「このままでは都市にしか人が住めない未来が
来てしまう。そんなのは嫌だ」
2017年の秋、突如ひらめいた安宅和人さんが、
その思いに共感する仲間と立ち上げた
あるプロジェクトがあります。
都市とは逆の「疎空間」における
未来のありかたを模索する『風の谷』です。
2025年７月、このプロジェクトでの
膨大な検討をまとめた900ページ超の大著
『「風の谷」という希望』が発売されました。
安宅さんたちが取り組む『風の谷』とは、
いったいどんな運動なのか。
強い閉塞感のあるいまの日本から
「残すに値する未来」をつくっていくには、
どんな課題があり、何をすべきなのか。
現在ほぼ日で、さまざまな地域との関わりを
少しずつ増やしている糸井重里が、
このあたりの問題を考える入口となるようなお話を、
安宅さんから聞かせていただきました。
安宅和人（KAZUTO ATAKA）
慶應義塾大学環境情報学部教授
LINEヤフー株式会社シニアストラテジスト
一般社団法人 残すに値する未来 代表理事
マッキンゼーにて11年間、多岐にわたる分野で
商品・事業開発やブランド再生に携わった後、
2008年にヤフーへ。
2012年から10年間、
CSO（Chief Strategy Officer）を務め、
2022年よりZホールディングス（現LINEヤフー）にて
シニアストラテジスト（現兼務）。
2016年より慶應義塾SFCで教え、2018年より現職。
データサイエンティスト協会 設立理事・スキル定義委員長。
経済産業省「新産業構造ビジョン」、
内閣府/CSTI「AI産業化ロードマップ」「大学ファンド構想」、
デジタル防災未来構想、
数理・データサイエンス・AI教育モデル
カリキュラムおよびプログラム認定制度、
知的財産戦略ビジョンの策定など、科学技術および
データ・AIをめぐる多様な政策形成に関わる。
都市集中しか無いかのように見える未来に対し、
知恵と技術を活かし、自然と人が共存する
もうひとつの未来の創造を目指して、
2017年に構想づくりを始動。
以降、専門家・地域実践者とともに
課題の構造的な見極めの上、構想を深め、
実装に向けた検討、取り組みを重ねている。
東京大学大学院 理学系研究科 生物化学専攻修士課程終了。
イェール大学 脳神経科学 Ph.D.。
著書に『イシューからはじめよ』（英治出版）、
『シン・ニホン』（NewsPicksパブリッシング）など。
最新刊は『「風の谷」という希望』（英治出版）。
「一般社団法人 残すに値する未来」について
2017年に始まった「風の谷をつくる」
検討・運動を推進する母体として、2020年に設立。五千年以上続いてきた都市集中型社会に対し、
持続可能で多様性に富んだオルタナティブの創造を目指す。
構想には、森、流域、エネルギー、教育、医療、
食と農、景観、土木、データ・AIなど、
多様な分野の専門家・実践者・学生が集い、
知恵と技術を融合しながら、数百年先を見据えた
社会の新たな「かたち」の立ち上げに挑んでいる。
テクノロジーと自然、個と共同体、
土地の記憶と未来志向を接続するこの試みは、
単なる制度設計でも都市開発でもなく、
「生き続けうる場所（viable place）」を
共につくり上げる営み。
その第一歩として、数百年続く運動論の
「最初の型」を立ち上げることを、当面の目標としている。
「風の谷 A Worthy Tomorrow」ウェブサイト
https://aworthytomorrow.org/
安宅和人さんと糸井重里の、これまでの対談。
ほぼ日の、地域でのとりくみ。
６
常にひらひらと揺れている。
- 糸井
- そんなふうに「風の谷」の憲章ができて、
どんなことを大事にしたいかが見えてきて。
- 安宅
- はい。
憲章にもすごく現れてますけど、
「『風の谷』は、一見異質なものの
組み合わせだと思う」というのが、
わりと初期の段階で、
みんなで思ったことなんです。 - だから憲章でも「ただし文つき」みたいな定義を
いっぱい考えたわけです。
「観光地じゃないんだよ。
だけど、観光客が来てもいいんだ」とか。 - 揺らぎをうまく持ち込まないと
ダメじゃないかとは、けっこう思いました。
「風の谷」憲章より（抜粋）
「風の谷」はどんなところか。
- よいコミュニティである以前に、よい場所である。
ただし、結果的によいコミュニティが
生まれることは歓迎する。 - 人間が自然と共存する場所である。
ただし、そのために最新テクノロジーを使い倒す。 - その土地の素材を活かした美しい場所である。
ただし、美しさはその土地土地でまったく異なる。 - 水の音、鳥の声、森の息吹‥‥自然を五感で
感じられる場所である。
ただし、砂漠でもかまわない。 - 高い建物も高速道路も目に入らない。
自然が主役である。
ただし、人工物の活用なくしてこの世界はつくれない。
- 糸井
- つまり、そこで考えてるのって
「組織をどうつくるか」ですよね。 - 「風の谷」をつくるにはきっと、
しっかりした組織論が必要。
だけどいままでの組織論だと、悲惨な目に遭うぞと。
- 安宅
- たしかにそうですね。
これまでと同じ発想で行くと、
どの人の何の悪意もなく、ただ潰れてしまう。
だから
「潰れない疎空間をつくるって、どういうこと？」
という視点で、相当多くの土地について分析し、
並行してさまざまな土地を訪れ、
必要な議論をしてました。
- 糸井
- ほぼ日も組織ですけど、初期の頃、
うまくいけばいくほど
「あれは宗教だよ」って
言われるだろうなと思ったんですよ、 - よその人から見れば、ぼくらの価値観が
ある程度揃って見えるだろうし、
ぼくがなにか言うって、
開祖（創始者）がしゃべってることになるわけで。
新興宗教のありかたと近く見えると思って。 - だから最初から防衛的に考えてて、
「あれは宗教だ」と言われたら
「そう思ってもらってけっこうです。
ただし、ぼくらの宗教は出入り自由です」
と言おうと考えたんです。
実際、そういうことを先に書いちゃってて。
- 安宅
- すばらしい。それ、ぼくらの言葉で言うと
「開疎」ですね。開かれた疎空間。 - 「風の谷」もそういう、
外部に対して開放性を持ち、
淀まない疎空間にすべきだというのが検討の結論で。 - そういう意味で「風の谷」なんだろうと。
- 糸井
- 開かれてるというのは、
やっぱりものすごく大事な気がしますね。 - ほぼ日も説明が難しい組織だから、
「ほぼ日らしさとは？」を定義しよう、
という動きがよく生まれるんです。
外の人からでも、中の人からでも。 - でもそこは、あまり煎じ詰めると
ピュアになりすぎるんで、
やってもいいけどやりすぎないほうがいい。 - いろんなことについて
「ある日はそうだけど、ある日は違う」
「そんなのもアリなんじゃない？」
「完全に揃わなくてもしょうがないよ」
くらいの感じでいたほうがいいと思っているんです。 - きっと「風の谷」も、二律背反のカードが
ヒラヒラ揺れてるような発想ですよね。
風のイメージの場所だから、
きっと常に揺れてるんでしょうけど。
- 安宅
- うまいなあ（笑）。
でも本当にそうですね。
- 糸井
- そこを「止めて考えようよ」と言ったら、
ただの論争になるんです。
じゃなくて「風の谷」は最初から
「止めないで考えよう」という。
- 安宅
- そうですね。
そういう発想になったのは、最初から、
変わった人ばかり集まってたからというのも
あるかもしれないですけど（笑）。 - 初めからぼくが、なるべく多様な人に入ってほしくて、
本当にいろんな人に声をかけたんです。
だからこのプロジェクトって、
普通だと一緒にいないような人同士が
両方メンバーだったりもするんですよ。 - みんないい人ですけど、思考回路が全員異質。
話しながらふと
「なんでいま、この面々が集まってるんだっけ？」
というような集まりだよね、
と言い合うこともあります（笑）。
- 糸井
- いいですね。
バラバラで、合わない部分もあるかもしれないけど
「みんないい人」という。
そこでの「いいってどういうこと？」が
「風の谷」論でもありますね。
「風の谷ではこういうのをいいって考えるんです」
みたいな。
- 安宅
- たしかに。
- 糸井
- これ、安宅さんがずっと求めていたかもしれない
組織論というか。
- 安宅
- どうなんでしょうね。
ぼくは組織運営とか、全然得意じゃないですけど。
- 糸井
- でもコンサルティングの仕事としてはずっと、
いろんな組織で、個人とチームのパフォーマンスを
どう引き出すかを考えてきてますよね。
- 安宅
- そこはそうかもしれないですね。
- ぼくが前いたコンサルティングの会社で知った
びっくりしたファインディングに、
「一人あたりの生産性がいちばん上がる
チームのサイズは３～５人である」
というのがあるんですけど。
- 糸井
- へぇーっ。３～５人。
- 安宅
- それより少なくても多くても、落ちていく。
２人は喧嘩したら終わり。
６人以上とか、人数が多ければ
「自分じゃない誰かがやる」と思いはじめる。
そういう理由なんだと思いますけど、
まあ正しいかなとは思っていて。 - ぼくはこれまですごい数のチームを
やってきてるんですけど、振り返るといつも
中核的な人の数が、いい感じで３～５人なんですね。
多くなりすぎたら、２つに分けたり。
そういうことだけは働きかけてきたかもしれないです。
- 糸井
- だけど、コンサルティングだったら
「この会社をどうするか」などの目的がまずあって、
そこから「じゃあ生産性を上げましょう」などと
考えていくじゃないですか。 - だけど「風の谷」の話って、
目的の設定のしようがないですよね？
- 安宅
- はい。だからこれ、
「目的を設定する」という取り組みなんですよ。
- 糸井
- 「目的について考える」について、
みんなで考えてる。
- 安宅
- はい。それなりに力のある人たちが集まってるけど、
そういうことを一緒に考えるのが楽しくて
みんなやってるんです。
- 糸井
- だけど安宅さんはそのとき、抽象的な絵じゃなく、
もっと写実的な絵にしていくじゃないですか。
本当にはできないことは言わない。
「宇宙人呼んできてさ」とかは言わない。
- 安宅
- 非現実的なことは言わないですね。
- 糸井
- そこが大人の遊びであり、真剣度みたいな。
- あとは「風の谷」ってきっと、
安宅さんがこれまでさんざんされてきたことの
応用ですよね。
これまで考えてきたロジックやらAIの知識やらが、
道具としてすごく使われるでしょう？
- 安宅
- いえ、正直それはあまり関係なくて。
全然関係ないところでやってます。
- 糸井
- いまぼくは、少女のように
「嘘‥‥！」って言いたいです（笑）。
- 安宅
- 生物、生態学、物理などの自然科学的な理解、
経営的な部分の経験は使いましたけど、
データ分析とかAIの感じでは
全くないんですよね。 - ぼくも20年近くそっち側の人間なんで、
はじめはやっぱり
「データ分析の手法とかAIを激しく使えば、
『風の谷』なんてあっという間に
できるんじゃないか」
とか思ってたんです（笑）。 - でも半年もしないうちに
解決すべき課題の正体が見えてきて、
「この話って、30年でもまったく
無理な可能性があるよね。
50年とか100年でもできないんじゃない？」
とかみんなで思うようになりました。
- 糸井
- いいなぁ。
- 安宅
- だからスタートから１周年のとき、
最初からのコアメンバーの宇野常寛さんから
「安宅さん、節目だから何か言ってくださいよ」
と話を振られて、ぼくは
「これ、200年続く運動にしましょうよ」
と言ったんです。 - 「継続的に続く、最初の型が立ち上がれば、
いいんじゃないですか。
そのぐらいのつもりでいたほうが、
いい未来ができる気がします」って。
そしたらみんな「そうだよね」って。 - だからぼくらとしては
「少なくとも200年続く運動を立ち上げよう」
というつもりで動いてますね。
- 糸井
- つまり、自分がいなくなってからの話でもあり。
- 安宅
- そうですね、誰も彼も死ぬんで。
- 糸井
- そういうの、日本で言うと、
徳川幕府以外なさそうですよね。
- 安宅
- そうですね。
あとはミカド（帝）システムとか、お宮（神社）くらいで。 - なのでフリーメイソンとか、バチカン市国とか、
超長く続く運動体の研究もしてますけど、
いまのところ、明確な理念や思想体系なしに
成功した事例が見つからないんです。
- 糸井
- どこかで枠を決めてやっている組織しかない。
- 安宅
- そうです。宗教的な運動体は長くて、
高野山とか比叡山も、超長いです。 - でも「風の谷」はそういうのではないかたち、
多様な価値を包含し、
価値創造が続くかたちでつくる必要があると
これまでの検討からみえてきており、
どうすればできるのか‥‥。
いくつかの重要視点は見えていますが、
まだわからないですね。
- 糸井
- 枠を決めずにやるって、
「みんなが無意識で揺るぎない何かを持ってる」
までいかないとダメですからね。
- 安宅
- そうですね。
だからさっきの「ほぼ日」の話にしても、
「ほぼ日らしさ」みたいなことを
なんとなく全員が持ってると、
続くわけじゃないですか。
そういうことが必要というか。
- 糸井
- だけど「ほぼ日らしさ」とか「日本人らしさ」とか、
「らしさ」をどんどん追求していくと
腐るもとになる、というのが、
ぼくの恐れではあって。
いろんな歴史がそれを物語ってますよね。
- 安宅
- そうですね。
そのためには激しい共同幻想を
つくらなくちゃいけないから。
- 糸井
- ルールがカチッとしてるほうが、
短いタームでは守りやすいんですよ。
目印になりやすいから。
でも、そこで問題が起きやすくなる。
- 安宅
- むしろ幅のある、多様な共同幻想のほうが
長期的に見ると実はいいという。
たしかにそういう感覚はありますね。
（つづきます）
2025-10-15-WED
-
「風の谷」という希望
残すに値する未来をつくる「都市集中」は人類の必然なのか？
「このままでは歴史ある自然豊かな土地が
打ち捨てられ、都市にしか住めない
未来がやってくる‥‥」
突如、著者を襲った直感は、
専門を越えた仲間との７年にわたる
膨大な検討を経て、壮大なビジョンと化した。
自然（森）、インフラ、エネルギー、
ヘルスケア、教育、食と農……
これらをゼロベースで問い直したときに
見えてきた、オルタナティブな世界とは。
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