いつもお世話になっているPARCOさんから
「JAXAさんと、何かやりません?」
と、うれしいお誘いをいただきました。
そこで、わたしたちの生活に
とーっても重要な役割を果たしているけど、
「地味で、激シブで、どマイナーな」
(JAXAさん曰くです)
「地球観測衛星」について、
特集を組ませていただくことにしました。
これまで、南米・仏領ギアナの
熱帯雨林のど真ん中から、
大型ロケット発射の生中継をしたり、
宇宙飛行士さんの話をうかがったりしてきた
われわれ「ほぼ日」ですが、
「地味・激シブ・どマイナー」と言われる
地球観測衛星の話も、まったく同じく
おもしろく、胸がワクワクするものでした。
全4本のインタビューに、途中、
アニメ「ガンダム」シリーズを手掛ける
サンライズの小形尚弘プロデューサーと
JAXAさんとの特別対談もあります!
まずは「地球観測衛星の開発」篇から。
担当は「ほぼ日」奥野です。さあ、どうぞ。

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第3回 最後は職人さんの「トントン」で。

──
次に衛星指揮官を務められる丹羽さんは、
具体的には、
どのようなお仕事をなさってるんですか。
丹羽
入社して2年間は、
試験の方法を研究してたんですけれども。
──
試験。
丹羽
はい、衛星を円筒状の加振機に乗っけて、
建物が揺れるくらい
ガシャガシャ振って、
衛星がその振動に耐えられるか‥‥とか。
打ち上げのときの人工衛星には、
5Gつまり
重力の5倍くらいの加速度がかかるので、
いろんな装置が壊れないか調べるんです。
──
宇宙へ行くって、つくづくたいへん‥‥。
丹羽
その後は、
人工衛星の構造設計の担当となりまして、
現在は「だいち3号」に携わっています。

──
だいち3号。ミッションは‥‥。
丹羽
軌道上から写真を撮る衛星なので、
地球表面を広く詳細に観測することです。
現在も開発中なんですが、
その衛星の構造をずっと担当しています。
──
構造というと、人工衛星形の形状を
ミッションに合わせて考える、みたいな。
丹羽
そうですね‥‥いちばん重要なところは
人工衛星を、先ほど申し上げたような
打ち上げの振動に耐えられるものにする。
なので、わたしの仕事のほとんどは、
打ち上がった瞬間に終わっちゃうんです。
軌道上では振動は発生しないので。

H-IIAロケット4号機の打上げ©JAXA H-IIAロケット4号機の打上げ©JAXA

下村
それと「だいち3号」のメインセンサー、
つまりカメラにあたる部分の、
このパイプを張り巡らせた構造なんかも、
すごく重要な部分ですよね。
丹羽
ああ、そうですね。
この大きな箱の中がカメラなんですけど、
ミラーが4枚あって、
光を反射させて地球の撮影をするんです。
トラス構造で支えていますが、
カメラと言っても、これ‥‥3メートル?

だいち3号(ALOS-3)のセンサ模型 だいち3号(ALOS-3)のセンサ模型

下村
そうですね、長辺が3メートル、
短いほうも1メートル50くらいですね。
で、高さが2メートル。
重量も、軽自動車くらいはあります。
──
うわー。でっかい!
丹羽
カメラ自体が重いので、
全体を軽量化しないと打ち上げられない。
そこで、こういったトラス構造を採用し、
軽量で丈夫なつくりを実現しています。
──
あの、カメラと言いますが、
レンズは‥‥どこについているんですか。
下村
はい、光を4枚の鏡に反射させることで、
レンズの役割を果たしています。
言ってみればこれ全体でレンズなんです。
地表に反射した太陽の光を、
4枚の鏡に反射させて、
最後、集光部に持ってきているんですが、
何度も反射させていく過程で、
集めた光の束を
どんどんちいさくまとめていって、
最後、集光部のセンサーで受けるんです。

──
光の束を、まとめていく。
どういうことなのか、
完全には理解できてないと思いますが‥‥
なるほど。
丹羽
一般的なカメラみたいに
レンズを通してしまうと、
色によっては
光の曲がり方が変わったりするんですね。
この衛星のように
光を反射させるだけの光学システムだと、
より質のよい画像が撮れるんです。
──
いまみたいな、トラス構造がいいとか、
光を反射させるシステムがいいとか、
そういうところへ落ち着いたのは、
これまでの積み重ねの賜物、ですよね。
安部
そうですね。最適な衛星をつくるために
さまざま実験もしますし、
宇宙から撮りためた画像の蓄積などから、
逆に、撮像素子などの
テクノロジーの進化を促したりしながら、
衛星を開発してきました。
このトラス構造も、
やっぱりひとつのアイディアなんですよ。
最初から「一直線にここ」じゃなく、
さまざまな機構を試して、
やっぱり、これがいちばんいいよねって。
──
たどりついた、と。
安部
そのあたりのことは、丹羽ちゃんが
メーカーさんといろいろ話して
開発してきたんですが、
これ、振動試験で折れたりとかしてる?
丹羽
はい。一回、ボキッと。
──
ひえー、そうなんですか。
安部
日本を代表するメーカーさんの
トップクラスのエンジニアのみなさんと、
丹羽みたいな
ずっと構造をやってきた人間が
一生懸命設計しているんですが、
やっぱりうまくいかないこともあります。
一筋縄ではいかない世界なんです。

──
やってみなけりゃわかんないことばかり。
それが、宇宙‥‥。
ちなみに、カメラの部分って、
ふつうのカメラとぜんぜんちがいますが、
製造メーカーさんって‥‥。
丹羽
ミラー部分は、今回はキヤノンさんです。
──
ああ、心臓部分に関しては、
やっぱりトップのカメラメーカーさんが。
丹羽
ええ。そして、人工衛星の全体の構造は、
三菱電機さんと開発しています。
──
もう30年くらい宇宙にいて、
写真集が出るほど
ものすごい宇宙の画像を撮り続けている
ハッブル宇宙望遠鏡ってありますが、
あれとも、
ぜんぜん姿かたちがちがっていますよね。
安部
ハッブルは規模が違うというか、
鏡のサイズがぜんぜん大きいはずですが、
あれって、
スペースシャトルで打ち上げたんですよ。
──
あ、そうなんですか。
安部
スペースシャトルって
振動関係はものすごくマイルドなんです。
だからあれだけのサイズ、
ああいった構造でも大丈夫だったんです。
その点、ぼくらの人工衛星を載せていく
日本のH3ロケットは、
やっぱり、そこそこの振動が来るんです。
──
H3ロケット‥‥現在、三菱重工さんと
JAXAさんが開発している、
日本の次期基幹ロケット‥‥!

H3ロケット試験機1号機1段VOS©JAXA H3ロケット試験機1号機1段VOS©JAXA

丹羽
このカメラは、それだけの振動に耐えつつ、
高度670キロの宇宙空間から、
衛星直下の「地上80センチ」の分解能を
持っているんです。
──
ええー‥‥っと?
670キロ先から80センチ‥‥というと。
丹羽
たとえていえば、ここ筑波から
広島の街の道路の横断歩道のシマシマを
見分けることができる、
それくらいの精度を期待されています。
──
すご‥‥。
丹羽
で、精度というものは、
ミラーの位置が少しでもズレてしまうと、
すぐに落ちてしまうんです。
ミラーの角度はミクロン単位で、
つまり1ミリの1000分の1の制度で、
調整して組み立てているのですが、
そのくらい細かく調整した精度が、
部材が折れるほど
激しく揺すられても
軌道上で狂わないようにする必要がある。
──
恐ろしい世界だ。
安部
トランプで組み上げたタワーを、
砂漠を疾走するトラックの荷台に積んで
崩さないでね、みたいなことです。
──
不可能ですよね、そのこと自体は。
安部
はい。でも、人工衛星の場合は、
それを可能にしてくれなきゃ困るんです。
ぼくは電気系なので、
宇宙に行ってから問題が起きたりしても、
プログラムで修正できたりする
部分があるんですが、
丹羽の担当する「構造」は、
「壊れるか壊れないかの2択」みたいな、
かなりシビアなところがあって。
──
それってネジをきつく締めればいいとか、
そういう話でもないですよね?
丹羽
ええ、実際ネジは、
きつく締めすぎちゃいけなかったりして。
──
ああ、バランスが必要?
安部
トルク管理と言いまして、
このネジは、
どれくらいの力で締めなきゃいけないか、
1本1本、決まってるんです。
──
うわー。そういう話、すごい好き(笑)。
丹羽
ぜんぶで数百本のボルトを使ってますが、
すべてのネジのトルクを管理しています。
当然、締める順番も決まっていて、
できる限り対角線上に締めていかないと
力が偏ってしまう。
そのへんはメーカーさんに蓄積している
職人芸に頼っている部分ですね。
安部
ハンマリングとかも、おもしろいよね。
──
ハンマリング。
丹羽
ネジを締めすぎると微妙にゆがむんです。
そこで、トラスとは別の箇所ですが、
力が集中している部分を
ハンマーでトントン叩いて、
締めすぎている付近にかかっている力を、
ちょっとだけ緩ませるんです。
──
人工衛星の整体師さんみたい。
安部
場所によっては、
職人さん何人かで「せーの」って言って、
「トントン‥‥」って。

──
へええ‥‥おもしろい!
安部
以前、ある現場で、
職人さんたちの着ている無塵着の下から、
おそろいのTシャツが透けてたんですが、
そこには
「ハンマリング命」と書いてありました。
──
おそらく、コンピュータなんかも使って
ミクロン単位で設計した衛星が、
最後は、職人さんたちの「トントン」に、
つまり「微妙な手先の力の入れ具合」に
支えられているって‥‥すごい!
丹羽
はじめて見たときは、びっくりしました。
みんなで、せーので、「トントン」って。

2022-09-15-THU

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