『チェンソーマン』『SPY×FAMILY』『ダンダダン』など、
数々の大ヒットマンガを担当する編集者、
林士平さんにたっぷりと語っていただきます!
あ、語っていただきますというと違うかな。
どんどん質問するので、どんどん答えていただきます。
あ、それもちょっと違いますかね。
Q&Aみたいなつもりはなかったのですが、
林さんのマンガ製作にまつわるリアルな話がおもしろくて、
ついつい「え、それって‥‥」と質問すると、
すぐにキレのいい答えが返ってくる。
それがまたおもしろくて「え、じゃあ‥‥」と
また聞く、また答える、という最高のくり返しだったのです。
聞き手は、自身もマンガ家志望だった、糸井重里。
あと、最近の人気王道作品を一通り読んでいるという理由で
糸井から「おまえも入れ」と言われたほぼ日の永田です。
マンガの表記は、漫画、マンガ、まんがとありますが、
このコンテンツでは「マンガ」で行こうと思います。
林士平さんの読み方は「りん・しへい」です。

この対談の動画は 「ほぼ日の學校」でご覧いただけます。

 

>林士平さんのプロフィール

林士平(りん・しへい)

マンガ編集者。2006年、集英社入社。
「月刊少年ジャンプ」「ジャンプスクエア」編集部を経て、
現在は「少年ジャンプ+」編集部員。
『SPY×FAMILY』『チェンソーマン』『ダンダダン』
『HEART GEAR』『幼稚園WARS』など数々の人気作品を担当。
マンガのネームや映像作品の絵コンテを簡単つくることが
できるアプリ「World Maker」の開発責任者も務める。

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第1回 締切に追われたい

永田
いま、日本のマンガは、
アニメ化や映像化などの広がりも含めて、
世界中で求められているように思えます。
林さんは、いまの日本のマンガを
どんなふうにとらえてらっしゃいますか?

たぶん「マンガ」って、
日本でしか生産されてないと思うんですよ。
アメリカには「アメコミ」がありますし、
フランスにも「バンド・デシネ」がありますけど、
厳密にはそれらは「マンガ」ではなく
「コミック」なのかな、と思っております。
「マンガ」というかたちのものは、
ほかの国ではここまでの数が
生産されてないと思うので、
その意味では日本のお家芸といえるでしょうね。
永田
糸井さんもよく原稿のなかで、
日本のマンガの強さに触れてますよね。
仮に「国民マンガ総生産」という数値があれば、
日本はきっと世界一だろう、と。
糸井
「描く」と「読む」の場と量が
圧倒的に多いと思うんですよ。
たとえば、アメリカの若者が、
今日はなにをしようかなって考えるとき、
マンガを読むとか描くとかは、
あんまり上位に来ないと思うんですよね。
日本だったら、なにかを表現したいと思ったら、
マンガっていう選択肢がすっと出るじゃないですか。
あとは、まあ、お笑いもかな。
そんな国はやっぱりないですよね。
マンガが選ばれるいちばんの理由は、
お金を稼げるからじゃないですかね。
糸井
あ、それは、はっきり大きいですよね。
はい。マンガって、個人に対するリターンが
すごく大きいなとぼくは思っていて。
たとえばドラマの脚本家って、
たぶん1話あたり、数十万の原稿料で、
それプラス印税だと思うんですけど、
関わる多くの人たちと利益を分け合いますよね。
その点、マンガ家さんは印税に関しては、
基本的に10%総取りですから。
あと、ときどき、人気のマンガ家さんたちが
豪邸訪問みたいな番組に出たりして、
夢のある私生活を見せてくれたりしますよね。
そういう影響で、マンガってなんか夢がある、
というふうに思ってくれているのかなと。
糸井
昔のロックスターみたいに見えるのかもね。
ある種、はい。
糸井
ただ、マンガ家の人たちはみんな、
「俺は苦しい」っていうマンガも
いっぱい描いているから、
「豪邸=ラクな暮らし」というふうには
単純に思えないかもしれないけど。
永田
はい、どちらかというと、
そのイメージも強いなあと思います。
でも、誰かが「満たされてる」っていう表現って、
あんまりみんな見たいものじゃないから、
マンガ家さんたちは、満たされてても、
たぶん描かないんじゃないですかね。
糸井
その意味では、締切に追われてつらい話って、
マンガのなかの伝統芸というか、
ひとつの表現のジャンルなのかもね。
そうだと思います。
みんな、締切に追われてることを表現するとき、
不思議とちょっとうれしそうですよ。
糸井
(笑)

「あれは大変だった」っていうとき、なんか、
みなさんうれしそうに語るじゃないですか。
ぼくもそう思いながら原稿追いかけてますもん。
「いまから藤沢まで原稿取りに行ったら、
帰りは絶対終電ないけど、どうすんだ?」
みたいなことを、どこかでたのしいと思いながら、
深夜の電車に乗ってたりしますから。
糸井
はー、そういう意見を聞いたの、
今日、はじめてかもしれない。
永田
そうですね(笑)。
締切が、うれしいことなのかも、という。
糸井
若い子なんかも、じつは、締切に追われることに
憧れてるんじゃないかっていう。
それはあると思います。
なんか、最近よく耳にするのが、
「努力をしたくても、
社会が努力をさせてくれない」っていう話で。
いまは労働上のルールがしっかりありますから。
だから、若い編集部員とかに
「どうすればいい仕事ができますか?」って
聞かれたときに、ほんとうのことを
言ってよければ、ぼくも言いたいんです。
「ぼくが若いころは、とりあえず
寝る時間以外は全部仕事してたよ」みたいなこと。
でも、まさかいまの時代にそれを
強要するわけにもいかないじゃないですか。
でも本音を言うと、没入する時間がないと、
たぶん本物のプロにはなれない。
その意味でいうと、マンガ家さんたちは
ちゃんと没入してるんですよね。
彼らは雇われの人ではないんで、朝から晩まで、
もう労働基準法が適用されるとしたら
完全に違反じゃないですか。
でも個人事業主だから、
その時間を全部自由にコントロールできる。
そういう人たちとつき合うぼくら編集者が、
いわゆる労働時間で管理されて
よろしいのだろうかっていう議論は
つねづねありますけどね。
糸井
それは、お笑いの人たちが、
自分のネタや特徴を増やすために
私生活でも趣味をつくったり
ちょっと変なことをするのと似てますね。
やっぱり、マンガ家も芸人さんも、
ロックスターになってるのかもしれない。
そうですね。たしかにマンガ家さんのなかには、
なにかを考える時間を確保するために、
ちょっと常軌を逸するような
行動をとる方もいらっしゃいます。
でも、たとえば『こち亀』の秋本治先生とか、
『ジョジョ』の荒木飛呂彦先生は、
すごくきっちりとスケジュールを
コントロールされていたりするので
両方あるのかもしれません。
糸井
それは村上春樹さんが時間を区切って
きっちり仕事されてるのと同じだね。
はい。
糸井
まあ、締切に追われて缶詰になる話って、
作家も昔から書いているけど、
読者としてはたのしく読んでたりするし。
人の苦労っておもしろいですからね。
糸井
(笑)
あとは、締切にずっと追われてたり、
缶詰になって描いたというトラウマを
マンガの中で処理して、思い出として
切り替えるために描いてることも
あるんじゃないかなと思うんです。
笑いにしないと生きていけない、
みたいなマンガ家さんもいらっしゃるので。
糸井
ああ、なるほど。
そういうことも快感なんだっていう部分がないと、
創作なんて成り立たないのかもしれない。
そうですね。
糸井
おもしろいなあ。

個人的には、マンガの週刊連載って、
人間の仕事としてちょっとまともじゃないって、
正直、ぼくは思っていて。
だから、いまぼくが所属している
『ジャンプ+』というアプリの編集部では、
作家と担当編集、あと編集長との相談で、
比較的すみやかに休載ができるような
仕組みにしてあるんです。
でも、紙の雑誌って、誰かが休むってなったら、
そのページを埋める代原が必要だったりして、
人に迷惑をかけるし編集者や印刷所の
負担もかなり大きくなるので、
どうしても休載させたくなくて、
ぎりぎりまで作家さんを追い立てる、
みたいなことがあるんですよ。
アプリだと「無理なら休みましょ」って、
比較的言えるので、かつて感じていた
作家さんに対する申し訳ない気持ちは
だいぶ少なくなりました。
永田
常軌を逸して没入することも必要で、
でも、それだけだといずれ無理がくる。
そうなんですよね。

(つづきます!)

2023-09-01-FRI

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