『チェンソーマン』『SPY×FAMILY』『ダンダダン』など、
数々の大ヒットマンガを担当する編集者、
林士平さんにたっぷりと語っていただきます!
あ、語っていただきますというと違うかな。
どんどん質問するので、どんどん答えていただきます。
あ、それもちょっと違いますかね。
Q&Aみたいなつもりはなかったのですが、
林さんのマンガ製作にまつわるリアルな話がおもしろくて、
ついつい「え、それって‥‥」と質問すると、
すぐにキレのいい答えが返ってくる。
それがまたおもしろくて「え、じゃあ‥‥」と
また聞く、また答える、という最高のくり返しだったのです。
聞き手は、自身もマンガ家志望だった、糸井重里。
あと、最近の人気王道作品を一通り読んでいるという理由で
糸井から「おまえも入れ」と言われたほぼ日の永田です。
マンガの表記は、漫画、マンガ、まんがとありますが、
このコンテンツでは「マンガ」で行こうと思います。
林士平さんの読み方は「りん・しへい」です。

この対談の動画は 「ほぼ日の學校」でご覧いただけます。

 

>林士平さんのプロフィール

林士平(りん・しへい)

マンガ編集者。2006年、集英社入社。
「月刊少年ジャンプ」「ジャンプスクエア」編集部を経て、
現在は「少年ジャンプ+」編集部員。
『SPY×FAMILY』『チェンソーマン』『ダンダダン』
『HEART GEAR』『幼稚園WARS』など数々の人気作品を担当。
マンガのネームや映像作品の絵コンテを簡単つくることが
できるアプリ「World Maker」の開発責任者も務める。

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第8回 社会見学のような就職活動

糸井
林さんは、もともと、
マンガの編集をやりたかったんですか?
やりたいことが、なかったんです。
糸井
なかった。
はい。やりたいことある人が
ちょっとうらやましいぐらいの大学生でした。
なんか、いるじゃないですか、
私は絶対これになる、みたいな方が。
自分は、なんにもないぞって思ってました。
糸井
ないままで、就職活動を?
はい。なんにもなかったんで、
めちゃくちゃミーハーな就職活動でした。
業界も何も決めてなかったので、
パイロットとかにも応募してました。

糸井
(笑)
永田
マンガはお好きだったんですよね?
マンガと小説は好きでした。
永田
その「好き」は、就職とは結びつけずに。
マンガが好きだから
「1社ぐらいは受けとくか」っていう感じで
受けたのが集英社でした。
なので、ほかの出版社とか印刷会社とかは
どこも受けてないんです。
糸井
マンガ以外では?
あとは、給料が高いって聞いたのでキーエンスとか、
さっき言ったANAのパイロットとか、
あと、ジッパーってYKKだらけだなあと思って
YKK受けてみたり。オリエンタルランドも受けました。
糸井
確かにミーハーですね(笑)。
でも、一通り、どこもおもしろそうで。
そうですね。そのときは、やりたいことがないので、
やらないということだけ決めて、
雑食の動物みたいにいろいろ受けて、
「まあ、受かってから考えよう」
くらいに思ってました。
永田
ちなみにその「やらない」と決めていたのは?
お金でお金を稼ぐ仕事だけは、
わからないし、大学生時代の自分は
ロマンを感じなかったので、
やめとこうって思ってました。
糸井
なんでしょう、でも、その雑多な感じというのは、
マンガの編集者をやってるのにピッタリだね。
そうかもしれないですね。
糸井
人がおもしろがってるし、
俺もおもしろいと思うものに行くっていう。
だから、就職活動なんだけど、
社会科見学みたいな感覚でした。
落ちてもかまわないと思ってるから、
ずっとおもしろかったですね。
で、そういう感覚でいるからか、
意外と残っちゃうんですよ。
糸井
ああ、そうでしょうね(笑)。
まわりの友だちから
「内定コレクター」って言われるくらい、
めちゃくちゃ受かりました。
糸井
向こうがどういうものを欲しがってるか
わかるような感じなんですか?
ぼく、「林(りん)」っていう名前が
タイワニーズなので、まず目立つんですね。
両親が台湾人で、大学のころ上海留学してて、
大学ではICタグとかセンサーの研究してたんで、
まあ、文系と理系の間みたいなところが
得意分野だったんですよ。
糸井
それは企業に注目されそうですね。
はい、言ってしまうと、
どこの業界でもそういう人って欲しいだろうなと
自分でも薄々思ってたんです。
だから、それっぽいことを言ってると、
やっぱり受けがいいわけです。
自分自身も、これから仕事をするにあたって、
技術とかシステムとかがわかったうえで、
サービスを送り出す人と享受する人の両方を
つなぐ役割はたのしそうだぞと思ってたんで、
偽ることなく自然に面接で話してると
どんどん受かってしまうという。
糸井
いままさしくそういう仕事をやってますよね。
理系と文系をつなぐ役割でもあるし、
ミーハーっていう言い方をしてましたけど、
それっていろんな領域でみんなの興味と
自分の興味が一致するということでもあるし。
自分が好きなもののほうが、
苦にならないだろうという気持ちはありました。
仮に、マンガの業界と、布団の業界があって、
ぼくが布団の業界に入ったら、
自分がわからないものを売ることになるから
しんどくなるんじゃないかなと。
糸井
でも、あなたの場合だと、布団をじっと見て、
なんか思っちゃうんじゃないの?
そうですね(笑)。
うどん型の布団って出たの、知ってます?
糸井
知らないです(笑)。
知らないですか。うどん型の布団があって、
あれ、けっこうぼくは衝撃覚えて。
糸井
いいじゃないですか(笑)。
たぶんそういうふうに行くんじゃないかなあ。
もっとちっちゃいときは、
興味は何があったんですか。

父が歯医者だったんで、
ふつうに歯医者になると思ってました。
子どもにありがちなことですけど、
父親の仕事をそのまま
自分もやるのかなと思ってました。
でも小学校ぐらいで、べつに自分は
歯を治したいわけじゃないなって気づいて。
そのあたりから、
やりたいことは何もなかったんです。
もう、無気力でした。
糸井
無気力。
はい、ほんとに。
中学以降の先生からのあだ名が
本当に「死体」で。
永田
先生、ひどい。
ずっと寝てたんです、ほんとうに。
でもなんか最近の研究で、
学校の始業時間を遅くすると
成績上がるみたいなのあって、
たぶんぼく、それが必要だったというか、
異常に寝なければならない
年齢だったんだなっていまは思います。
糸井
そういうことは、みんななにかしらあるかもね。
みんながやんなきゃなんない無理な時間、
というのに、学校生活って、
ものすごく気持ちも時間を費やしますよね。
そうですね。
糸井
その意味では、会社にも、
個人にとって無理で無駄な時間って、
じつは多いですよね。
だから、いま集英社って、
完全にフレックス制で行かなくてもよくて、
それはいいですね。
昔は入稿日にはいなきゃいけなかったんですけど、
いまはもう完全にデジタルでできるので、
ほんとに1か月ぐらい会社行かなくても
誰もなにも言わない、言われない。
糸井
そのぶん、家に仕事の連絡がずっと。
ありますね(笑)。
どこでも仕事はできるんですけど、
旅行先にも仕事が追いかけてくるようになって。
だから、完全なオフはもうなくなったんですけど、
でも移動の自由があるのはハッピーなので、
ぼくはいまの環境のほうが好きです。

(つづきます!)

2023-09-08-FRI

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