2020年の年末、ほぼ日は
神田の町に引っ越してきました。
はじめてのこの町をもっと知りたいし、
もっと知ってほしいと思っています。
そこで、日本全国のすべての市町村を回った
若き写真家、かつおさんこと仁科勝介さんに
神田の町を撮ってもらうことにしました。
自由にやってください、かつおさん。

>かつおさんのプロフィール

かつお|仁科勝介(にしなかつすけ)

写真家。1996年岡山県生まれ。
広島大学経済学部卒。
2018年3月に市町村一周の旅を始め、
2020年1月に全1741の市町村巡りを達成。
2020年の8月には旅の記録をまとめた本、
「ふるさとの手帖」(KADOKAWA)を出版。
写真館勤務を経て2020年9月からは独立。

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#142

忘れない景色

夕方、仕事の打ち合わせが終わって、
目の前にある東京駅の地下改札を通れば家に帰れるのに、
帰らなかった。
地下通路を歩いて、
同じく帰路の大手町駅に着いたのに、
改札を通らずに地上へと上がった。
大した理由もなく、なんとなくだった。
すると、地上は昼の雨がすっかり上がっていて、
透明な西日が降り注いでいた。
光は一つのかすみもなく、
ビルは空と同じ鮮やかな青色が映り、
溶け込んでいた。
もう、この光を見た瞬間には心がざわついていて、
体が神田へ向かっていくのだった。

皇居東御苑辺りまで歩くと、
空はビルを抜けて広くなった。
澄んだ空に立ち昇る、
水蒸気をたっぷりと含んだ入道雲。
青い空と白い雲のコントラストが、
透き通る光の奥で輝いていた。
この空に今年はあと何度出会えるだろうか、
出会えたとしても、
神田にはいるだろうかと、
体の細胞が震え上がる。
数十メートル歩く度に写真を撮り、
写真を撮る度に素晴らしい空だと心の中で唸った。

神保町交差点に着いた。
日没が迫っているようだった。
見上げると、
今度は青い空と白い雲のみならず、
入道雲が夕暮れの橙色に染まり、
交差点の上空で重なり合っていた。
あまりに雲たちが大きく収まらなくて、
水道橋まで駆けた。
水道橋駅手前には歩道橋があるから、
そこで一望できると思ったのだ。
そして、歩道橋を駆け上がり、
写真を撮ってまもなくだった。
入道雲の頂上に残っていた橙色が、
すっと音もなく消えたのだ。
空も地上も、日没後のひっそりとした、
薄暗く青白い世界に急変した。
そのことが、
今日の空の終わりだとすぐに分かった。
見納めたと思った途端、
周囲の音が聞こえ出した。
冷たい風が顔に吹きかかる音、
下校する高校生たちの声、
後ろを通過する電車の音。
橙色を失った空はろうそくの火が消えたようで、
何も言わない。
何も言わない空に、
ありがとうと念じて歩道橋を下りる。
19時を過ぎていた。
そういえば夏至の日まではあと、何日だったっけ。

(写真は、神保町と水道橋を結ぶ白山通りにて。)

2022-06-20-MON

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