美術館の所蔵コレクションや
常設展示を拝見する不定期連載の第9弾は、
青森県立美術館。
マルク・シャガールがメキシコで描いた
巨大な舞台背景画《アレコ》全4幕のうち
1・2・4幕で有名ですが、
フィラデルフィア美術館所蔵の第3幕が、
いま、こちらにやってきています。
つまり《アレコ》全4作品を完全展示中!
いまならぜんぶいっぺんに見られるのです。
もちろん、《あおもり犬》をはじめとする
奈良美智さんの作品や、
郷土ゆかりの棟方志功さんの作品、
ウルトラマンやウルトラ怪獣をうみだした
彫刻家・成田亨さんの作品など、盛り沢山。
学芸員の工藤健志さんにうかがいました。
担当は「ほぼ日」の奥野です。

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第1回 棟方志功の部屋から。

──
青森県って、美術館が
たくさんあるようなイメージですよね。
それも、新しい美術館が。
工藤
ええ、ここ県立美術館のほかにも、
国際芸術センター青森があり、
十和田市現代美術館があり、
弘前れんが倉庫美術館ができ、
昨年、八戸市美術館も新しくなりました。
それぞれの美術館の特徴や役割も、
それぞれにちがうんです。
──
具体的には‥‥。
工藤
まず、十和田は常設メインですよね。
主に現代美術を扱っていますが、
各部屋ごとに
サイトスペシフィックな展示となっているのが、
大きな特徴です。
──
日本人のアーティストの方で言うと、
奈良美智さんはじめ、
名和晃平さんや塩田千春さんの作品を
所蔵されていますね。
工藤
八戸市美術館は、
美術を鑑賞するところでありながらも、
そこでディスカッションがはじまり、
何かがうみだされる工房のような場所。
弘前はまた個性的で、
れんが倉庫という
弘前の歴史的建築物を美術館にリノベーションした
独特の空間を持っています。
──
建築を手掛けたのは田根剛さんですね。
大きな建築の賞‥‥
フランス国外建築賞グランプリにも輝いていました。
工藤
そしてACAC、
国際芸術センター青森はレジデンス型の施設。
作家が滞在して、その場で作品をつくり、
展示する施設です。
それぞれが非常に個性的なんです。
──
その点、こちら青森県立美術館さんは。
工藤
やはり「県立」ということですから、
まずは
青森の風土に根ざした作品を紹介しつつ、
県民のみなさんが望むような展示を
つくっていかなければと思っていますね。
また、それぞれに特徴的な
他の美術館の間の橋渡しとしての役割も、
積極的に担うべきだと思います。
──
なるほど。
工藤
先ほどおっしゃっていただいたように、
現在の青森には、
たくさんの美術館があるというイメージを
抱いていただいているかもしれません。
でも、歴史を振り返ったらわかりますけど、
この地には長らく
県立をはじめ市立の美術館がほぼなかった。
──
そうなんですか。
工藤
それまで美術館が存在しなかったから、
この青森に
新しい時代の美術館が次々にできたわけですね。
その多彩さは、全国を見渡してみても、
突出していると思います。
──
その理由が、
それまで美術館が存在しなかったから。へえ‥‥。
工藤
これから青森にゆかりのある作家たちを
ごらんいただくわけですが、
みなさん、少なからず
「辺境」の地で生まれ育ったことをバネにして
中央の価値に追従しない、
オリジナリティあふれる作品をつくった。
それと同じように、青森県もまた、
「辺境」を逆手に取って、
これまでにない美術館の姿を打ち出した。
そういうところが、
青森県の特徴としてあるかなと思います。
──
なるほど。
工藤
それでは、さっそく、最初のお部屋です。
棟方志功の作品を展示しています。
当館が所蔵しているコレクションの他に、
「棟方志功記念館」の所蔵作品を加えて、
展示を構成しています。
いつもは地下1階の棟方志功展示室という
専用ルームで展示しているんですが、
今回は、ホワイトキューブの中で
志功さんの作品を見ていただこうという。

コレクション展2022-1:地と天と 棟方志功作品展示風景 コレクション展2022-1:地と天と 棟方志功作品展示風景

──
棟方志功さんの作品って、
青森のみなさんには、もうおなじみで?
工藤
そうですね。
所蔵している方も市内にいらっしゃるし、
「あ、志功さん」という親しみは、
みなさん、お持ちなのかなと思います。
日常にあるんですよ、志功さんの作品が。
──
棟方志功さんは、
青森で創作活動をしておられたんですか。
工藤
いえ、生まれたのは青森なんですけど、
戦時中は富山県福光に疎開、
その後、基本は関東に住んでいました。
ただ、ねぶたが大好きだったので、
戻ってきては一緒に「跳ねて」いたようですね。
──
ああ、跳ねて。お祭りで。
工藤
ええ、当時の地元の新聞に、
志功が跳ねている写真が載っています。
版画家というイメージだと思いますが、
当館では、こういう初期の油絵や、
志功は倭画(やまとが)と呼んでいましたが、
ああいう肉筆なんかも所蔵しています。
──
あらためてですけれど、
棟方志功さんについて教えてください。
工藤
まず日本を代表する版画家ですよね。
でも、最初は洋画を志していました。
版画に転向する過程で
民藝の柳宗悦などと出会うわけですが、
白と黒のダイナミックな描写、
ふくよかで肉感的な女性像‥‥など、
志功独特の作風は、
今も多くの作家に影響を与えています。

──
特徴的ですよね、人物が。すごく。
工藤
志功さんの版画って、
グーッと迫ってくるような迫力がある。
ダイナミックな印象を持たれる方が
多いと思うんですが、
制作のようすを見ていると、
描くのも、彫るのも、刷るのもはやい。
その制作のスピード感のようなものが
ダイナミックさとなって、
作品に現れているのかなとも思います。
──
描くのも、彫るのも、刷るのもひとり。
つまり「分業」してなかったんですか。
工藤
はい。していませんでした。
それまでの日本における版画というものは、
浮世絵もそうですけど、
絵師がいて、彫り師がいて、刷り師がいて、
という分業制でつくりあげる、
きわめて緻密な工業製品だったわけですね。
その一連の工程をひとりが担うことにより、
版画を「個の発露」すなわち
作家個々人の意識や作家性や感情や表現を
ぶつけていくもの、
投影していくものとして最大限に活かしたのが、
志功の版画であったように思います。

棟方志功 《湧然する女者達々》 1953年 棟方志功記念館蔵 棟方志功 《湧然する女者達々》 1953年 棟方志功記念館蔵

──
版画って、最初から分業制だったんですか。
あとから分業になったんじゃなくて。
工藤
そうです。
明治以降、創作版画というものがうまれて、
そこではじめて、
絵を描いて彫って刷る全過程を、
ひとりの作家がやるようになったんですよ。
──
そうだったんですか。
工藤
現代のリトグラフなどもそうですが、
絵師がいて、彫り師がいて、刷り師がいる。
その分業制で成り立っているものは、
いわゆる「複製芸術」としての在り方です。
版画はもともと
雑誌やポスターに使う印刷技術のひとつで、
何人かでつくる複製メディアだったんです。
それを、ひとりの作家の表現として、
成り立たせていったのが創作版画なんです。
──
ということは、棟方志功さんをはじめ
創作版画の作家さんたちには、
複製っていう意識はないんでしょうか。
工藤
単なる複製という意識ではないと思います。
一点ものの版画作品もたくさんあります。
複製できるのに、一点しか刷らない。
みずからの創作を
版画という手法で表現していたんですね。
とくに「彫る」という行為って、
「描く」と同じくらい、
感情や気持ちを込められるものだろうと
思いますし。
──
ゴッホになりたい‥‥と言ったんですよね。
志功さんって、たしか。
工藤
そうです。
ゴッホの《ひまわり》を見て感動して、
わだばゴッホになる‥‥と言って、
洋画家になるべく、上京したんですよ。
初期の油絵なんかを見ると、
荒々しいタッチだったり感情的な表現、
あるいは、風景を風景として写すんじゃなく、
自分の感情を風景の中に表現していく、
そういった表現主義的な傾向に、
その思いが、現れていると思いますね。

棟方志功 《奥入瀬・渓「阿修羅」》 1938年 棟方志功 《奥入瀬・渓「阿修羅」》 1938年

──
阿修羅‥‥。
工藤
まるで阿修羅のように激しい水の流れを
勢いある筆致で描いています。
──
志功さんの描く人物の、
この特徴的な感じって何なんでしょう。
工藤
志功がつくりあげたスタイルですよね。
個人的に思っていることなんですが、
青森の作家って、
キャラクターが際立つような作品を
つくる傾向がある。
──
ああ、そうなんですか。
工藤
次の部屋で展示している、成田亨さんも。
成田さんも青森で育った方ですが、
ウルトラマンや
ウルトラ怪獣をデザインした作家ですね。
理由はいろいろあると思いますが、
そのあたりに、
青森の作家のひとつの特徴があるのかなと。
──
たしかに、志功さんのつくる人物像って
キャラ立ちしてるっていうか、
ぱっと見て、何となくわかりますもんね。
あ、棟方志功さんかなって。
工藤
文章のほうで寺山修司も青森ですけど、
彼だって、
さまざなまキャラクターを創造してる。
──
志功さんご本人も何か、
レンズのぶ厚い黒ぶちの眼鏡をかけて、
板にめちゃくちゃ顔を近づけて
彫っているようなイメージがあって‥‥。
工藤
そうそう、本人もキャラっぽい(笑)。
そこも青森の作家の大きな特徴で、
作家自身が個性的で魅力的なんですよ。
津軽弁をしゃべる奈良さんも、そうですし。
──
寺山修司さんのお顔も、
いちど見たら忘れられない感じです。
工藤
それと、志功は
谷崎潤一郎の『鍵』という小説の挿絵を
手掛けているんです。
いわゆる谷崎的な世界観を
志功なりに解釈して表現しているんですが、
これがですね、すごいんです。
小説の挿絵でありながら、
単独で成立するだけの力を持っています。
──
へええ‥‥こんど探して見てみます。
工藤
ぜひ。それでは次、
たくさんのウルトラ怪獣をつくり出した
成田亨さんのお部屋をご案内しましょう。

(つづきます)

2022-06-20-MON

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  • コレクション展「地と天と」は、6月26日(日)まで。

    現在、青森県立美術館では
    「地と天と」と銘打ったコレクション展が
    開催されています。
    版画家の棟方志功さん、
    ウルトラマンシリーズの成田亨さんなど、
    青森県立美術館ならではの作品に加えて、
    展示室を大きく使って
    豊島弘尚、村上善男、田澤茂、
    工藤甲人、阿部合成という
    「青森」にゆかりをもつ5人の作家にも
    焦点を当てています。
    不勉強で存じ上げなかったのですが
    みなさん、とっても魅力的な作品でした。
    もちろん《あおもり犬》をはじめとした
    奈良美智さんの作品は通年展示ですし、
    今なら、
    シャガール《アレコ》全4幕も見られます!
    ぜひ、足をお運びください。
    詳しくは、美術館のホームページで。