旅先としても、移住先としても
人気が高まり続ける長野県松本市。
そのなかにあって、
地域のひとたちにもよく知られていない
独自の暮らしや食文化がのこる
「奈川」のエリアを訪れてきました。
北アルプスを眺めながら、
山をよく知るひとから山の課題を教わったり、
美しい伝統工芸に触れたり、
おいしい伝統食をいただいたり。
楽しみきった後にも、
これからも奈川に関わり続けたい気持ちと、
ほんのり温かな余韻がのこる旅でした。

 

ほぼ日GO!
こちらは、ほぼ日がさまざまな地域の方と
コンテンツを作っていく試み
「ほぼ日GO!」から生まれています。
また、この松本市奈川の記事は
一般社団法人松本市アルプス山岳郷から
委託を受けて、ほぼ日が独自の視点で
取材、編集を行ったものです。

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2 山の問題に向き合うほど 伝統工芸がおもしろくなる?

前田大作さんのアトリエ
「m4ギャラリー」を訪れた翌日は、
松本ホテル花月でおいしい朝食をいただき、
いざ、奈川へ。

▲部屋の窓からは北アルプス常念方面の山並みを眺められた。気持ちのいい朝。 ▲部屋の窓からは北アルプス常念方面の山並みを眺められた。気持ちのいい朝。

市街地を抜け、上高地・飛騨高山方面へ進み、
梓川沿いの渓谷は連続するトンネルを越えて
深い山へと向かっていきます。
奈川渡ダムの上を走り、
二手に分かれる道を奈川方面に進むと、
交通量はぐっと減ります。

かつて工女たちが通った野麦峠へと続く道を
さらに奥へと進むと、
ぽつりぽつりと集落が点在し、
江戸時代にはかなり賑わっていたという
宿場町の名残りを感じられます。

▲静かな道の脇の神社も、集落のひとたちによってきれいに管理されている。 ▲静かな道の脇の神社も、集落のひとたちによってきれいに管理されている。

地域全体に手が行き届いていることに
驚いた私たちに、
奈川を拠点にアウトドアや旅のガイドを行なう
「だいじ屋」の関谷さんが
このエリアの歴史と自然の恵みを説明してくれました。
明治、大正時代には、工女たちが行き交い、
一夜の宿としていて、賑わっていたという
旅籠屋松田屋の雰囲気も、体験しました。

▲だいじ屋のツアーでは、復元された旅籠屋のなかで、食事をいただく体験なども提供しているそう。
▲だいじ屋のツアーでは、復元された旅籠屋のなかで、食事をいただく体験なども提供しているそう。

▲水面がエメラルドグリーンに輝く渓流沿いを、束の間のハイキング。
▲水面がエメラルドグリーンに輝く渓流沿いを、束の間のハイキング。

さて、本日のメインイベントは、
ただいま開発中という
奈川ならではのランチをいただくこと。
高地の冷涼な気候や豊かな湧き水が、
この地域のおいしい米や保平かぶなどの
在来野菜を育んでいることを感じながら、
ランチ会場へと歩いて向かいます。
ランチ会場は、なんと、
地域が共同で管理する畑の真ん中。
山深い奈川では、
畑作に適した場所は限られるため、
自分たちが居住するエリアよりも
日当たりや眺めのよい
集落のなかでもっともよい場所を、
共同で管理する畑にしているそう。
野生動物から作物を守るための柵でしっかり囲み、
住民で助け合いながら農業を行なっています。

▲ランチを用意してくださった地域のお母さんたちと、manomaのマツーラさん、ミスミさん。 ▲ランチを用意してくださった地域のお母さんたちと、manomaのマツーラさん、ミスミさん。

迎え入れてくださったのは、
良子さんをはじめとする地域のお母さん方と、
山形から開発のお手伝いにいらっしゃっている
manomaのマツーラユタカさん、
ミスミノリコさん夫妻。
このメンバーで、これから奈川を訪れる人たちが、
最高のロケーションで、地域を存分に楽しめる
ランチメニューの開発が進んでいます。
マツーラさんとミスミさんの
普段の拠点は、山形県鶴岡市。
食と暮らしをテーマに
飲食店であり、アトリエ・ギャラリーでもある
「manoma」を営みながら、
その土地の風土や伝統野菜を表現する食や場を提供し、
地域の見えない豊かさに向き合われています。
その姿勢が、奈川が目指す方向にもぴったり、
ということで、
旅人に提供する食事のレシピ開発に
伴走していただくことになりました。
半年ほど前、夏にマツーラさん、ミスミさんが
初めて奈川を訪れたときには、
地域のお母さんたちが、保存食や
自家農園で育った野菜などを使って、
テーブルいっぱいのランチでおもてなし
してくださったそうです。

▲「母から学んだ郷土料理を食べていただくのが楽しみで、夢中で準備しました」と、地域のお母さんたち。マツーラさん、ミスミさんは、とくにクマザサを使った包み料理が印象的だったそう。 ▲「母から学んだ郷土料理を食べていただくのが楽しみで、夢中で準備しました」と、地域のお母さんたち。マツーラさん、ミスミさんは、とくにクマザサを使った包み料理が印象的だったそう。

奈川では、もともと冠婚葬祭が各家庭で行われていて、
甘いきんぴらごぼうの天ぷら、
塩いかと野菜の塩もみやとうじ蕎麦は定番でした。
節句には米粉を水で団子にして
笹でくるんで蒸したちまき、
秋祭りや祝い事には甘い味つけのおこわや笹寿司、
秋に収穫して冬に楽しむ蕎麦団子、
かぼちゃと保平かぶをエゴマで和えた名称え団子、
塩漬けしておいたわらびの煮物を雑煮に、
といったように、
慣れ親しんできた味を
ずらりと用意してくださいました。
いっしょに食事をいただきながら、会話が盛り上がり、
奈川の保存食の作り方を教わったおふたり。
その後、地域のみなさんと話し合いを重ね、
観光で訪れるひとや若いひとにも
食べやすい工夫をする一方、
地域の方々が自信をもって提供できるように、
ちょっと目新しいけれど、斬新すぎない
仕上がりを目指して完成したのが
今回のメニューです。

▲伝統野菜の保平カブをアウトドアクッキング。温かいまま食事を提供する工夫も凝らされています ▲伝統野菜の保平カブをアウトドアクッキング。温かいまま食事を提供する工夫も凝らされています

▲穂高連峰を眺めながらいただきます。 ▲穂高連峰を眺めながらいただきます。

みなさんが準備を進めている間に、
空はますます澄み渡り、
穂高連峰の雄大な山容が
一望できるようになりました。
ランチは、トラディショナルな土地の料理と、
新たに開発した料理を
対比しながら味わえるようにすることで、
奈川の食材の新しい可能性にも触れることが
できるだけでなく、
昔からの食の営みのなかで
大切にしてきたことを知ることができる構成。
器は、前田大作さんの作品です。

右のプレートは、
地域の伝統的な方法で作られたもの。
各家庭でたくさん漬けていて、
お土産としても人気のある保平かぶの甘酢漬けは
砂糖と塩、酢だけで、鮮やかに赤く染まります。
山うどやわらびは塩漬けにして長期保存。
花豆や地ささげ豆は、
秋に収穫して乾燥して保存しておき、
豆と同じぐらいの砂糖で甘く煮るのが奈川流です。
食前の一杯としていただく山葡萄の砂糖漬けは、
普段から水や焼酎で割って飲んでいるそう。
左のプレートは、マツーラさん、
ミスミさんのアレンジが加わったもの。
豆はスパイスマリネにしたり、
ラムレーズン風味にしたり。
保平カブは漬物にするのではなく、
ステーキやポタージュにしたり、
野沢菜はナッツと和えて
ジェノベーゼソースのように仕上げたり。
素材の味わいを感じながらも、
ひと口ずつに新鮮な楽しみがあり、
ついお昼から、
お酒をたしなみたくなる誘惑にかられます。
山菜もトマトソース仕立てにアレンジされていて、
さわやかな甘みと苦みが絶妙!

▲manomaのミスミさん、マツーラさん。今回の経験はとてもおもしろく、これからの活動にもなにか活かせそう、とのこと。 ▲manomaのミスミさん、マツーラさん。今回の経験はとてもおもしろく、これからの活動にもなにか活かせそう、とのこと。

「今回、メニューを考える過程は、
鶴岡でやっていることとの共通点が多くて。
たとえば、甘めに味つけすることの多い豆類は、
お酒の場や食事のシーンにも合うようにアレンジしたり、
漬け物になりがちな野菜、山菜は火入れして、
おいしさを引き出すようにしたり。
考えやすかったし、とても楽しい時間でした」
とマツーラさん。
「奈川には魅力的な女性が多くて、
お会いするだけで元気をもらえました。
ある女性が、友人が遊びに来たら、
畑に連れていきたいとおっしゃっていたのが
とても印象的で。
地域の恵みで自分たちは生きていく、という
気概がかっこいいなと思いました。
レジェンド的な存在の良子さんから
見せてもらった郷土料理の本には
温泉水を使ったレシピが紹介されていて、
試作もしましたが、
提供のしやすさを考えて、今回は断念。
でも、ほかにもおいしいものがたくさんできました」
とミスミさん。

▲写真左は、奈川で生まれ育った、地域のリーダー的存在の良子さん。
▲写真左は、奈川で生まれ育った、地域のリーダー的存在の良子さん。

良子さんは、山菜などの山の幸が、
お二人の料理によってまったく違う表情を
見せたことにびっくりしたそう。
「せっかく地元に素晴らしい郷土食があっても、
なかなか伝えきれていないという思いがあったので、
この試みをとても楽しみにしていました。
今は、保存といっても、冷凍が主流で、
塩漬けや乾燥による保存食は
限られてきています。
奈川の自然には、豊かな食材がたくさんあって。
昔の人たちは、自分たちの手で生産し、
生活の知恵を絞りながら、
満ち足りた生活を送っていました。
そうした自然の恵みを使い切る知恵や、
その中から生まれた郷土食の魅力を、
これからもっと伝えていきたいと
改めて思いました」
季節の食材を取り入れながら、
その時々の奈川の恵みを表現する食事は、
地域の皆さんによって、
ますます進化していきそうです。
わたしも次は、山菜が旬の春先に、
訪ねたいと思いました。

※内容にご興味の湧いた方は、
松本市アルプス山岳郷の多田さんへ
詳細をお問い合わせくださいね。
office@alps-kanko.jp

(おわります)

2026-03-01-SUN

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  • 写真・高橋郁子