1981年に放送された名作ドラマ、
『北の国から』をご存じですか?
たくさんの人を感動させたこのドラマを、
あらためて観てみようという企画です。
あまりテレビドラマを観る習慣のなく、
放送当時もまったく観ていなかった
ほぼ日の永田泰大が、あらためて
最初の24話を観て感想を書いていきます。

イラスト:サユミ

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#14


自然な「死」。

『北の国から』第15回のあらすじ

分校の教師・涼子(原田美枝子)を
中傷する怪文書事件が持ち上がった。
2年前、東京で、生徒を自殺に
追い込んだ暴力教師だというのだ。
涼子に真相を迫る杵次。
一方、純にも大問題が起こっていた。
最近異常に女性の胸や足が気になって仕方がない。
「ゴメンナサイ。どうしてか胸へばかり
僕の視線はいってしまうわけで。」
自分は絶対に病気だと純は心配になる。

 

『北の国から』第16回のあらすじ

正吉の祖父・杵次が酔っ払って転落死。
18年間苦労を共にした愛馬を遂に手放した
翌日の事だった。
数日後、正吉は純にも黙って何処かに転校してしまう。
突然の親友との別れ、
一方、純は思い切って父に思春期の悩みを告白。
「大人になった証拠だ。」
父は純を一人前に扱い
丸太小屋を建てる計画を打ち明ける。
小さくても夢のある家に純も螢も心躍った。

 

なんだかもう、ぐしゃぐしゃである。
つい、第15回と第16回を連続で観てしまった。
そうせずにはいられなかった。

このぐしゃぐしゃが『北の国から』なのだと思う。
悲しいことやおもしろいことや
怖いことやすごいことややるせないことが、
つぎつぎに生じては、ドラマのなかに織り込まれていく。

そのぐしゃぐしゃな回をふたつ連続で観てしまったぼくは、
ようやく『北の国から』がわかってきたような気がする。

ぼくにとっての伝道師である、
雨上がり決死隊 蛍原徹さんは、
「『北の国から』はぼくはもう何度も何度も観てるので、
げらげら笑いながら観ています」とおっしゃっていた。
笑えるようなシーンではなく、
ただのふつうの場面で
げらげら笑ってしまうのだと言う。

今日、ぼくはふたつの話を連続で観て、
悲しくなったり、感動して泣いたりしながらも、
いくつかのシーンでげらげら笑ってしまった。
ただの、おっさんとおっさんが
会話しているようなシーンとかで。
そして、笑いながら、
ああ、蛍原さんが言ってたのは
こういうことかと思った。

笑っちゃうのはやはり田中邦衛さんの言動である。
とくに、「言いづらそうに言う」みたいなところが
もう、おかしくてしょうがない。

そもそもぼくは、このドラマって、
田中邦衛さんが主人公だし、
モノマネする人たちも田中邦衛さんのマネをするけど、
実質的には純が主人公じゃないかと思っていた。
少なくともここまでの16回においては、
カメラに映っている時間も、
しゃべっている台詞の量も、
圧倒的に純のほうが多いと思う。

けれども、ようやくわかってきたけれども、
田中邦衛さんが演じる五郎が、
なんでもないひとことひとことを発するたびに、
ああ、やっぱりこのドラマの主人公は
五郎なのだなあと思う。
大きな見せ場があるわけではないし、
それどころか正直大丈夫かと思うような
ことのほうが多いくらいだけど、
照れたり、言い淀んだり、頭を下げたりするたびに、
なぜか五郎さんはこのドラマの
主人公としての説得力を増加させていく。
それがなぜなのかは、これからもっと
わかってくるのではないかと思う。

さて、要点を追っていくと、
述べたようにいろいろあって、ぐしゃぐしゃである。
涼子先生の東京での事件を暴露する手紙が
父兄や教育委員会に届く。
純は第二次性徴期のきざしに戸惑う。
笠松のとっつぁんこと杵次さんが馬を売る。
草太兄ちゃんは雪子おばさんが
東京に行ったことでふさぎ込む。

そして、馬を売った杵次さんは酔っ払い、
橋の上から落ちて死んでしまう。

その「死」の表現が、ほんとうに「死」だった。
象徴ではなく、実際の「死」で、
朝、橋の下で見つかった死体は、
ほんとうにもう動かないのだろうなと感じられた。

通学中に純と螢も動かなくなった杵次さんを目撃する。
葬儀用の写真を選ぶために正吉がアルバムを探す。
家の壁に黒と白の幕が貼られる。
通夜に普段着の草太がやってきた
「どうもこのたびはとんだことで」と言う。
親戚が集まる。湯呑の数は足りるかなと心配する。
葬式の夜はみんな集まって泣かずにしゃべる。
ちょっと喧嘩になりかけたりもする。

そういったぜんぶが、
暮らしのなかのとても自然なことに思えた。
ドラマのなかの「死」は、
ちっともドラマティックに演出されず、
雪が積もることや牛が鳴くことと同じように、
自然なこととして描かれているように思えた。
純が女性の胸とかおしりをつい目で追って
ちんちんを大きくしてしまうように、
18年間一緒に過ごした馬を売った杵次さんが、
悲しさを紛らわすために酔っ払って、
自転車で帰宅する途中に橋から落ちて
亡くなってしまったことは、
生活のなかにある自然なことの
ひとつであるように感じられた。

そして、杵次さんのお葬式の夜に、
よっぱらった清吉さんの
「おまえらはなにもわかっとらん!」という
一連の台詞がとてもよくて、
ぼくはもう、純粋に、大滝秀治さんの演技で
ぽろぽろ泣いてしまった。
かすれているのに声が強くて、
暖かいけど、凄みがあって、
「一町を拓くのに2年かかった」という台詞が
繰り返されるのも酔っ払いっぽくて、
草太を演じる岩城滉一さんがさっと立って
「もう帰ろう」と言って連れて帰るあたりも含めて、
あのお葬式の夜は忘れられないシーンだ。

ちなみに大滝秀治さんは1925年生まれ
(大正14年!)だから、
1981年の放送当時には、だいたい56歳。
えっ、56歳って、ぼくとそんなに変わんないじゃん。
えっ、56歳なの? このとき? ほんと?
じゃあと思って調べてみると、
杵次を演じる大友柳太朗さんは1912年生まれだから、
なんと明治45年生まれ。め、明治!
このドラマの放送当時は69歳くらい。

いやぁ、やっぱり、あらためて、
この『北の国から』というドラマの品質は
とんでもないものなのだなぁと思います。

年齢のことで思い出したのでついでに書くと、
劇中で中島みゆきさんの『異国』という曲について、
正吉くんのお母さんが歌詞をしみじみ引用しながら、
「中島みゆきって、何歳なんだろう?」
と話す場面があるんですけど、
その「何歳なんだろう?」って
言うまでもなくほめことばなんですね。
で、思えば中島みゆきさんって、
いまも同じように歌を聴いた人から
しみじみと「何歳なんだろう?」って言われてて、
40年前もいまも同じように
「何歳なんだろう?」って言われてる
中島みゆきさんって、ほんと、すごいなと思う。

(エロ本は父さんに焼かれてしまったわけで‥‥。)

2020-02-14-FRI

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