばそれは、科学分野でも同じなんです。
- 科学の実験は、私たちの思考の限界を広げる
新しい発見を見つけたくてやるものですから、
「失敗するかもしれないことをやる」わけです。
そういった実験は、失敗したとしても
新しいことを学べますし、
もともと考えていた仮説が覆されたとして、
それ自体が新たな理解への土台になります。 - だからこそ、科学実験は
「うまく失敗するための安全な空間」を
作り出しておこなわれていて、
そこでの、失敗を含むさまざまな積み重ねが、
人類に多くの発見をもたらしてきました。 - それは企業やチームにおいても同じで、
人々が「失敗しても大丈夫」と思いながら
いろんなことをやれるメリットは、
非常に大きいわけです。 - それは新しい挑戦をする場合もそうですし、
チーム内で新しいアイデアを出す場面でも同じです。
「間違っているかもしれないけれど‥‥」
といったことも口にできることで、
一人だけでは気づかなかった視点が加わり、
チーム全体がより深い理解に到達しやすくなります。 - また、こういった「失敗を肯定する文化」は
リーダーによって作られるものですから、
糸井さんというリーダーが
その判断をされた、という部分も
重要なポイントだったのでは、と私は思います。
(つづきます)
2025-12-26-FRI
-
「10人に1人が医療ミスという
実態がなぜ改善されないのか」
「墜落したパイロットは
なぜ警告を無視したのか」
「検察はなぜDNA鑑定で無実でも
有罪と言い張るのか」
オックスフォード大を首席で卒業後、
卓球選手としても活躍し、
2度五輪代表になった経歴も持つ
異才のジャーナリストが、
医療業界、航空業界、グローバル企業、
プロスポーツチームなど、
さまざまな業界を横断し
失敗の構造を解き明かした一冊。
失敗に通じる「見えない原因」と、
一流組織が備える、失敗を防ぐための
「学習システム」について学べます。
(Amazon.co.jpのページへ)
