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#34 おじいちゃんのぶどう

この漫画のもとになった投稿

わたしが高校2年生の夏、
育ての父である祖父が肺がんになりました。
祖父は80歳を過ぎたくらいでした。

わたしは生まれてすぐに、
跡取りがほしいと
一応は家族の祖父母に貰われていったのですが、
年齢差から、関係はぎくしゃくしていました。

子どものころはそれを何とかしたくて、
料理をがんばって笑顔の家庭を目指しましたが、
成長とともに
両親や兄弟と離された悔しさで、
優しい祖父に素っ気ない態度を取りがちでした。
小学校の運動会には誰も来ないでと言いました。

祖母は
「じいちゃんは馬鹿だからイジメてやれ」と言い、
子どものころのわたしは
「そうなのかな‥‥」と思い、
「おじいちゃんの馬鹿」とよく言いました。

祖父は一度だけ涙を流して
「人の痛みのわかる人間になれ!」と言いました。

わたしは祖父母の振る舞いを見ていて、
「正しいのは祖父ではないか…」と
思春期のころに、とても混乱しました。

昔、戦争に行った祖父は、人を殺めたくないからと
戦地で逃げて回っているときに、
おしりを撃たれ治療のために帰国。
その後に終戦となり、
孤児だった祖父は、
行くあてがなくて大変な人生を生きたそうです。

わたしが小さいころ、寝るときに
「小さい電気をつけてくれ。真っ暗は戦地を思い出す」
と、頑健な体とは裏腹のお願いをされました。

そのたびにわたしは、
祖父の心に負った傷の大きさを感じて
戦争が怖くなりました。

そんな祖父を大切にしたいという思いが
膨らんできたときの、肺がんの宣告でした。

わたしはまだまだ親孝行をしてない。

友だちには若いお父さんがいるのに、
わたしは、もう、育ての父を失わなければいけない。

たまに顔を見に来る実母には
「本人に告げるな。胸の中に秘めて最後までみてやれ」
と突き放されました。

学校から帰ると
心臓病で寝込んだ祖母の代わりに家事をやり、
祖父の浮腫んだ足をさすりながら
涙をこらえて励ましました。

祖父は泣いて喜んでいました。

夜は、祖父の部屋の隣で勉強して、
祖父がトイレに行くのを付き添いました。

ぶどう園に行くと新鮮なぶどうが買えると聞けば、
学校帰りに自転車で買いに行きました。

入院先にも
自転車で片道1時間かけて顔を見に行きました。
祖父との時間を止めるなら
何でもしたかったです。

高校3年の秋に、わたしの誕生日を過ぎてから
祖父は亡くなりました。

私は祖父の死に際に
「おじいちゃんに恥ずかしくない、
人の痛みのわかる人間になります!」
と言いました。

30年経った今も、
それがわたしの生きる道しるべになっています。

毎年の夏の終わりは
祖父のために走り回っていた記憶と、
すべてわかっていたであろう
祖父の優しさを思い出して切なくなります。

でも、それがあったから、
いまのわたしがあると、わかります。

(匿名さん/『雲のうえFM』への投稿より

2025-01-04-SAT

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    今日マチ子

    漫画家。1P漫画ブログ「今日マチ子のセンネン画報」の書籍化が話題となる。文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品に4度選出。戦争を描いた『cocoon』は「マームとジプシー」によって舞台化。2014年に手塚治虫文化賞新生賞、2015年に日本漫画家協会賞大賞カーツーン部門を受賞。『みつあみの神様』は短編アニメ化され海外で23部門賞受賞。コロナ禍の日常を絵日記のように描いた近著『Distance わたしの#stayhome日記』が、2022年1月『報道ステーション』にて特集された。

  • 漫画:今日マチ子

    編集:奥野武範(ほぼ日)

    デザイン:杉本奈穂(ほぼ日)

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