陶器の器をまるでカンバスのように、
自由に、のびのびと筆を走らせ、着彩する。
動物や葉、枝、花は、
ときにシンメトリーに、
あるときはアンシンメトリーに、
生きている一瞬をとどめるかのような生命力をもち、
器をいろどっています。
鹿児島睦さんの絵皿を見ていると、
こころがあたたかくなるような、
そして、ずっと見つめていたくなるような、
なんとも言えない心地よさを感じます。
なぜ、鹿児島さんの器にはそんな魅力があるのか。
これはアートなのか、それとも実用品なのか。
鹿児島さんは、どんな思いで、
作品をつくっているんだろう?
そんな鹿児島さんの創作の哲学が知りたくて、
福岡のアトリエにお邪魔してきました。

>鹿児島睦さんのプロフィール

鹿児島睦(かごしま・まこと)

1967年福岡生まれ。
芸術大学で陶芸を専攻。
卒業後は日本の伝統工芸と
イタリアの最先端のデザインをあわせて紹介していた
福岡のインテリア会社『NIC』に就職。
「インテリア営業部」に3年半勤めたのち独立。
デザインまわりやデッサンの教師、
インテリアコーディネートなどの仕事に就く。
1年半ほどしたところで、福岡にできたばかりの
『ザ・コンランショップ』に
ディスプレイのスタッフとして入社。
ディスプレイだけでなく、仕入れや検品、
あらゆる仕事をしながら走り回る日々に。
同社で忙しい6年半を過ごし、35歳で退社、
陶芸作家として独立する。
その後は、陶芸を中心としながらも、
ファブリック、紙、立体作品、
さまざまなアートワークへと創作の世界をひろげ、
国内外で開催する個展では、
すぐに完売するアイテムが出るほどの人気に。
ほぼ日ではTOBICHIのロゴの製作や、
手帳、タオルなどのデザインをしてもらっている。

◇ 鹿児島さんのウェブサイトはこちら

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第3回 アートか、食器か。

──
ロンドンの「メッサムズ」は
アートギャラリーですよね。
ということは鹿児島さんの器は、
イギリスでは「アート」として捉えられているわけですよね。
それとも「クラフト」、
つまり手づくりの食器の一種だと
捉えられているんでしょうか。
鹿児島
お客さまはアートという認識で買ってくださるみたいです。
「私のお皿は使ってもらって大丈夫」
と申し添えるんですけど、
言いすぎると嫌がられちゃうんですよ。
私が食器と言うと、
「食器と言ってほしくない」という人が多いですね。
──
お客さまは器の形はしているけれど
アート作品だと思っているんですね。
鹿児島
イギリスは生活と芸術を融合する
「アーツ・アンド・クラフツ運動」を先導した
デザイナーで思想家でもあった
ウィリアム・モリスを生んでいる国。
だからお皿を自分のリビングやキッチン、
ダイニングに飾って楽しむカルチャーがあるんです。

──
イタリアから北ヨーロッパにひろがった
飾り皿、装飾皿の文化ですね。
鹿児島
ええ。
コレクターの方は壁に飾ってくださって、
年に1回のホリデーシーズンなどで
特別なお客様がいらっしゃるときに壁から外して使う。
「どのお皿を使う?」と、壁にあるものの中から選んでもらって、
使うこともあるようです。
──
鹿児島さんは
「これはアート」「これは食器」というように
つくるときに分けていないんですか?
鹿児島
分けてはいないですね。
私の中では一個一個、
同じものにはならないようにと思ってつくっています。
そう考えると
アートだと思ってつくらなくちゃいけない。
──
そうすると、鹿児島さんの器はアート?
鹿児島
いや、どうでしょう‥‥。
お答えになるかどうかわかりませんけど、
私としてはものすごく客観的につくっているつもりなんですね。
自分がつくったものと自分との距離は
できるだけ離そうと思っていて。
──
客観的につくっている。
鹿児島
そうです。
例えば友人の器作家でデザイナーのイイホシユミコさんは
ろくろで作品をつくるときは
工業製品に近づけるようにつくっている。
大量生産するような器をつくるときは
手でつくった温かみが出るものにしたいそうなんです。
──
手づくりを工業製品っぽく、
工業製品を手づくりっぽくしているんですね。
鹿児島
そう。だから彼女の器は
工業製品とハンドメイドのものの見分けがつかないんですよ。
ハンドメイドにも工業製品にもどっちにも偏りすぎないという
考え方に共感していて、
そのつくり方もいいなと思っています。
──
さきほど絵付けの工程を見させていただきましたが
線を一本一本丁寧に描きながら
一人で手づくりをしている。
それもすべての工程を一人でやられている。
にもかかわらず、
客観的な気持ちでつくっているという、
ギャップが面白いですね。
以前、アートとクラフトの違いについて
アートは自己表現で自分のためにつくるもので、
クラフトは使ってくれる人のためにつくるものと
おっしゃっていましたよね。

鹿児島
それは、いまも思っています。
私の仕事は100%アートでもないし、
100%クラフトでもないんですよね。
どちらでもない状況を
「国境の上を歩いていくようなことをしている」
とよく言っています。
──
国境の上を歩く?
鹿児島
そう、国境の上です。
国境の上は見晴らしがいいんですよ。
こっち側で面白いことがあったらヒューッて下りていくし、
反対側で面白いことがあったら下りていき、
また国境の上にもどります。
フレキシブルでとても楽しいんですけど、
横に並んでいる人は誰もいなくて、じつは孤独。
国境の上という自由な場を選んだんですけれど、
その代償に孤独になってしまったという感じなんです。
──
鹿児島さんは、陶芸家だけど、
表現方法は陶芸のみにはとどまりませんよね
ほぼ日の仕事を例にあげても
手帳やタオルをつくったり、
TOBICHIのロゴをつくったり。
ほかにもオブジェをつくり、絵画に、
ビルや保育園などの壁画も描いている。
そういうふうに考えると
同じようなことをしている仲間がいないんですね。
鹿児島
寂しい状況です(笑)。
どうしたらいいんだろうって迷うことがあっても、
同業の友達がいないので聞くに聞けない。

──
仕事の幅が広いのは
頼まれて広がっていたんですか?
鹿児島
ええ。それこそデザイナーで思想家のウィリアム・モリスが
自分の家のステンドグラスに
「Si je puis」と書いているんです。
これはフランス語で、英語にすると「If I can」。
つまり「私に、もしそれができるなら」
と訳されることが多いんですけど、
ネイティブの友達に聞くと
「できるかぎり上手につくる」という
ニュアンスもあるらしいんですよ。
──
できるかぎり上手に。
鹿児島
自分で役に立てるんだったら、
持てる力で頑張って上手につくりますというニュアンスです。
この言葉を駆け出しの頃からいいなと思っています。
だから作家としては陶芸から始まりましたけれど、
「描いてみる?」っておっしゃっていただいたら、
「じゃあ、試してみる。うまくいったら使ってほしいけど、
うまくいってなければ使わなくていいから」っていう感じで
トライは一所懸命やっています。

(明日につづきます)

2026-02-11-WED

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