モグラの専門家、川田伸一郎さん。
クジラの専門家、田島木綿子さん。
ふたりの国立科学博物館の先生に、
「哺乳類」について、
タップリおうかがいしてきました。
モグラの目は、進化して退化した。
クジラは、昔、カバとわかれた。
国立科学博物館で
2019年3月~6月まで開催中の
『大哺乳類展2』を
つくりあげた両先生のお話なので、
やっぱり、実に、おもしろかった。
ぜひ読んで、
展覧会へも足を運んでくださいね。
担当は「ほぼ日」奥野です。

>川田伸一郎さんプロフィール

川田伸一郎(かわだしんいちろう)

農学博士。国立科学博物館動物研究部
脊椎動物研究グループ研究主幹。
弘前大学大学院修了後、
名古屋大学大学院博士課程に入学。
ロシア科学アカデミーへの留学などを経て、現職。
専門は哺乳類学。
なかでも、モグラ類の形態学的分析と
核型分析を中心とした研究、
また哺乳類の歯式進化に関する研究を行っている。
明治から昭和初期にかけての
日本の動物学史についても文献・資料の調査を行う。
監修した絵本に『もぐらはすごい』がある。

>田島木綿子さんプロフィール

田島木綿子(たじまゆうこ)

獣医学博士。国立科学博物館動物研究部
脊椎動物研究グループ研究主幹。
専門は海の哺乳類学、比較解剖学、獣医病理学。
イルカ、クジラは後脚を退化させたことで、
体の構造がどう変わったのか?
どこまで哺乳類の一般型を維持しているのかなどを
比較形態学的に研究。
海岸に打ち上げられる
「ストランディング個体」の謎を
病気という観点から解き明かしている。
博物館の仕事を描いた早良朋さんの人気コミック
『へんなものみっけ!』に登場する
「鳴門先生」のモデルになったとも言われる
熱い研究者。

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第2回 クジラの田島木綿子先生。

──
川田先生の専門はモグラで、
田島先生の専門はクジラで。
田島
ええ。
──
ものすごくちいさい生きものと、
ものすごくおおきい生きものと。
川田
クジラが好きだからクジラを、
モグラが好きだからモグラを。
田島
おもしろい話があって、鳥の世界では、
男の人がちいさい鳥をやる傾向があり、
女性のほうが、おおきな‥‥
猛禽類なんかをやる傾向がある‥‥と。
──
へえ‥‥。
田島
異性にたいする憧れに近いのかもって、
誰かが言ってました。
──
以前、昆虫学者のかたに取材したとき、
チョウチョの学会は、
男の人ばっかりだと言ってました。
田島
へえ、そうなんだ。おもしろーい。
──
チョウチョたちに、
うつくしい女性を見てるんでしょうか。
田島
クジラの世界にも女性が多いんですよ。
ま、でも、基本的にはやっぱり、
何をおもしろいって思うかですけどね。
──
じゃあ、田島先生は、
クジラのどこが、おもしろいと思って。
田島
わたしはね‥‥‥‥‥覚えてなくて。
──
え(笑)。
田島
もともとおおきな動物がやりたくて、
最初は馬の医者になりたくて、
次はウシの医者になりたくて、
でも結局、いつのまにか、こうして。
──
クジラの道に。
田島
覚えているのは、
水口博也さんという写真家のかたの、
『オルカ』って本を読んで‥‥。
──
『オルカ』。
田島
シャチの本なんだけど、シャチに憧れて、
シャチを見るツアーに参加して、
バンクーバーまで、見に行ったんですよ。
で、実物を見たら、萌えちゃって(笑)。

──
シャチ萌え!
田島
獣医大の5年生のときです。
川田
シャチのツアーに参加したということは、
クジラへの憧れもあったんだよね?
田島
それが、何も覚えていないんだよね‥‥。
ほんとにほんとのこと言うと、
もう、とにかくウシが大好きだったんで。
──
シャチは憧れ。ウシ本命。
田島
なんだろう。癒されるのかな、やっぱり。
見てると、かわいいんですよね。
意外と頭もよくて、
わたしのことをわかってくれたりだとか。
──
そんなにウシが好きだったのに、
シャチを見にいったら、萌えてしまった。
田島
残忍なイメージがあるんです、
英語では「Killer Whale」ってくらいで。
──
殺し屋クジラ!
田島
そう、獰猛で残虐なギャングみたいに
思われてるんですけど、
でも、子どもをみんなで育てたり、
社会性もあるし、
むっちゃ優しいじゃんって思いました。
あとはフォルムや身体のうつくしさに、
魅了されちゃった感じかな。
──
なるほど‥‥。
田島
わたし、
もともと獣医で、病気専門なんです。
海岸に打ち上がるクジラやイルカを、
病気という観点から、
調査したり探求しているうちに‥‥
ということもあります。
──
けっこう打ち上がるんですか。
田島
日本だけで、年間300件くらいかな。
──
えっ、そんなに。1週間に6頭とか。
田島
どこかで誰かが打ち上がってます。
──
先生は、そのうち、
何ヵ所くらいに駆けつけるんですか。
田島
だいたい、1週間に1頭ペースです。
ただ、この前の長崎では、
3日間で22頭、解剖してきたけど。
──
つまり、年間50頭から60頭くらい
現場に駆けつけて、解剖している。
田島
それでも、ほら、
年間300頭のうちの5分の1なんで。
──
解剖したあとは、どうするんですか。
その、クジラさんたちは。
田島
ま、その場の状況によるんですけど、
たとえば、
骨を骨格標本にする場合もあるけど、
それ、数千万かかるんです。
だいたい、1メートル100万なんで。
──
わあ、そういう「相場」ですか。
田島
16メートルのマッコウクジラの場合、
骨にするのに、1600万円。
そういうわけで、骨については
もらい手のつかないこともあるけど、
その場合でも、
DNA研究用のサンプルを採取したり、
胃の内容物とか、
環境汚染物質解析用サンプルとか‥‥。
龍涎香が採材できると良いんですけど。
──
りゅうぜんこう?
田島
龍のよだれの香りって書きます。
別名アンバーグリス。
マッコウクジラの腸内にできる結石。
タコやイカのくちばしとか、
消化されない部分が固まったものだと
考えられていて、
香料として珍重されてるんです。
──
へえ‥‥いい匂いがするんですか。
マッコウクジラのおなかの中って。
田島
いやいやいや! 超くさいですよ。
近隣住民のみなさんから、
苦情をいただくこともあるんです。
だから、解剖するときは、
まわりへの気遣いが必須なんです。
──
いったい、どういうにおいが‥‥。
田島
とにかく、むっちゃくさい。
──
‥‥食べもののにおい?
田島
魚とイカと貝が腐ったような感じ。
フレッシュなときは、
ふつうに血やお肉のにおいなんで、
同じ哺乳類だからか、
それほど違和感はないんですけど。
──
くさいのは、慣れないもんですか。
田島
いや、それが、慣れちゃうんです。
やっぱりクジラは仲間だからかな。
なので、たとえば、
カメが死んでしまったにおいって、
いつまで経っても、慣れない。
やっぱり分類群が変わると、ダメ。

──
はああ、そういうもんですか。
田島
昨日も電話があって、
いま銚子で16メートルのマッコウが
打ち上がってるらしいんで、
あさって行ってくることにしました。
──
以前、北海道大学の鮫博士の先生に、
取材させていただいたんです。
田島
あ、函館の先生ですか?
──
はい、そうです。
仲谷一宏先生とおっしゃるのですが、
その先生も、
同じように全国を飛びまわってます。
田島
サメも、よく打ち上がりますもんね。
この前も、どこかで‥‥
メガマウスじゃなくてジンベイかな。
最近は、ダイオウイカも上がるしね。
──
深海魚のリュウグウノツカイとかも、
たまにニュースになってますね。
田島
そういえば、
日本ウミガメ協議会の前の会長って、
亀崎さんという人なんです。
──
天職ですね!(笑)
田島
そう、亀崎直樹さんという人です。
カメ業界では有名な方で、
いまは岡山理科大学の先生ですが、
カメもけっこう上がるんで、
お互いに情報交換してるんですよ。
──
ああ、なるほど。
田島
カメの人がクジラを見つけたら
われわれに、
われわれがカメを見つけたら
カメの人に‥‥みたいな感じで。
──
さっきのお話ですと、
あるときクジラはカバとわかれて
海に入っていくわけですが、
形そのものは魚に似ていますよね。
田島
ええ。
──
つまり、魚たちとは
ぜんぜん別の方向からやってきて、
同じような形になった‥‥?
田島
それを「収斂進化」と言いますね。
──
ああ、進化の方向が収斂していく。
海の中で生きるには、
あのような形態が最適なんですね。
でも、尾びれの方向がちがいます。
田島
そう、魚の尾びれはタテですけど、
クジラの尾びれはヨコですね。
いちど陸に上がったので、
身体の形がそうなっているというか、
クジラの尾びれの動かし方は、
犬が疾走しているときの
尻尾の動きと同じだっていうことは、
よく言われていますね。
──
あ、そういうことなんですか!
田島
みたい。

(つづきます)

2019-03-30-SAT

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  • 大哺乳類展2

    みんなの生き残り作戦

    川田先生と田島先生が監修を務めた
    「大哺乳類展2―みんなの生き残り作戦」
    が、現在、国立科学博物館で開催中です。
    入り口を入ってすぐにそびえたつ
    巨大なアフリカゾウの骨格、
    みごとな剥製たちがズラリとならぶ
    「哺乳類大行進」など、
    迫力満点、すばらしい展示内容です。
    かつて飼育下で世界一のサイズを誇った
    ミナミゾウアザラシ・大吉の剥製には、
    ただただ、驚きました。
    なにしろ、全長「約5.4メートル」もの、
    怪獣みたいな大きさなんです。
    移動運動、食べる、産む、育てるなど、
    哺乳類たちの「生き残り作戦」について、
    たのしく学べる展覧会です。
    東京・上野で6月16日(日)まで。
    春休みの子どもたちが目を輝かせてました。
    ぜひ、足をお運びくださいね。

     

    会期:6月16日(日)まで(開催中)
    会場:国立科学博物館(東京・上野公園)
    住所:東京都台東区上野公園7-20

    ※その他、料金や休館日等については、
    展覧会の公式サイトでご確認を。