冷戦時代、旧ソビエト連邦では、
ジャズやロックンロールなどの
「ブルジョワ的、自由主義的」音楽は、
厳しい取り締まりの対象でした。
そこで、
ジャズやロックを聴きたいソ連の人は、
使い古しのレントゲン写真に
「ブルジョワ的、自由主義的」音楽を
刻み込み、地下流通させていました。
見つかれば収容所送り、それも覚悟で。
この、ほとんど知られていない
「ボーン・レコード」を、
あの都築響一さんが持っていた!

音への渇望、アートと自由の関係性。
興味深い話、たくさんうかがいました。
担当は「ほぼ日」奥野です。

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第1回 淡谷のり子さん、だった。

──
ボーンミュージック、
肋骨レコードというものの存在を、
まったく、知りませんでした。
都築
まあ、ふつう、そうでしょう。

──
あ、やっぱり、
知ってる人の数は少ないんですか。
都築
めったにいないんじゃないかなあ。
──
でも、都築さんは、
その存在を知っていたのみならず、
所有までされていて。
都築
はい。
──
さすがだ‥‥と思いました。
 
旧ソビエト連邦の社会主義体制下、
厳しい取り締まりの対象だった
「自由主義的な音楽」が、
古いレントゲン写真に刻み込まれ、
当局の目をかいくぐり、
地下流通していた‥‥という話は、
強く興味をそそられます。
都築
ねえ。
──
エルビス・プレスリーの曲なども、
そうやって
旧ソ連に流出したそうですし‥‥。
都築
うん。
──
なにか、その渇望のされかたに、
感動すら覚えます。
 
でも、そういったことについて、
日本ではほぼ知られていないのに、
都築さんは、ご存知だった。
都築
ええ。
──
のみならず、所有までされていた。
その意味で、
都築さんは本当にさすがだ‥‥と。
都築
ただの偶然なんです。
──
偶然。どのような偶然ですか?
都築
昔、NHKで特集していたんです。

──
肋骨レコードについて。
都築
そう。
 
番組名は覚えていないんですけど、
サックス奏者の坂田明さんが、
ボーンミュージックを探すために、
ロシアへ行くという。
──
へえ‥‥。
都築
あれは、いつごろだったんだろう。
2001年とか、それくらいかな。
 
とにかく、20年くらい前に見た
その番組のことが、
ものすごく記憶に残ってたんです。
──
以来、肋骨レコードを探して?
都築
いや、当時はネットもまだまだで、
資料もなかったから、
何の手がかりも掴めませんでした。
 
なので、ずーっと
そのまんまになってたんですけど、
最近、ロシアのロックとか、
反体制のことを調べているときに。
──
ええ。
都築
偶然、そのボーンミュージックを
ウェブで売ってる人を、
サンクトペテルブルクで見つけて。

──
おお!
都築
あ、あのときのあれだ‥‥と、
さっそくメールで問い合わせたら、
国外からでも注文できるよと。
 
それで、何枚か買ってみたんです。
──
偶然、そのサイトを見つけたのは、
番組から何年後ですか。
都築
いや、だから、ぜんぜん最近。
3~4年前くらいかな。
 
そのときにはじめて買ったんです。
──
じゃ、ここ何年かで、一気に。
都築
インターネットでの売買の環境が
整備されてきたことが、
いちばん、大きいと思うんですよ。
 
「あ、売ってる!」と思ったから。
──
肋骨レコードに関する、
資料みたいなものもないんですか。
都築
ないんです、ぜんぜん。
 
旧ソビエト時代のロックについて
書いている人がいて、
その邦訳が出てるんですが、
そこにはちょっと出てきてたかな。
──
じゃあ、でも、それくらいで。
都築
その坂田さんのNHKの番組でも
めちゃくちゃ手探りで、
何の手がかりもないから、
あっちのラジオで公開調査したり。
 
「日本から来たミュージシャンが
 こんなレコードを探している、
 誰か持っている人はいませんか」
みたいにやってました。
──
現代のロシアでも、
歴史に埋もれそうになっていたと。
都築
若い人は知らないと思う。

──
なるほど‥‥。
都築
ネットで何枚か買ったあと、
ロシアを訪れる機会があったので、
市場で探したり、
売ってる人に話を聞いたり、
美術館で展示されていのを見たり。
──
探すアテはあって行ったんですか。
都築
ないですよ、そんなの。
あったらいいなとは思ってましたが。
 
でも、市場だとか
巨大なフリーマーケットを回ったり、
レコード屋さんで、
そういうの知らないか聞いたりして。
──
ええ。
都築
すると「これか?」みたいな感じで、
奥の方から出してくるんです。
 
でも、最初にネットで買ったときが
やっぱりいちばんおもしろくて、
ロシアでは、
なにか古いものを海外へ送るには、
国の許可が要るらしいんです。
──
へえ‥‥。
都築
でも、どの機関に、
どんなふうに申請したらいいのか、
誰も知らない。
 
だから、
黙って送るって言うんだけど‥‥。
──
ええ。
都築
何の関係もないダミーのレコードを
ボール紙にくるんで送る、
で、そのボール紙が二重になってて、
その間に挟んどくからと。
──
いまだ禁制品かのような扱い(笑)。
都築
そんな感じだったんで、
届くのか半信半疑だったんですけど、
言われたとおり、
ボール紙のあいだの隙間を調べたら、
ちゃんと入ってた(笑)。

──
ダミーのレコードって、ちなみに?
都築
なんか、ただの、どうでもいい
ロシア民謡みたいなやつ(笑)。
──
で、実際に買ったレコードは‥‥。
都築
それがね、いろいろ、
そのウェブサイトで見てたんだけど、
ビーチ・ボーイズとか、
有名なアーティストのレコードって、
どれも10万以上するんです。
──
高い!
都築
ビートルズなんかも、
1000ドルとか1500ドルくらいの
値がついてました、当時。
──
へえ‥‥。
都築
さすがに、それは買えなかったんで、
歌手名はなかったんだけど、
「日本の女性歌手が歌っている」
という説明のレコードがあったんで、
注文してみたんです。
──
女性歌手?
都築
うん、届いた音を聴いてみても、
ちょっとわからなかったんですけど、
詳しい人に聞いたら‥‥。
──
ええ。
都築
淡谷のり子さん、でした。
 
戦前、まだ若かりしころの、
淡谷さんのレコードだったんです。

(つづきます)

2019-04-23-TUE

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  • BONE MUSIC展が
    日本にやってくる!

    インタビューで語られている
    ボーンミュージックの
    日本初の展覧会が、東京・表参道の
    BA-TSU ART GALLERYで開かれます。
    2014年、ロンドンからはじまり、
    イタリアやロシアをめぐった企画展が、
    日本にやってくるのです。
    ボーン・レコード現物の展示を中心に、
    会場には、貴重な「音源」が、
    BGMとして流されているそうですよ。
    Tシャツなどのグッズも、よさそう。
    期間が4/27(土)~5/12(日)と
    短めなのですが、
    ご興味を持たれた方は、ぜひとも。
    詳しいことは、
    展覧会の公式サイトでチェックを。