ラッパー、小説家、俳優、作詞家‥‥
「えっ、ここでも！？」とびっくりするほど、
あらゆる分野で活躍するいとうせいこうさん。
そんないとうさんは、約10年前から、各国の
「国境なき医師団」の活動地を訪ねてもいます。
目的は、ジャーナリストではなく「作家」として、
紛争や災害の現場を世に伝えること。
作家は、大きすぎる世界の矛盾に
どう関われるのでしょうか。
神さまでも万能でもない人間が、
ほかの命を救おうと動けるのはなぜでしょうか。
私たちに、戦争を止める活路はあるのでしょうか。
いとうさんが迷いながら考えていることを、
聞かせてもらいました。
いとうせいこう（いとう・せいこう）
1961年、東京都生まれ。
編集者を経て、作家・クリエーターとして
活字・映像・音楽・舞台など多方面で活躍。
『ボタニカル・ライフ』で
第15回講談社エッセイ賞を受賞。
『想像ラジオ』が三島賞・芥川賞候補となり、
第35回野間文芸新人賞を受賞。
他の著書に『ノーライフキング』
『どんぶらこ』『我々の恋愛』
『今夜、笑いの数を数えましょう』
『福島モノローグ』『東北モノローグ』、
「国境なき医師団」に同行して
世界各地の活動現場をルポした
『「国境なき医師団」を見に行く』
『「国境なき医師団」をもっと見に行くーー
ガザ、西岸地区、アンマン、南スーダン、日本』
などがある。
- いとう
- ひとりひとりの消費者によるボイコットが、
大きな企業を、虐殺をさせない方向に
わずかなりとも動かすことがあります。
そのこと自体にも驚きましたが、同時に、
いままで自分がボイコットの影響力を
よく知らなかったことにもびっくりしました。
- ──
- 私も、ボイコットにこんなに力があるとは、
初めて知りました。
どうして情報が届いていないのでしょうか。
- いとう
- いまは、ボイコットの情報や「戦争反対」の
メッセージを発信する人が、
「思想が強い」と揶揄されますよね。 - 先ほどお話しした「殺すな」というメッセージは、
人間として、ものすごく当たり前のことですよね。
他人の人生を理不尽に奪ってはいけない。
みんな、誰かに言われるまでもなく、
意識するまでもなく、
そう思って生活しているはずです。 - じゃあ、どうして、そんな当たり前のことに
「思想が強い」という反応が返ってくるのか。
それは「自分で考えていないから」だと
思うんです。
なんとなく、世間の空気を読んで、
「戦争の話とかする人って思想強いよね」と
言ってるだけじゃないのか。
時代の尻馬にどう乗るかのレースで、
彼らは「思想のない」側にベットしてるだけだと。
- ──
- ああ、たしかに。
- いとう
- ただし一部のリベラル派に対しても
同じことが言えます。
「これが正しい、正しいからこうすべき」と
強引に議論を進めてしまい、
反対意見を持つ人との調整が
うまくいっていないからです。 - ですが、少なくとも、このまま世界的に
反難民の動きが高まっていったら、
影響を受けない人はいません。
もちろん日本や、日本のなかにいる自分、
自分のまわりの人にとっても
他人ごとではありません。
そう考えると、「殺すのはダメだ」という実感に、
自然と辿り着くのではないでしょうか。
- ──
- そうですね。
- いとう
- だから、人間のおおもとにある
「殺さないでほしい」「殺したくない」
という感情に沿って社会をつくることが、
僕はまっとうな道だと思います。 - なぜ人を殺してはいけないのか、といった議論も、
それはそれであっていいと考えています。
でも、議論しているあいだに
何人の人が殺されているのかということは、
無視してはいけない。
子供が爆弾で吹き飛ばされている現状には、
「それが世の中だってもんだよ」
では片付けられない残忍さがあります。
そんなこと、やめてほしいじゃないですか。
やめてほしいことは、まず、やめてほしいって
言えたほうがいいですよね。
- ──
- 議論が優先されて、
実際に起こっている戦争を止められない
いまの状況は、
どうすれば変えられるのでしょうか。
- いとう
- 一概には言えませんが、僕は、
これまで軽く見られていた地域に注目することが、
ひとつの鍵だと思います。
たとえば、アジアやアフリカの、
あまり有名ではない地域です。 - というのも、これまで欧米中心に進んできた
「理性」の歴史が、近年はとどこおっていると
感じるからです。
たとえば2024年、ドイツでは、
デモを起こした市民が捕まって処罰を受けました。
一方、同じく2024年、
アジアのバングラデシュでは、学生のデモ隊が
「自分たちを抑圧するものにどう訴えるか」を考え、
政変を起こしました。
それから４ヶ月（※）のあいだ、バングラデシュでは
あたらしい民主主義的国家を
いまだに保っているんですよ。
※本収録は2024年11月におこなわれました。
- ──
- へえぇ、恥ずかしながら、
あまりくわしく知りませんでした。
アジアのなかでそんなことが起こっていたのですね。
- いとう
- もちろんいいことばかりではなくて、
バングラデシュの政変でも
犠牲者は出てしまいましたし、
これからバックラッシュが起こる恐れもあります。
ですが、アジアのこのような動きは、
注目すべきであることはたしかです。 - 南アフリカでは、
イスラエル軍によるガザへの攻撃は
ジェノサイド（集団殺害）にあたるとして、
国際的な裁判を起こしました。
現在起こっている虐殺に対して、
国際的な法によって訴えるという手法をとったのは、
アフリカの人たちだったんです。 - ずっと差別されてきた歴史を持つ彼らが、
ネルソン・マンデラの
「世界からすべての差別がなくならない限り、
我々アフリカ人もアパルトヘイトから
自由になったとは言えない」
という考えのとおりに動き出したことは、
すごく尊敬すべきだと感じます。 - つまり、18世紀、19世紀と、
欧米が覇権を握っていた時代に
解決できなかった問題に取り組むためには、
これまで軽視されていた地域から
学ぶことがあると思うのです。
- ──
- 「欧米は成熟している」というイメージは
根強いですが、それぞれの国の実際を見て、
どこから学ぶべきか考えなければならないですね。
- いとう
- ある地域は優れていて、別の地域はダメだ、と
決めつけられない複雑さがありますからね。
誰かを敵にすれば平和になるわけでもないです。
なので、慎重に言葉を選んだり、
できるだけ現地からの情報に接することが
大事です。
それは難しいことですが、だからといって
「おかしいことはおかしいと声を上げる」
ことをしないのは、
苦しんでいる人をよけいに苦しめるのと
同じ行為だと思います。
外国だからとか、自分の国だからとかは関係なく、
おかしいなと思ったら言うべきだと思う。 - 人間関係も同じです。
暴力でも、性暴力でも、モラハラでも、
日本はどんどん、被害者が「やめてほしい」と
言いづらい空気になっている気がしています。
- ──
- そのような空気は、なんとなく、感じます。
- いとう
- 「そういうの、もうやめようよ」って思うんです。
以前は「まあ、アメリカとかヨーロッパが
上手にやってくれるから、
ついていけばなんとかなるよ」
と考えていられたかもしれません。
でも、これからは、ひょっとしたら
欧米が示してくれる道とは違う、
別の道がつくれるかもしれない。
それが日本から生まれてこないとも限らないです。
僕らがその、最初の一歩をつくれるかもしれない。 - これまでは、
たとえば思想家たちが道を示してくれたけど、
より市井に近いところからアイディアが出てきて、
自分たちを変えることもありえます。
- ──
- そうか。見たことのないアイディアは、
きっと、見たことのない生まれ方で出てきますね。
（明日につづきます）
2025-02-02-SUN
-
いとうせいこうさんが
「国境なき医師団」に同行して執筆した
レポートでは、現地での体感がそのままに書かれています。
読んで、大きな力に振り回される状況のなかでも
失われない、人間や文化の力を感じました。
そんな力が自分にもあることを、思い出すことができました。
戦争に「NO」を示すため、小さいことからでも
行動していこうと、強く思いました。いとうさんのレポートにご興味を持たれた方は、
ぜひ、以下のリンクからご覧ください。なお、群像WEBの連載をまとめた
『「国境なき医師団」をそれでも見に行く
――戦争とバングラデシュ編』は、
講談社より2025年４月末に刊行予定です。
