旅先としても、移住先としても
人気が高まり続ける長野県松本市。
そのなかにあって、
地域のひとたちにもよく知られていない
独自の暮らしや食文化がのこる
「奈川」のエリアを訪れてきました。
北アルプスを眺めながら、
山をよく知るひとから山の課題を教わったり、
美しい伝統工芸に触れたり、
おいしい伝統食をいただいたり。
楽しみきった後にも、
これからも奈川に関わり続けたい気持ちと、
ほんのり温かな余韻がのこる旅でした。

 

ほぼ日GO!
こちらは、ほぼ日がさまざまな地域の方と
コンテンツを作っていく試み
「ほぼ日GO!」から生まれています。
また、この松本市奈川の記事は
一般社団法人松本市アルプス山岳郷から
委託を受けて、ほぼ日が独自の視点で
取材、編集を行ったものです。

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1 山の問題に向き合うほど 伝統工芸がおもしろくなる?

こんにちは、
ほぼ日あっちこっち隊の乗組員やすなです。
さまざまな地域の方と一緒に
おもしろいコンテンツを探る試み
「ほぼ日GO!」から、
ひとつの地域をご紹介させてください。
この冬、長野県松本市を訪れ、
「奈川」という集落を旅してきました。
この記事をお読みの方のなかで、
奈川について知っているという方は
希少ではないでしょうか。
わたし自身、趣味の山登りを通して、
松本〜北アルプスのエリアをよく訪れていますが、
そのあいだに位置する「奈川」の地名は
地図や看板等で見るだけでした。
奈川は、北アルプスと乗鞍岳に囲まれた
山間地域です。
人口減少や高齢化が進み、いまでは人口500人ほど。
ちいさな集落ですが、
かつては野麦峠を越えて人や物が行き交う
交通の要所として栄えていたため、
現在も旧街道や宿場の面影がのこっています。

また、保存食など独自の食文化や、
山とともに生きる暮らしがのこっていて、
集落のひとたちは、
少しずつ変化しながらも
地域を大切に守り続けています。
そして、驚くことに、
このエリアのことは、
おなじ長野県松本市に住む人にも
詳しくは知られていないのだそうです。

今回、奈川を訪れたきっかけは、
この集落がいま真剣に取り組んでいる
観光への取り組みを見てほしいと、
松本市アルプス山岳郷の方から
ご連絡をいただいたことでした。
松本市アルプス山岳郷は、
上高地や乗鞍高原など、
長野県松本市の山岳エリアで、
観光や環境、地域づくりに
長年取り組まれているDMOです。
※DMOとは、Destination Management
Organizationの略。住民や事業者と連携し、
魅力的な観光地を作り上げ、
稼ぐ力を引き出す役割を担う法人のこと。
きっと、それぞれに
肌で感じていらっしゃることだと思いますが、
日本の観光のかたちは大きく変わりつつあります。
インバウンド観光の伸びが
よく取り沙汰されますが、
日本人旅行者の嗜好も変わってきています。
有名な名所を短時間で巡るような旅ではなく、
その土地にしっかり滞在をして、
自然や歴史、食、暮らしといった体験を
もとめるひとが増えてきています。
その需要にこたえるかたちで、
地域の人々が主体となり、
あたらしい名所を作るのではなく、
自分たちの日常を見直し、魅力を引き出し、
そのものにスポットライトを当てるかたちで、
旅の楽しみを作る。
そんな取り組みが各地で盛り上がりつつあります。
そして、日本では観光庁が中心となり、
国策としても真剣に取り組み、
ほかの地域のお手本にもなるような事例には
補助金を出して応援するといったこともしています。
奈川もその補助金を活用しながら、
地域の日常や文化そのものを
旅人に楽しんでもらえるように
コンテンツに磨きをかけているから
発信をぜひ応援してほしいと
ご連絡をもらったというのが、今回の経緯でした。
ほぼ日ではこれまで、こういった記事は
取り上げてきませんでしたが、
何度も地域の方の真摯な思いを聞くなかで、
まずはぜひ、自分たちの目で、奈川を感じようと、
ツアーの一部を体験させてもらうことにしました。

▲奈川の一番いい場所にある畑にて、地域のお母さんたちが用意してくださったランチパーティの途中で。 ▲奈川の一番いい場所にある畑にて、地域のお母さんたちが用意してくださったランチパーティの途中で。

秋の深まるころ、松本に入り、
街を歩き、この土地に根ざして暮らし、
観光客を迎え入れる人びとの話を聞きました。
そして、ただ見聞きするだけではなく、
自分の体でこの土地を訪れ、
空気を感じられて、ほんとうによかった、
と思いました。
そのなかでも、印象にのこったふたつの体験を、
ここでお伝えさせてください。

▲ひと家族ごとに薪をストック。冬の厳しい寒さに備えるために、1、2年かけて乾燥させている。 ▲ひと家族ごとに薪をストック。冬の厳しい寒さに備えるために、1、2年かけて乾燥させている。

ひとつめは、木工作家の前田大作さんとの出会い。
ふたつめは、奈川で暮らす人たちにとっての
「とびっきりいい場所」で参加した
ランチパーティです。
旅のはじまりは
松本の街歩きから

▲アルプス公園から市街地の眺め。奥に北アルプスの山並み。 ▲アルプス公園から市街地の眺め。奥に北アルプスの山並み。

奈川を訪れる前に、
まずは松本市街地を歩きました。

▲湧き水のまち、松本。美ヶ原など周辺の山々から流れてきた地下水が豊富で、井戸や湧水スポットが点在している。飲み比べしながら歩く人も。 ▲湧き水のまち、松本。美ヶ原など周辺の山々から流れてきた地下水が豊富で、井戸や湧水スポットが点在している。飲み比べしながら歩く人も。

▲やっぱり訪れたい国宝、松本城。日本最古の五重六階の天守を構える。 ▲やっぱり訪れたい国宝、松本城。日本最古の五重六階の天守を構える。

▲宿泊は松本民芸家具の設え、クラシカルな雰囲気に浸れる「松本花月」にて。お部屋から雪をかぶった北アルプスの峰々を眺められた。 ▲宿泊は松本民芸家具の設え、クラシカルな雰囲気に浸れる「松本花月」にて。お部屋から雪をかぶった北アルプスの峰々を眺められた。

▲夜は路地裏に点在する居酒屋で山の幸、川の幸に舌鼓をうつのも松本を訪れる楽しみのひとつ。 ▲夜は路地裏に点在する居酒屋で山の幸、川の幸に舌鼓をうつのも松本を訪れる楽しみのひとつ。

そして、六九通りにある
「m4ギャラリー」を訪れました。
江戸時代から続く「前田木藝工房」の4代目、
前田大作氏が手がけるプロジェクト
「atelier m4」に触れることができる
場所です。

▲アトリエは美ヶ原の山腹にあるが、市街地のギャラリーでも「atelier m4」の作品に気軽に触れられる。 ▲アトリエは美ヶ原の山腹にあるが、市街地のギャラリーでも「atelier m4」の作品に気軽に触れられる。

木工作家、
前田大作さんとの出会い
前田大作さんのことは、
クラフト好きの友人から教えてもらったこともあり、
地域でうまく活用されていない木材を使って、
美しい家具を作り上げていらっしゃることを
存じ上げていました。
「m4ギャラリー」に一歩、足をふみいれると、
ほどよい余白のある空間のなかに、
家具や木工作品などが並び、
一つ一つのプロダクトのへの興味が
自ずとうまれてきます。
atelier m4では、伝統的な木工技術をベースにしながら、
現代のライフスタイルに合う家具等を制作しています。
もともと「前田木藝工房」は、
現在の東京駅、八重洲口のすぐ後ろに
構えていました。
いまではそんな様相はのこっていませんが、
当時、あのあたりは職人の町だったそうです。

▲アトリエの壁には、小さなお店を始めた時の表札のデザインが記されている。 ▲アトリエの壁には、小さなお店を始めた時の表札のデザインが記されている。

「私はいまから22年前に株式会社を立ち上げ、
その後に『m4』というサブブランドを作りました。
家業を継いだ25年ほど前には、
日本の手仕事を支える道具を作る職人や刃物を打つ人が
どんどん減ってきていました。
父の代までは、兄弟子や弟弟子がいる
住み込みの厳しい修行時代がありましたが、
あまりのつらさに若い人が続かないという
現状も実感していました。
仕事はおもしろいし打ち込む価値がある。
でも生活はどうすればいいのか。
そのジレンマを何とかしなければという思いで
ブランドを立ち上げました」

前田木藝工房では江戸時代から
「指物(さしもの)」という、
硯箱(すずりばこ)や箪笥など、
釘を使わず「ほぞ穴」に差し込んで組み立てる
日本の伝統的な家具を作っていました。
その技術や美的感覚は素晴らしいものですが、
時代のうつりかわりに伴い、
生活様式とズレが生じ、
商売にもむずかしさがうまれてきたそう。
そこで、指物を源流とした技術を使って、
今の暮らしに役立つアームチェアなどの
家具を作るようになりました。

▲細くカーブしている部分の製作がとりわけむずかしい。 ▲細くカーブしている部分の製作がとりわけむずかしい。

「日本の美的感覚はミニマリズムに近く、
必要最小限の構造を追求すると、
精神的に北欧のデザインと通じるものがあります。
パッと見た時に『北欧っぽいね』と
評価されることも多いのですが、
違いのひとつに仕上げの技術があります」
と前田さん。

▲仕上げは日本の伝統的な刃物、カンナで削っている。 ▲仕上げは日本の伝統的な刃物、カンナで削っている。

多くのプロダクトは、
表面をサンドペーパー(ヤスリ)の粒子で
押しつぶして平らにしているが、
刃物で削り出した表面は、
手仕事ならではのスムースさと艶があり、
10年、20年と使い込むほどに
状態が良くなっていくのだそう。
「買った時が一番良い状態」ではなく、
使うほどに手放せなくなる。
それが前田木藝工房が目指すクオリティ。
「海外、特にヨーロッパから来る家具が好きな方は、
細かなディテールの違いを
敏感に感じ取ってくださいます。
日本人が『北欧っぽい』と言うものを、
北欧の人は『すごく日本的だ』と言ってくださるのは、
我々にとってはありがたい評価です」
なぜ、東京から松本へ?
前田木藝工房が東京から松本へと
拠点を移したのは、1984年。
前田さんのお父様が工房を
標高1,300メートルほどの美ヶ原という
山のなかへと移しました。
周囲は「カラマツ」という、
秋に落葉する針葉樹に覆われています。
ですが、このカラマツを始めとする
針葉樹は柔らかく加工が大変なため、
家具作りには不向きとされ、
多くは建築の構造材や梱包材、
あるいは薪として消費されてきました。

「僕は20年前から、この余っているカラマツを使って
美しい家具を作ることに挑戦しています。
特に今取り組んでいるのは、工場の端材の活用。
建築材を切り出した後に捨てられる
1メートルほどの端材を購入し、
ステンレスのフレームと組み合わせることで、
強度的にもデザイン的にも優れた椅子を作っています」
今年6月には、デンマークのコペンハーゲンで開催された
「3daysofdesign」に出展した前田さん。
そこで驚いたことは、
世界中のクリエイターたちが
「何を作っているか」よりも
「何から作っているか(素材の正しさ)」に
強い関心を持っていたことでした。
「どこの誰が育てたかわからない木ではなく、
信州で人が育て、管理された森の木で作られた
家具であることを伝えると
非常に喜んでくださいました。
環境負荷の低いサステナブルな素材を、
手仕事によってラグジュアリーな領域まで引き上げる。
それが、日本の伝統技術が
世界の未来に貢献できる道かもしれないと考えています」

「日本の伝統工芸にはまだ見ぬ
たくさんのポテンシャルがあると思います。
私たちの工房にはデンマークからの研修生が来ますが、
彼らは、機械化で失われた手仕事の技術を
日本に学びに来ます。
作りたいものを作るだけでなく、
時代のニーズに対して
自分たちの得意技をどう生かすか。
伝統を守ることばかりに執着せず、
必要な技術だからこそ継いでいく。
そんな思いで続けていきたいと思っています」

▲カラマツで作られたカッティングボード ▲カラマツで作られたカッティングボード

美ヶ原のアトリエを拠点に、
前田さんといっしょに森を歩く体験も
ニーズに応じて実施されているそうです。
わたしも次は、ぜひそちらを
訪れてみたいと思っています。

※内容にご興味の湧いた方は、
松本市アルプス山岳郷の多田さんへ
詳細をお問い合わせくださいね。
office@alps-kanko.jp

(つづきます)

2026-02-28-SAT

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  • 写真・高橋郁子